<悪人殺し>


 それは実に綺麗な曲線であった。

 上から猫の爪が弧を描き下りてくると思った瞬間、自分の体から真っ赤な水飛沫が立つのを見た。

 「首を深く切られた」

 そう悟った瞬間、目の前の真っ赤に染まる紅葉の木がぐわんと倒れた。正確な表現をすれば、木が倒れたのではなく、俺が倒れたのだ。

 地面に頭を強く打った。そこからは、意識がない。

 

 

 ある晴れた日の昼時だった。煙草を蒸しに、家の近くの公園までぶらっと出た。いわゆる秋晴れの空と、真っ赤な葉を沢山つけた紅葉の木が、まるで都会の中にできた小さな別世界へと俺を誘っているかのようだった。

 いつもの通り、誰かに後をつけられている感覚があった。だが、その正体はもう知っている。ここらをうろつく野良猫だ。

 深緑の風呂敷をいつもくわえながら歩いている猫で、たまにこちらへ寄ってきて身を摺り寄せる。よく人に懐いた野良猫だなと思いつつも、こちらも多少の癒しとなるので、干渉せずに放っておく。


 餌をやったこともなければ、撫でたこともないが、当の猫は俺が公園に向かう際頻繁に後をつけてくる。

 よほど俺を気に入っているのか。まあ、悪い気はしない。


 だが、その猫にまつわるエピソードとしては、ちょっと奇妙なものがある。猫のくわえている風呂敷だが、あれを開いて地面に置くと、なんと寿司の乗った皿が出てくる。

 猫は何度かその芸を俺の前で披露してみせて、俺に寿司をごちそうしてくれた。

 初めはもちろん信じられなかった。何もなかったところにいきなり寿司が発生するなんてありえない。だが、寿司は本物だった。しかも、これがめちゃくちゃ美味い。

 

 今日も、煙草を蒸そうと俺が公園に向かう際、猫は後をつけてきた。公園のベンチで俺が一服しているところ、俺の横にちょこんとお座りをして、じっとしたまま動かない。

 俺が煙草を吸い終わると、くわえていた風呂敷を放り投げ、地面に広げた。全く奇妙な話だが、例によってその上に寿司が現れる。そうすると、猫は綺麗に風呂敷だけ除けてのける。

 俺は寿司を頂戴する。

 そこまでは、いつも通りだった。

 

 そのあと、「ごちそうさん。」と言って俺がベンチをたった瞬間、猫が何処かへ飛んだ。そうしたら、次の瞬間には真っ赤な水飛沫がたっていた。


 悲しみや恐れや絶望よりも、最後に強く感じたのは、困惑だった。

 これはきっと夢だ。もう少しで起きるぞ。そんな考えが最後に頭の中をよぎった。



<自殺屋>


 「人の死を手伝うことは、人の未来に与えられた可能性を奪うことだぞ。」


 生前、彼はこんな風にネット上で批判を受けたことがあった。


 「人の考えも、感じ方も、人を取り巻く状況も、ずっと同じではない。おまえは、いたずらに自殺願望に漬け込み、罪なき人を殺しているに過ぎない。」


 彼は、こういった批判に対し、ずっと「きれいごと」という札を付し続けた。どいつもこいつも、きれいごとばっか言いやがって。自殺を本気で望む当事者の気持ちなんか、何にもわかっちゃいないくせに。そう言って、自ら命を絶つことを望む人を手伝うことが、正しいことだと信じて疑わなかった。


 だが、彼は憎まれた。大っぴらにはされていないと言えども、世間体からして「狂人」のような思想の彼を、世間は野放しにはしなかった。

 ついに、誰かが殺し屋を雇い、「自殺屋」を処分するよう依頼した。


 そうして今年の春、「自殺屋」は「悪人殺し」と呼ばれるプロの殺し屋に殺された。彼は一発で殺されてしまったが、万が一の場合に備えて、何十人もの殺し屋がストックされていたようだ。

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