二十七の掟 クロさんの招集がかかりました
塔の生活は単調です。
朝起きて、身支度をしてご飯を食べて、部屋でおとなしくしてお昼ご飯を食べて、フィリップさんが来て治療のフリをして、晩御飯を食べて風呂入って寝る。
それだけです。
ベッドから居間までの移動でさえジーンにだっこされます。
ここに来てから床を歩いたことがないんですよ? ありえません。
このままじゃワタシ、どう考えても体がなまっちゃいます。
そう思ってベッドの上でストレッチとかやってみ武亜土、ベッドがふかふかすぎてうまくできないのです。体が沈み込んでしまって。
床に降りてやろうとすればすぐ制止されちゃいますし。
というか、なんでずっとジーンもジェニーも部屋の中にいるんですか。
他人がずっと同じ部屋にいて何もすることなくみられてるのって、妙に緊張して嫌です。
仕方がないので布団にもぐってしまうことが多いんですが、そうすると結局寝ちゃうんですよね。おかげで夜がなかなか寝られなくて困っています。
今日もいつも通りの生活かぁ、なんて思っていたら、夕食の後にお客様が来ました。
お昼にも来たフィリップさんです。夕食のあと、もう寝室に移動させあられていたのですが、声はよく通るので誰が来たのかすぐわかるんです。小さな部屋ですから。
「あら、フィリップ様。夜においでになる予定は聞いておりませんけれど」
ジェニーが冷ややかに応対しています。こんな時間に女性の部屋を訪れるなんて、と言ってるのもちょっとだけ聞こえました。
「すみません、妹がどうしてもお会いしたいと申すものですから」
「あら、妹思いのお兄様なんですのね。でもそれなら明日の治療の時間にしていただきたかったですわ」
「妹はこの後すぐ領地に発たねばならないのでね。それに彼女とは顔見知りだ。出立の挨拶ぐらいは問題ないだろう?」
「……仕方ありませんわね。どうぞ」
というやりとりが丸聞こえなんですが、なんでジェニーさんはそんなにつんつんした対応なんでしょうか。
「アッシュネイト様、フィリップ様と妹君のキャリー様がご挨拶にいらっしゃいました」
「ワタシはアッシュネイトじゃありませんってば。ええと、居間に移動しますか?」
「ええ、そうですわね。さすがに女性の寝室にフィリップ様をお入れするわけにはいかないので。居間でお待ちいただいています」
まだお風呂入る前だから、いつものエプロンドレスのままだたた。
そうそう、色々ワタシのサイズのドレスとか作らせてるらしいんだけど、そんなに簡単にドレスってできないよね。なので、王女様たちの子供の頃のドレスとかクローゼットに運び込まれてらしいけど、全部拒否してます。ワタシ、王女様じゃないからね?
なので、エプロンドレスなのです。寝るときは寝間着借りてるけど。
「わかりました」
「お運びします」
何も言わないうちにジーンに抱き上げられました。扉一枚隔てた向こうにいるだけで、しかも扉は開けっ放しなのに、なんでいちいち抱っこされなきゃならないんでしょう。本当に面倒です。
居間に入ると、お二人は立ったまま待ってくれてました。
「お久しぶりです、キャリーさん」
「お久しぶりですわ、あきちゃん」
ソファに座らされて、お二人にもソファを勧めます。
「ジェニーさん、ジーンさん、お部屋を出ていてもらえますか?」
「しかし……」
二人は顔を見合わせています。うーん、やっぱりすんなりは出ていってくれませんね。
「私も同席しているのだから心配は要らない」
フィリップさんの言葉でようやく出ていってくれました。あ、お茶をもらった後にしておけばよかったですね。
「あきちゃん、変なことされていませんか?」
「はい、大丈夫です。床を歩かせてくれないので体がなまっちゃいそうですけど」
「ああ。ここのじい様は過保護で有名だったものね」
キャリーさんも納得されてます。……あのおじいさん、そんなに有名なんだ。
「兄様、この環境で本当に何とかなりますの? 扉の向こうには護衛が何人もいましたわよ?」
「信用するしかあるまい」
いきなり二人で会話を始めました。えっと、なんか話の筋が分からないんですけど。
それより聞かなきゃならないことがありました。
「えっと、何かあったんですか? それよりクロさんはご無事ですか? どこかに鎖で繋がれたりしてないですよね?」
「ええ、クロード様はご無事ですよ。あきちゃんに伝言を預かってきました」
キャリーさんはそこまで行ってフィリップさんの方を見ました。フィリップさんはと言えば、小さく頷いてワタシの方を向きました。
「クロードが呼んでいる」
二人の声が重なって聞こえました。その時、頭の中でかちりと何かがハマった気がします。
――クロードガヨンデイル。
ええ、ならばこうしてはいられません。
ワタシは立ち上がりました。
「黒猫図書館の掟 附則一の二、クロードが呼んでいる場合は万難を排して駆けつけること」
「えっ?」
キャリーさんが目を丸くしています。そうですよね、びっくりしましたよね。でも、そんなことに構っている余裕はありません。この塔から出なくちゃ。
「フィリップさん、キャリーさん。クロさんの居場所、わかりますか?」
「ええ、わかります。でもどうやって塔を出るんですか?」
どうしてでしょう。ワタシには手に取るようにわかるのです。
この塔からの脱出方法が。
ぐるりと部屋を見回して、持って行かなきゃならないものを考えます。
確かこの部屋に入った時は、このエプロンドレス以外持ち込んでいないはずですから、何も……あ、黒手帳のこと、忘れてました。
確か寝室のベッドサイドに置いたはずです。
「あきちゃん?」
「抜け道を使います。こちらへ」
寝室につながる扉をそっと開け、足音を立てないように二人にお願いしてついてきてもらいます。ついでに今の入口を空かないように封印もしてもらいました。
あった、ありました。黒手帳。これだけは手放せないのです。ワタシがワタシである証ですから。
それから寝室のカーペットをめくります。
うん、やっぱり。記憶通り、石畳のうち一つだけがほんの少し模様が違う。
「塔の抜け道……そうか、なんてことだ」
フィリップさんが驚いたらしく、うめき声をあげました。
「これ、封印とかかかってませんよね?」
ワタシでは分かりませんので、一応お二人に確認してもらいます。問題はないはずなんですが。
「ええ、大丈夫です。……途中に結界が張ってある可能性はありませんか?」
「そんなものがあったらいざという時に脱出できませんから。……開きました!」
手でぐぐっと押し込むと、ぽこっと扉のように石床が開きました。
「じゃあ行きます。これ、地下道まで続いてますから、気を付けてくださいね。それから、声は上げないように。石の中から声が聞えたりしたら幽霊騒ぎになっちゃいますから」
「……大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。それと、クロさんのいらっしゃるところまではどうやって行くんですか?」
「これ……すべての塔につながっているのかい?」
「え? さあ。でもたぶん?」
聞かれて答えましたけど、よく考えたらなんでワタシがこんなこと、知ってるんでしょうね?
お二人もそれが引っかかってるからか、不安そうな表情です。
「クロードの居場所はマリオン殿下の居室、西の塔だ」
「それでしたら、地下道から辿れますね。登るのは浮遊魔法が必要ですが」
「そうか。……俺は地下道に出たら一度外に出てからマリオン殿下の部屋に向かう。二人はそのまま行ってくれ。キャリー、彼女を連れて浮遊できるな?」
「あ、はい。おそらく」
「では任せる。――秋ちゃん、君の知識を信用しよう。よろしく頼む」
フィリップさんが手を差し伸べてくる。ワタシもにっこり笑うと手を握り返した。
「では行きますね。お二人ともすぐ入ってください。フィリップさんは最後に蓋を戻してカーペットも戻るように魔法を掛けておいてもらえますか?」
「ああ、承知した」
さらりと銀髪が揺れるのを見届けて、ワタシは黒い穴に飛び込んだ。
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