三十五の掟 魔女の不在
日に一度の魔女の襲撃を受けつつ、流し込まれた肉体改造の魔術を魔石で吸い上げ、運ばれた食事をクロードに飲ませるのがキャリーの日課になって三日目。
狂宴まであと三日になった日、フィリップが食事時以外にやってきた。
「珍しいわね、何かあったの?」
兄を迎えてキャリーは首を傾げた。昼はとっくに過ぎて、ティータイムの方が近い。
「ああ。マリオン殿下に就けられた三つのリップ痕の持ち主を拘束した」
フィリップの言葉にキャリーは目を丸くした。
「そうなの? 昨夜も来ていたけど」
「ああ、知っている。帰っていくのを使い魔に追跡させたんだ。魔女の枷で魔力を封じたからもう何もできない」
「よかった……お疲れ様でした、兄様。じゃあ、マリオン殿下のリップ痕は消してもらってもいいのよね?」
「ああ、連絡しておいてくれ」
キャリーはさっそく鏡でアーシャに連絡を取った。が、現れたアーシャの表情は暗かった。
「どうかなさったのですか?」
『おばば様が戻らないのです、昨夜、知り合いの魔女を訪ねるとおっしゃったきり……。心配は要らないと言われているのだけれど、おばば様のいないあいだに勝手に施術するのはちょっと……』
キャリーは兄を振り返った。通信を聞いていたフィリップもうなずく。
「では、ミスト様が戻られてからでかまわないと思います」
『わかりました。……クロードはどうしていますか?』
「相変わらずです。ほぼ一日中お休みになっています。次の変容は……嗅覚でした。対処は済んでいますけれど」
味覚がおかしくなってから、一日に一つずつ感覚が変容していた。味覚の次は聴覚、そして嗅覚。
もちろん、魔女ミストの指示通り、かけられた魔法はすぐさま魔石で吸い上げて封印してある。
味覚の変容を吸い上げたおかげで、ほぼ元通りの味覚を取り戻し、食事も普通に取れるようにはなった。が、時折血の味が混じるらしい。何がトリガーなのかはわかっていない。
ともあれ、砂糖水だけで一週間をしのぐことにはならずに済んだ。
『……あと二日ですね』
「ええ、あと二日です」
二日経ち、火が変わった瞬間に狂宴が始まる。その中心地はこの塔だ。
三人の魔女のように抜け穴を通ってくるものはいないが、マリオンの部屋を覗きにやってくる魔女の数が増えたらしい。
フィリップが鏡の前に歩み寄り、キャリーは場所を譲る。
「アーシャ殿、こちらに集う魔女の数が増えておりますあ。それに従って、塔だけでなく王城全体が魔女の魔力に包まれつつあります。……クロードも言っていた通り、何が起こるかはその時になってみないとわからないでしょう。アーシャ殿は日が変わるまでにマリオン殿下のリップ痕を間違いなく消しておいてください。……三人の魔女は封じましたが、狂宴で何が起こるか分かりません」
『ええ、わかっています。すべてが終わるまで、二人は必ずわたしが守ります』
にっこりと微笑んで、アーシャは鏡の前から消えた。
妙な気配が王城を侵食し始めているのは間違いなかった。魔女の狂宴のために集まった魔女たちが、マリオン殿下の塔を中心に魔法陣を構築し始めたせいだろうと推測している。実際、追い払うことはできてもあちこちに仕掛けられた魔法の痕をすべて消すことは、難しい。
王や王妃、王子たちを避難させたかった。が、王城より守りの固い場所はない。できるだけ塔から離れた場所にいてもらうことを条件に、王城にこもっていただいているが、万が一闇の王が復活してしまったら、最悪の結果を招くことになる。
フィリップは出てきたばかりの塔を見あげる。
一つたりとも間違えてはいけない。
向こうから駆け寄ってくる兵士にうなずきながら、フィリップは足を速めた。
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