二十三の掟 作戦は綿密に

「……やめておけ。お前が引き受けたところで、肉を持つ父の復活は止められん」


 にらみ合いの末、魔女は目を閉じると低く告げた。


「銀の血を持つマリオン王子でなければ大丈夫なのではないですか?」


 クロードは諦める気はないらしく言い募る。が、魔女は首を振った。


「七日の間、魔女の力に晒された肉体が近くにあれば、闇の王はそちらに吸い寄せられるだろう。儀式の直前に移し替えるだけでは効果がない」

「では、今すぐにでも」

「やめておけ。今のお前には七日も耐えられんだろう。その前に身がはじけ飛ぶ。……それに、お前がその役を負うならば、メイザリーの魔力は誰が引き出すのだ」

「しかし」


 なおも食い下がるクロードに、魔女は威圧を込めて睨み据えた。


「マリオン殿下の生命力と魔力を梳いとるリップ痕だけなら跳ね返すのは問題なかろう。が、呪いを返せば彼女らはマリオン殿下を攫いに来る。こちらのたくらみを知られたくないのであれば、それ後と引き受けねばならんのだぞ。……その状態で、誰がメイザリーの力を引き出し、呪いを跳ね返すというのだ」

「わ、わたくしがマリオン殿下の身代わりになることはできませんか?」


 キャリーが思わず口を挟むと、魔女の鋭い目が怯える心をまっすぐ見通すように刺して来る。


「お前さんの器程度では無理じゃな。クロードの器の大きさが必要なのじゃ。リップ痕を移すのはクロードの体でなければならん。……先に言うておくがの、メイザリーの体を使おうなどと思うなよ。あれも銀の血の器。マリオンよりもはるかに大きな器じゃ。最悪の事態になろう」

「で、では、わたくしが魔法定理を用いて呪いを跳ね返します。クロード様、ご教授いただけますわよね?」


 魔女ミストの脅すような低い声にぎゅっと拳を握り締めながら、キャリーはクロードを見つめる。クロードはは丸い目をさらに見開いてキャリーを見、口を開いた。


「それは」

「無理じゃな」


 が、返そうとした弟子の言葉を魔女は遮った。


「呪いを跳ね返すのならわたしがやります」


 カップの載った盆を手に、アーシャが戻ってきていた。


「魔女の口づけを解除するのは魔女の狂宴が始まる直前でいいのよね?」

「で、でも、わたくしも」

「キャリー嬢、お前さんが己の魔力以外のものを力の源として使えるようになるには、時間が足りんのじゃ」

「え……」

「クロードとアーシャならできる。二人とも、魔女の弟子としてわしが最初に叩き込んだからの。それでも一年はかかったのじゃ。今からお前さんが取り掛かったとして、どうしようもない」

「一年……」


 それは絶望的な時間だった。キャリーは視線を膝の上の拳に落とした。魔力量も申し分ない、歴代の王宮付き魔術師の中では最も優秀だと言われたクロードでさえ、市ねんもかかったのだ。自分が七日の間に修得できるわけがない。


「……わかりました」

「クロードにリップ痕を移すのも、わたしがするわ。それでいい?」

「ああ。頼む」


 二人の会話に、キャリーは唇をかみしめた。学院の主席合格だからなんだというのだ。ここにいる二人には到底かなわない。……十分の一の器だというクロードにさえ。

 どうして自分はここにいるのだろう。


「では、王都に戻り次第、クロードにリップ痕を移して、マリオンはこの森で保護しましょう。ただ、三人の魔女たちは吸引している生命力と魔力が変わったことに気づくと厄介だから、三つのリップ痕はマリオンに残すわ」

「何を……言っている。アーシャ」


 はっきりとクロードの表情に焦りが浮かんだ。が、アーシャはにこやかになんてことないように応対する。


「クロードには七日の間、魔女の力に耐える力が必要でしょう? 少しでも負担が少ない方がいいに決まっているわ。それに、こうしておけばクロードの生命力と魔力はそのままだから、マリオンのように昏倒することもないでしょうし。それから、メイザリー姉さまもこちらに一緒に保護します。マリオンの体を維持するのにも、魔女の呪いを解くのにもメイザリー姉さまの力が必要ですから」

「しかし……」

「キャリー様にはクロードが戦っている間、クロードのお世話と警護をお願いしたいの」

「……わたくしが?」


 驚いて顔を上げると、アーシャはにっこりと微笑んだ。


「ええ、わたしはマリオンと姉様を迎えに行った後は、ここに戻って籠城します。クロードの様子を鏡で知らせて欲しいの。心配なのは、魔女の濃密な魔力を受けて、貴方が変容しないかということだけど」

「変容?」


 聞きなれない言葉にキャリーはおうむ返しで聞き返した。


「それはの、器の小さい者にとって、魔女の濃密な魔力は毒だからじゃ。獣は魔獣へ、人でさえ魔物へと変化する」


 魔女の言葉にキャリーは言葉を失った。それが本当ならば、すでに魔力を浴び続けているマリオンや、これからそれを引き受けようとしているクロードもただでは済まないのではないか。


「心配することはない、二人なら大丈夫じゃ。魔女の魔力を受け止める器を持っておるでの、器が壊れない限りは問題ない。じゃが」

「大丈夫です」


 眉根を寄せる魔女の言葉を遮って、クロードがキャリーの前にしゃがみこんだ。


「今のキャリー嬢は黒猫図書館のペナルティをすでに受けています。魔女の力を浴びたところでペナルティが解けない限りは変化はしないはず。……ですよね、お師匠様」

「……まあ、それはおまえにも言えることじゃが」


 余計なことを言いおって、とぶつぶつつぶやきながら、魔女はどこからともなく出してきたグラスにデキャンタから酒を注ぎ始めた。


「三人の魔女の呪いを解いた後は、四つ目の呪いね。……手立てはあるの?」

「一応、考えてはある。こちらには魔法定理もあるしね。七日の間に組み立ててみるよ」

「では、明朝の出発まで魔法定理を教えてもらえる?」

「ああ。……キャリー嬢、あなたは先に寝てください。お師匠様、彼女を案内していただけますか?」


 クロードとアーシャが立ち上がると、魔女は頷いた。


「よかろう。お前たちも早めに寝るんじゃぞ。キャリー嬢、こちらへ」


 魔女のあとについていくと、不意に風が吹いて冷たい雪が舞った。振り返ればもう部屋の中に二人の姿はなかった。

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