三十二の掟 魔女たちは少年を愛でる

 北の森で魔女が幼子の夢に入り込んでいた頃。

 キャリーはまんじりともせずクロードの傍に座っていた。

 クロードはすでに眠りに落ちている。

 夜も更けてそろそろ寝なくては、と思いながらも、最初の夜を何事もなく過ごせるのかの地震がなく、目を逸らした間にクロードに何か起こるのではないかという恐怖から目も離せない。

 日が変わるころ、クロードは普通に眠りに落ちた。

 普通、と言っていいだろうか。

 眠るまでは時折苦痛に顔をゆがめ、辛そうに息を吐いていた。

 麻痺毒はその都度解除している。が、精神毒は解除の手立てがない。

 アーシャが戻ってくるのを待つのが、今の自分の仕事だと言い聞かせて、フィリップが明日訪れるまで起きておこうとキャリーは座っている。

 寝た後は苦痛を訴えることがないことから、夢には精神毒は影響しないのだろう。それとも、夢の中で苛まれていても体には現れないのだろうか。

 ともあれ、部屋と塔の周辺にいくつかの監視の目を置いた。魔女のことだ、きっと施策が上手くいっているのか覗きに来るに違いない、と踏んだのだが、今日来るとは限らない。

 不意に監視の目が何かを捕らえた。少しゆるみかけてきた意識を引き締めて、キャリーは外の気配に集中する。

 部屋の内側自体は兄の力で四角く覆われ、一切の接触を断っている。気配は上の抜け穴からやってきた。が、蓋が開かないことに気が付いたのだろう、盛大な舌打ちが聞こえる。


『やだ、結界が強化されてる』

『ばれたんじゃない? あの男の仕業よね』

「あの男いいわよねえ。銀髪がきれいだし、美丈夫っていうの? 虜にして祭に連れて歩きたいわぁ』


 きゃらきゃらと魔女たちがしゃべっている。声の様子から三人。これがマリオン殿下にリップ痕をつけた三人の魔女だろう。

 中に入れなかった魔女は外から中を眺めることにしたようだ。見えているのはもちろん、フィリップが仕掛けた架空の室内だ。


『カッコウの魔女の魔力、相変わらずすごいわねえ。少し啜りたいぐらい』


 あふれかえる魔力に目を潤ませる魔女の顔が、天井の抜け穴に大写しになる。

 キャリーは、カッコウの魔女、というのがマリオン殿下……今はクロードに魔力を流し込んでいる魔女の名だと気が付いた。


『ダメよ。今は我慢しなくちゃ。あと六日で完成するんだから。そこまで待ってたっぷり頂けばいいのよ』


 舌なめずりをする魔女の声。どれも長い黒髪に白い顔で区別がつかない。


『そうね。あの王子を弄れなかったのは残念だけ亜土、我慢することにするわ』

『あら、少年愛好者ショタだったかしら、あなた』

『これだけ長生きすると、ね。どんなにいい男もあっという間に老いるんだから、幼い時期から可愛がった方が長く楽しめるでしょう?』

『違いないわね』


 三人の声が次第に遠くなっていく。キャリーは吐き気がこみ上げてきて、口元を押えた。


 ――魔女たちは夜な夜なここに通ってきてはマリオンを甚振って遊んでいたのだ。


「なんてこと……」


 クロードを起こして今聞いたことを正直に話すべきか迷う。でも、こんなことを曲がりなりにも貴族令嬢である自分の口から話すのは、ものすごく抵抗がある。


「どうしよう……」

「……キャリー嬢?」


 声にはっと振り返れば、クロードが目を開けていた。


「クロード様、起きていらしたんですか」

「ああ。なんだかうるさくてね……今のは魔女たちだね。抜け穴を閉じておいて正解だった」


 それだけだるそうに口にすると、クロードは目を閉じた。


「あの……どのあたりから聞いておられたんですか」

「そうだな……結界がどうのというあたりから」


 それではほとんど全部聞いていたことになる。キャリーはほっと胸をなでおろすと改めて口を開いた。


「……カッコウの魔女って言っていましたね」

「ああ。……だが聞いたことはないな。明日お師匠様に確認しよう」

「はい」

「さすがにもう今日は来ないだろう。……君も眠れ」


 クロードの言葉にうなずいてキャリーは立ち上がった。

 とはいえ、眠くはない。むしろ先ほどのことで目が冴えてしまったが、今は眠っておくほうが良いだろう。まだ先は長いのだ。

 無理をして倒れている暇はない。最後までやり遂げること。それが今の自分の仕事だから。

 着の身着のままベッドによじ登ると、眠る努力をするべく目を閉じた。

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