二十五の掟 魔女の枷

「それでは行ってきます、おばば様」


 アーシャの言葉に魔女は頷いた。後ろにはすでに移動用の飛行陣に乗り込んだクロードとキャリーが待っている。


「気を付けての」

「はい。必ず帰ってきますから」


 にっこり微笑んでアーシャは踵を返す。

 魔女ミストは浮上する三人を見あげながら、つぶやいた。


「無事帰っておいで」


 その言葉は雪交じりの風に攫われて消えていった。




 来た時と同じように森の上を飛んでいく。アーシャは座り込んでクロッシュフォードの魔法定理の本を読んでいた。


「五年前とは言え、よくこんな本を書き残していましたね。でもこれ、改良の余地がありますね」

「途中で書き起こしたものだからな。完成形は昨日教えただろ」

「ええ。大丈夫。頭には入ってるから。これは念のためにわたしが預かりますね。ところでどこに着陸するんですか?」

「正面から戻るしかないな。君はフードをかぶっておいてくれ。姿替えの魔法を掛けておくけど声を出さないで。本物が戻ってきたと知れたら、今度は君が軟禁されるどころか、あきちゃんが姫を騙った罪で処刑されてしまう。……キャリー嬢、わかっていると思うけど、彼女の正体をフィリップにも告げるなよ」

「え、兄上もだめなの?」

「……ああ。アッシュネイトとメイザリーが二人揃って本来の姿で戻れるようになるまでは、知らせない。王立魔法学院の卒業式にメイザリーの影武者が来たと言っていただろう?」

「その場にフィリップはいなかったか?」

「ええ。……そうね、兄上はいなかったわ」


 キャリーは卒業式に参列していた王宮付き魔術師の面々を思い出して首肯した。妹が首席で卒業するのだから顔ぐらい出すだろうと思っていたのに、当日兄は来なかった。もちろん父兄席にもいなかった。それほど自分は期待されていなかったのだと落胆したのだから、間違いない。


「あいつはごまかすのが下手だからな。……偽物のメイザリー姫を目の前にして、不自然な行動をしかねないとわかっていたから自粛したんだろう。本物のアッシュネイト姫を前にして、見知らぬ魔女として振る舞うことができないだろう。だから、黙っておいた方がいい」

「……わかりました」


 あの氷のような兄上がそう表情を崩すとは思えないが、クロードの視線に渋々キャリーは承諾した。


「正面からは分かるけど……ということは、わたしはマリオンに呪いをかけた魔女の一人として捕縛されたことになるのね?」


 するとクロードはにやりと笑った。


「ご明察。それならマリオン殿下のところまで無理なく案内させることができる。これをつけてくれ」


 差し出されたそれは、幅広の銀の腕輪だった。いくつもの色貴石が埋め込まれ、紋様が刻み込まれている。


「これは魔女の枷ね。実物は初めて見るわ」

「ああ、お師匠様に借りてきた本物だ。疑われないようにそれをはめておいてくれ。魔術師には効かない代物だから、君がつけても問題はない」

「解除はこれを嵌めた者のキス、だったわよね。キャリーさん、これ、わたしの左手首に嵌めてくれる?」

「え、わたくしがですか?」

「ええ。王宮付き魔術師のあなたがいいのよ」


 キャリーは渡された腕輪をじっくり見た。埋め込まれた石にはどれもそれぞれ魔術が込められているらしく、ぴりっと首筋の毛が逆立つ。かなり強い者らしい。石の大小はあれどほぼ同じ形で、全部で七種類ある。

 差し出された左手首に嵌め、留め具を閉じると音がして留め具の境が消えた。


「これっ」

「なるほど、こじ開けるのは無理なわけね」


 ふふ、と笑った後、アーシャは小さな魔法をいくつか呼び出した。炎も水も風も、きちんと発動できる。魔女の持つ能力以外には本当に影響がないのだ。


「次にこれを外せるのはすべてが終わったあとね。キャリーさん、必ずまたヤドリギの魔女を訪ねてきてね? そうでないと腕輪をつけっぱなしになっちゃうから」


 アーシャの口調はいつもと変わらないし、にこやかに微笑んでもいる。けれどほんの少しだけ、指先が震えていたことを、キャリーは知っていた。


「はい、必ず」


 キャリーは頭を下げた。必ずマリオン殿下もクロード様も、アーシャさんも助ける。そう心に誓って。

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