第5話 少女

試合前の軽い調整をしていた。

そして白いワンピースを着て、同じく白い帽子を被った女性を見ていた。

まただ。

シーズンが始まって、俺がチームと合流して以来毎日練習を見に来てる。

ファンは沢山いたけど、その中でも彼女はまるでサッカーになんか興味なさそうに見てた。

とても不思議な女性だ。

そんな彼女に見とれていると「集中しろ」とコーチに怒られる。


「女なんか見てる余裕があるんだな」と絡んでくるのはチームメイトのアンドレア。


アンドレアからレギュラーを奪いとってから何かとつけて絡んでくる。


「まあ、セイジだって年頃の男なんだ。色気づくのもしょうがないだろ」


そう言って俺の肩を持つのがキャプテンのアントニオ。

日本の文化に興味があるらしくて、日本語を教える代わりにイタリア語を教わった。

日常生活でも何かとお世話になってる。


「またあの子を見てたのか?」

「まあね」


サッカーに興味なさそうなのにサッカーの練習を見に来る。

不思議な少女。

興味を持たないわけがない。


「あの子はちょっと訳ありなんだよ」


アントニオが教えてくれた。

彼女の名前はパオラ・アルマーニ。

兄はこのチームのエースだった。

足の故障で選手生命を絶たれた。

サッカーに人生を捧げていた彼は人生に絶望し、そして失踪した。

それ以来訪れるようになったそうだ。

いつかまた戻ってくるかもしれない。

そんな事を考えているのかもしれない。


「パオラの事気になるのか?」

「まあね……」

「よし、俺に任せろ!」


アントニオはそう言った。

練習を終えて各々の時間を過ごして試合に臨む。

俺のライバルにはアンドレアというライバルがいる。

無様なプレイをしたら即交代だ。

一瞬たりとも気が抜けない。

試合に勝つと皆で盛り上がるのだが今日は違う。


「ついてこい」


アントニオがそう言うと言った先はパブだった。

そこにはチームのファンの女性とあの子がいた。

アントニオが手配したらしい。


「ここんところお前大活躍だからな。その褒美だ」


アンドレアはそう言って笑っていた。

俺は入ってすぐに結果を出した、期待の新人。

ファンは俺にサインを求める。

そんな中パオラは一人でつまらなさそうにしていた。

俺はパオラの隣に座った。


「ちょっと疲れた、ここで休んでもいいかな?」

「……別にいいけど」


パオラに許可をもらうとテーブルにつく。

先に話を始めたのはパオラだった。


「サッカーて楽しい?」

「まあ、しんどい部分もあるけど楽しいよ」

「……下らない。たった一度の挫折で人生を狂わせてしまうかもしれないのに」


パオラはそんな目で見ていたのか。


「じゃあ、どうしていつも練習を見に来るの」

「……兄を探してるだけ」


話はアントニオに聞いた通りだった。

手がかりがサッカーしかない以上仕方ないとパオラは言った。


「もう一つ質問していいかな?」

「……何?」

「練習中俺の事を見ているのは気のせいかな?」


彼女の視線がいつも気になっていた。


「……あんたの背番号が、兄と一緒だったから」


俺の背番号は24番だった。

そっか、そんな理由か。

そんな風にパオラと話をしているとふと時計を見る。

しまった。

もうこんな時間だったか。


「ちょっとごめん」


そう言って店を出て冴にメッセージを送る。

冴は今日も返事が無かった。

冬吾に聞いても見当がつかないらしい。

何かあったんだろうか?


「誰と電話してたの?」


振り返るとパオラがいた。


「ああ、日本に残した彼女にメッセージを送ったんだ」


ここのところ返事が返ってこないけど、きっと大学が忙しいんだろうと話す。

それを聞いたパオラは鼻で笑った。


「そんなのあなたがサッカーに夢中になって遠い国からわざわざサッカーをしに来て、置いてけぼりにされて愛想を尽かされただけじゃない」


一番考えたくないことを的確についてきた。


「それは無いよ。日本を発つときに気持ちを確かめ合ったから」

「だったらどうして連絡とれないの?」

「それは……」


言葉に詰まってしまった。


「サッカーって大っ嫌い。する人ももっと嫌い。サッカーの事ばっかり考えて家族や愛する人の事を全然考えない」


サッカーに夢中になってる間、そういう人たちの事を考えているのか。

俺は何も言い返せなかった。

パオラは自分の兄の事を言っているのだろうか?


「全く考えてないわけじゃない。ちゃんといつも想ってる」

「それは、たまにでしょ?普段はサッカーの事しか考えてない」

「それは別にサッカーだけの話じゃないだろ?」


仕事してる人だって仕事の事しか考えていないはず。

サッカーだって仕事に変わりない。

結果を出せなきゃ生き残れない。

他の事なんて考えてる暇はない。


「じゃあ、どうしてイタリアに来たのよ?」


日本でやってればいいじゃない。

どうしてわざわざ彼女から離れる真似をしたの?

パオラはそう問いかける。


「少しでも高みを目指したかったから」


レベルアップしないと最終目的のA代表なんて無理だ。

今頃冬吾や隼人だって頑張ってるはず。


「それが問題なの!彼女の事大事にしてない証拠じゃない」

「何話してるの?」


アントニオがやってきた。


「……なんでもない」


パオラはそう言って店に戻っていった。


「パオラは今でもサッカーを憎んでる。尊敬する兄を絶望の底に叩き落した元凶だから」


アントニオはパオラの背中を見ながら話してくれた。


サッカーと冴。

俺はいつの間にか秤にかけてサッカーを選んでいた。

その結果冴を置き去りにしてしまった。

冴は俺がサッカーを選んだと思っているのだろうか?

永遠の愛。

離れても変わらない想い。

そんなのは幻でしかないのだろうか?

俺がサッカーをしている間冴はどんな気持ちだったのだろう?

そんな事パオラに言われるまで考えてもいなかった。

その時初めて冴との関係に危機感を覚えていた。

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