二十四の掟 守護のまじない

「アッシュネイト姫、お加減はいかがですか」


 そう言いながら黒服のおじいさんがやってきました。

 ワタシはアッシュネイトって名前じゃないと何度言っても聞いてくれません。


「気分は最低です。それにワタシはアッシュネイトじゃありません」


 今日もベッドから出るのを許してもらえないようです。こんな生活が続いたらワタシ、ブクブクに太っちゃいます!

 ベッドから出られないからお日様も浴びることができません。ほんの少しだけ開く窓からわずかばかりに日の日差しが入る程度で、何というか息苦しいのです。

 何なんですか、まったく。

 何度言ってもクロさんには取り次いでくれませんし、キャリーさんを呼んでって頼んでも断られ続けています。


「お食事は残さず食べられたようですね。今日はこの後王宮付きの魔術師が参ります」

「じゃあ、お風呂入ります」


 ベッドから降りようとすると、護衛についているジーンが寄って来てさっとワタシを抱っこしてしまいます。


「降ろしてください。歩きます」

「いいえ、お運びいたします」


 筋骨隆々のジーンにはどうやってもかなわないので、結局大人しく運ばれてしまいました。でも、こんなのがいつまでも続いたら、ほんとに歩けなくなっちゃいます。

 浴室には浴室付きの侍女がいて、あっという間に脱がされて洗われてしまいます。他人に洗われるなんて絶対嫌、と反抗してみたけど、ワタシの言うことなんて一切聞いてくれないのです。

 こんなのを耐えなきゃならないんなら、ワタシなら逃げ出します。そのアッシュネイトって人も嫌がって逃げたんじゃないんですか?

 部屋に連れ戻されてお着換えして、ベッドに座ったところで来客の知らせが来ます。

 居間に移動するのもジーンの抱っこです。

 正直恥ずかしいんですけど。

 部屋に入ると、銀色の髪が見えました。背の高い男の人です。見覚えはないけれど、なんだか誰かに似ている気がします。


「初めまして、王宮付き魔術師のフィリップ・フィッシャーズと申します」


 ワタシがソファに降ろされたところで、自己紹介してくれました。ああ、キャリーさんに似てたんですね。キャリーさんのお兄さんでした。


「初めまして、あきちゃんです。キャリーさんは元気にしていますか?」

「ええ、ご安心ください」


 紅茶が運ばれてくると、フィリップさんは人払いしてくれました。ジーンとジェニーが出ていきます。

 それから、フィリップさんは目を閉じると何事か口の中でつぶやきました。何を言ったのかは聞き取れなかったけど、フィリップさんは目を開くと急に眉間にしわを寄せました。それまではどちらかというと無表情だったんですけど、何かあったんでしょうか。


「どうかしたんですか?」

「防音と遮蔽の結界を張りました。私が今日ここに来たのは、『アッシュネイト姫にかけられた呪いを調べるため』ということになっています」


 ああ、やっぱり。あのおじいさんの言ってた通りでした。

 ワタシはきっぱりと首を振ります。この人も話を聞いてくれないんだろうなあ、と思いながらも、言わなきゃ伝わらないのです。


「ワタシはあきちゃんです。アッシュネイトじゃありません」

「ええ、存じております」


 間抜けな声が出ちゃいました。今まで誰もワタシの言葉をまともに取り合わなかったのに。

 すると、フィリップさんは小さく頷きました。


「あなたのことはクロードから頼まれています。安心してください。あなたにかけられた魔術を解くことも呪いを解くこともしません。でも、やってるふりをしないと、他の魔術師が派遣されるでしょう。ここに私がいる間は防音と遮蔽の結界を張りますから、聞きたいことがあればお知らせできますよ」


 この人は信じていいのだろうか。ここに来てからずっと、誰一人話を聞いてくれませんでした。疑い深くもなりますよね。


「じゃあ、フィリップさんとクロさんの関係を教えてください」

「クロードは王立魔術学院の同期です。彼の方が優秀で、卒業後は一緒に王宮付き魔術師になりました。五年前まで一緒に働いていました」

「あの、クロさんは最初から直立猫だったんですか?」

「いえ、五年前からですね」


 五年前。あちこちで聞いた気がします。

 五年前、何があったんでしょう。黒猫図書館ができたのも、五年前って聞いてます。


「昔は金髪碧眼の美丈夫でしたよ。私が銀髪ですから、金銀コンビなんて呼ばれていました」


 ほんのりとフィリップさんの目尻が下がる。あまり表情を変えない人みたいですけど、今のは微笑んだんですね、きっと。

 そっか、クロさんの昔を知ってる人なんですね。とりあえずは信じてみようかなと思います。


「じゃあ、アッシュネイトって人のこと、教えてください。誰なんですか?」


 すると、口元がきゅっと引き締まりました。うん、あまり語りたくない話なのかもしれません。


「五年前に行方不明になった第五王女です」


 五年前。また五年前ですか。

 ……その事件がクロさんと関係あるってジェニーさんが言ってた気がします。ちっとも信じてませんけど。

 不意にフィリップさんが立ち上がるとワタシの傍に膝をつきました。


「えっと、フィリップさん?」

「両手を見せてください」


 はい、と両手の甲を素直に差し出すと、フィリップさんはワタシの手を握ってじっと手の甲を見つめています。フィリップさんの手はとても大きくて、ワタシの手がすっぽり隠れてしまいます。


「クロードを信じて待っていてください。すべてが終わるまで、必ず私がお守りします」

「はい」


 フィリップさんが顔を上げ――不意に片手を離すとワタシの額に手を延ばしてきました。びっくりして目を丸くすると、フィリップさんはワタシの前髪を持ち上げてじっと額を見つめています。


「えっと、何か」

「ああ、いえ。……なるほど、ちゃんと守りのまじないをかけて行ったんですね」


 髪の毛を解放したフィリップさんは下を向いてしまいました。でも、肩が震えてくっくと声が聞えます。……もしかして、笑ってます?


「フィリップさん?」


 声をかけたらフィリップさん、顔を上げてくれましたけど、思いっきり楽しそうに笑っていました。さっきまでの無表情が嘘のようです。うわ、こんな顔で笑うんですねえ。でも、良い顔です。


「ああ、失礼しました。あなたは愛されていますよ、あきちゃん。……あいつがここまで執着してるとは」


 からかういいネタができました、とひとしきり笑った後、立ち上がったフィリップさんの顔はすでに無表情になっていました。……切替早いです。

 扉がノックされてジェニーが入ってきました。気が付きませんでしたけど、もう結界は解かれているようです。


「フィリップ様、お時間でございます」

「ああ、ありがとう。では明日も同じ時間にお邪魔します」

「はい」


 フィリップさんは礼をして出ていきました。

 ワタシは体の力を抜いてソファに沈み込みます。なんだか無性に疲れました。

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