二十九の掟 最終チェックは慎重に

 頽れたあきちゃんの体をクロードは抱き上げた。

 マリオンが寝ているベッドにそのままよじ登り、自分が中央になるように座ると、マリオンの反対側に彼女を寝かせる。


「じゃあ、この後の予定を確認する」


 ベッドをはさんで、フィリップとキャリーは入り口側、アーシャは窓側に立っている。


「まず、アーシャはあきちゃんの魔力を引き出す準備をしてくれ。うまくいったらマリオンの第四のリップ痕を俺に移してくれ」

「ええ。リップ痕を移す方法はおばば様からちゃんと聞いてきたから任せてちょうだい」


 頷きながら、アーシャは微笑みかける。


「ああ、信頼している。リップ痕を移せたら、あきちゃんとマリオンを移動魔法で打ち合わせ通りにこの場所から遠ざけてくれ。二人を担ぐのは大変だろうけど」

「大丈夫、田舎暮らしで体力ついたのよ。子供二人担ぐぐらい、おばば様を背負うより軽いわ」


 クロードは口元をゆるめ、うなずいた。


「次はフィリップだ。この部屋を四角い結界で囲んでくれ。抜け道から魔女たちが入れないように、寝室の内側だけを。もしかしたら直前に魔女たちが見に来るかもしれないからな」

「承知した。では外からはマリオン殿下が眠っているように見える仕掛けをしておく」


 フィリップの言葉にクロードは頷いた。頼みたいことを先回りで認識してくれるのは昔から変わらない。彼にどれだけ助けられたか知れない。


「頼む。あとはキャリー嬢」

「は、はい」


 緊張しているキャリーに視線を移す。がちがちに固まって青い顔をしているのを見て、クロードは苦笑を浮かべた。


「緊張しなくていい。昨日も言った通り、君にはこの部屋にいて俺の様子を常に監視してほしい。お師匠様は勝手に覗くだろうから問題ないとして、フィリップに常に連絡がつけられるようにしておいて欲しい。予測が正しければ、俺は意識を失わずに済むはずだし、動けるようなら食事も風呂も自分でできると思う。が、動けないようなら最低限の世話を頼みたい。魔女の狂宴が終わるまで、この塔の中で過ごしてもらうことになるが」

「はい、覚悟はできています」


 キャリーがなんとか口角を上げて微笑むのを見て、クロードは小さく頷いた。


「フィリップ、彼女用の簡易ベッドを運びこんでくれるか?」

「わ、わたくしなら大丈夫です。居間の長椅子があればそれで……」

「ああ、確か塔内にあるな。持って来よう」


 フィリップはそう言うとさっさと出ていき、すぐに折り畳み式のベッドを持ってきた。マリオンのベッドから少し離れた場所に広げてセットすると、すぐに取って返したフィリップは、寝具一式を抱えていた。


「お兄様、それは後からでもよろしかったのに」


 キャリーの言葉に、フィリップは首を振って妹の頭に手を置いた。


「いや、できるだけ整えておきたい。お前にはかなりの負担を強いることになる。可能なら俺が変わってやりたいが、俺では長くとどまれないからな。……せめてこれくらいはさせてくれ」

「お兄様……」


 キャリーはうつむいて目頭を押さえたのち、顔を上げて精一杯の微笑みを浮かべた。


「大丈夫です、お兄様。この姿になったのもきっと、この時のためなのです。わたくしにでしかできないことですもの、わたくしはやり遂げて見せますわ」


 フィリップは目を見開き、それから微笑んだ。


「さすがは俺の妹だ。……最後に確認させてくれ。表向きには、お前たちは魔女を連行してマリオン殿下の治療に当たっていることになっている。クロードと魔女は魔女の狂宴までここに泊まり込んで治療を続け、俺が食事を運ぶなどの世話を行っているということにする。食事はクロードと一緒に取る前提で二人分を運ぶ。これでいいか?」

「ああ、十分だ。もし俺が身動きが取れない状態になっても、カモフラージュとして二人分を運んでくれ」

「わかった。キャリーは一度塔を離れ、アッシュネイト姫の塔に現れたのち、あきちゃんと一緒に姿を消したことになっている。ここにいてはならない人物だということを忘れるなよ」

「ええ、わかったわ」


 キャリーも表情を引き締めて頷く。


「まあ、この塔は俺以外が登ってくることはありえないが、用心するに越したことはない。俺が出入りする際は身を隠して、マリオン殿下のみが寝ているようにカモフラージュしておいてくれ」

「承知しました、お兄様」

「しかし、あきちゃんの行方不明事件に二人が関わったことになるとは、まずいことになったな。二人が退出した後で逃げるように指令を出しておくべきだった。すまない」


 クロードが頭を下げると、フィリップは首を振った。


「実は、直後に俺が姿を現しているせいで、キャリー一人の仕業と見られているらしい。俺の偽物を連れてあきちゃんに会いに行ったことになっている」

「ええっ」

「すまん、ちょうどいいのでそのままお前を悪者にした。俺が動けなくなるのはまずいから、訂正するわけにもいかなくてな」


 フィリップが素直に頭を下げると、キャリーは口角を上げた。


「そうですの。では、ほとぼりが冷めるまで身を隠した方がよいですわね」

「ああ、すまんが頼む」

「他に確認しておきたいことはないか? 始めてしまえば引き返せない。トラブルが起こっても、各々で対応してもらわないとならない。……いろいろ無理難題を押し付けているのは重々自覚している。だが、失敗するわけにはいかない。一週間を乗り切るまで、気を緩めず臨機応変に対応してほしい」


 クロードの重々しい口調に、皆が一様に頷く。


「では、予定通り始めよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る