二十八の掟 地下道で騒いではいけません
不安要素だった結界もなく、ワタシたちは無事地下道まで一直線に降りられました。
あとは居間の扉が開かないことに気が付いて、ジェニーとジーンが騒ぎ出すまでの時間がどれぐらいあるか、にかかっています。
ワタシたちが部屋にいないことが知られれば、あの爺のことです、抜け道を使ったとすぐ気が付くでしょう。そうなったら、出口を押えられてしまいます。
だから、時間との勝負なのです。
時間の余裕がなかったから、居間でおしゃべりしているようなカモフラージュもできませんでしたし、やっぱり十分から十五君が限度だと思うのです。
塔の位置を確認しながら、地下道を小走りに走ります。途中で王城の中庭に出られる場所をフィリップさんに教えて別れました。
ワタシの閉じ込められていた塔からマリオン殿下の塔までは、ほぼ王城の端から端と同じです。地下道はまっすぐ走っていませんから、その中をうねうねと迷路のように縦横無尽に走る通路を、間違いなく進まないといけません。
前は王城の外に出るルートでしたから、こんなに長く走らなくてよかったのですが、さすがに疲れますね。
「あきちゃん、なんでこんな通路、知ってるんですのっ?」
キャリーさんが息も絶え絶えに聞いてきます。
「それなんですけど、わからないんです。頭の中にぱっと地図が出てきた感じで。あ、そこ右です」
地下道は普段使われないので、明かりは全然ありません。ただ、人がいるとその前後の道に明かりがぱーっと灯るんですね。全部に明かりがないので、ちょっと怖いんですけど、なれると先読みができるようになりますから便利です。
「頭の中に」
その上、どこに行きたいかを思い浮かべれば、ぱぱっと道が分かるんですね。この脳内地図、すっごい便利です。普段から使えるといいのに、なぜかクロさんに呼ばれた時にしか使えないのです。不思議です。
まあ、これも魔法なのかもしれませんけど。
クロさんすごいです。
「あ、どうも護衛の人が気付いたみたいですね」
キャリーさんが知らせてくれました。
「わかるような術、かけてたんですか?」
「ううん、宮廷魔術師全員にアッシュネイト姫の追跡命令が出たから。……でもずいぶんとっ散らかってるみたい。あの場にわたくしも兄上もいましたのに、わたくしたちにも通知が来ているなんて」
ということは、お二人が(いつの間にか)帰った後に姫の姿が消えた、ってことになったんでしょうかね?
「あと十分ぐらいは余裕ありそうですね。あ、こっちです。マリオン殿下の塔の入口」
ワタシが監禁されてた塔とほぼ同じ作りです。やっぱり結界も地中までは食い込んでないんですね。
「ここから浮遊の術で上がります。本当はどこかに階段があるはずなんですけど」
脳内地図をぐるぐる回してみても、どこにあるのかまでは分かりません。この地図を作った人、魔法が使えるんですね。魔法前提の逃走経路のようですから。
「うーん、わかりません。キャリーさん、魔法お願いしていいですか?」
「ええ、もちろん」
キャリーさんが呪文を紡ぎ始めました。歌うみたいに聞こえるんですね、魔法の呪文って。
体がふわっと浮いてびっくりしました。キャリーさんに手を延ばすと握ってくれました。
いきなり浮くんですねえ、慌てちゃいました。
「このままゆっくり上げてください―。上に何も乗っかってないといいんですけど」
「それはきっと大丈夫です。クロード様のことですから、カーペットもめくってあると思いますよ」
「そうですね。あ、フィリップさんは無事外に出られました? キャリーさんわかりませんか?」
ワタシは分かれたままのフィリップさんを思い起こします。マリオン殿下の部屋で会おうとはおっしゃってたので、きっとここを登り切ればフィリップさんも来てるはずなんですよね?
「ええ、大丈夫みたいです。兄上の力を上から感じます」
まだ地下道で別れて二十分も経ってない気がするんですが、さすがはフィリップさんですね。
「そろそろ一番上に到着します。……まだ二は開いた得ないみたいですね」
キャリーさんの言葉に顔を上げます。蓋が開いていれば明るいはずなんですけどね。
「これ、内側からも開けられます?」
「もちろんです、少し待ってください」
一番上に到着しました。手を握って引っ張り上げてもらっているので、キャリーさんは右手、ワタシは左手しか使えません。
「とりあえずノックしましょうか」
軽く二回、間をおいて三回が合図のはずです。と、ゴソゴソ音が聞こえて、いきなり丸い窓が開きました。
と同時にすごく嫌な気配が流れ込んできて、ワタシは顔をそむけます。何だろう、このいやな感じ。胸の奥がむかむかしてきます。隣を見るとキャリーさんも同じ気分のようです。
「ちょっと待ってて」
クロさんの声に続いて、呪文が聞えます。するとふっと体が軽くなりました。
「気分はもう大丈夫?」
「はい……」
本当は大丈夫じゃありません。でも、最初の気持ち悪さは消えていました。手が差し伸べられて――肉球が見えました。キャリーさんと一緒にワタシも引っ張り上げられました。黒いすべすべの毛並みが、ピンととんがった三角の耳が見えます。
「クロさん!」
「あきちゃん、無事でよかった」
お城の入口で引き裂かれてからようやく会えました。もう泣きそうです。
あまりにうれしくてぺったり座り込んでしまったワタシに、クロさんは膝をついて柔らかく抱きしめてくれます。クロさんの柔らかい毛並みがうれしいです。ふかふかでいいにおいもしてます。
「感動の再会はそれぐらいにしておいてくれないか。もうあまり時間がない」
あ、これはフィリップさんですね。もうここに来てるなんて驚きです。
「そうですね。……あきちゃん、よく聞いて。今から君の力を借りる。少し体がつらくなるかもしれない。だから……終わるまで、眠っておいてくれる?」
抱きしめられたまま、耳の傍でクロさんが囁いています。
「はい、……わかりました」
ええ、クロさんの言うことは絶対です。
「ごめんね、あきちゃん。……終わったら迎えに行くから」
すりすりと頬ずりされました。うわあっ、嬉しいですっ。普段もやってくれたら、一日中ご機嫌さんなのにぃ。
ちゅっと音を立ててほっぺたにキスされました。直立猫のキスはどちらかというと花を押し付ける感じなんです。ちょっと冷たいですけど、嬉しい。
「あきちゃん。……『眠れ』」
魔力のこもったお言葉が耳に入って来て、あっという間に睡魔が来ました。目を開けていることもできません。
「はい……」
最後にクロさんの心配そうな顔が見えて、ワタシは眠りに落ちます。
大丈夫ですよ、クロさん。ワタシなら大丈夫。だから、そんなに心配しないで……。
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