二十二の掟 魔女討伐が歪みの始まり

「かつて、魔女は人の間で普通に暮らしておった。魔女の使う魔法のうち、人や動物を癒したり、動物や植物の声を聞いたり、失せ物を探したり、天気を読んだりする魔法はとりわけ人々には歓迎された。魔女は自然の落とし児じゃ。それゆえに自然と人のなかだちであることが魔女にとっては誇りでもあった」


 キャリーは目を見開いた。本来の魔女の姿と自分の知る魔女像があまりに大きくかけ離れているからだ。魔女は諍いを好み、血を好むと思い込んできた。だからこそ、人と魔女とは距離を置いているのだとも。


「そう驚く顔をしなさんな。魔女討伐が行われる前まではそれが当たり前じゃったんじゃよ。魔女討伐以降、魔女は人のために魔法を使うことをやめてしまった。自分のためだけに魔法を使い、享楽にふけるようになった。もちろん、全ての魔女がそうなったわけではない。だがの、町から追い出された魔女は、自分の身を守らねばならんかった。今まで手を取り合ってきた人間たちの悪意からの。そのためには魔法だって使う。人間たちから見れば、魔女が手のひらを返したようにも見えたのじゃろう。次第に人間は『魔女はもともと暴力的で危険な存在だった』と自らの記憶すら置き換えてしまったんじゃ」

「そんな……本末転倒じゃないですか……」


 キャリーは呻くように言い、涙をこぼした。うつむいた途端に両手の拳にしずくが落ちる。


「小さき魔法使い殿はわしらのために泣いてくれるのか。ありがたいの……。嬢ちゃんに自然の恵みの加護がありますように」


 魔女が手早く印を切ると、アーシャが目を丸くした。


「あら、おばば様が加護を与えるなんて珍しい」

「俺も初めて見た。よかったな、キャリー嬢」

「え……ありがとう、ございます」


 ふわりと暖かな何かに包まれた気がして、キャリーは涙を拭うと顔を上げた。


「魔女の与える加護は特別で強力です。なにしろ魔女の加護は自然の加護でもあるんですから。よほど気に入ったのね、おばば様?」

「わしは彼女の涙に報いただけじゃ。煩いぞ、お前たち」

「はいはい」


 ふん、と顔をそむけた魔女は目の前のカップを取り上げた。


「昔は当たり前だったんじゃがのう。旅行く者には無事を祈る加護を与え、種まきの時には豊穣の加護を与える。妊婦には安産の加護を、子供や老人には疫病除けのまじないを。わしらはそうやって人と自然の境目に生きてきた。……今ではもう覚えておるものはおるまいがの」

「確かに、まじないも加護も今ではすっかり廃れてますからね。代わりに魔法を込めた札は売れていますけど、加護に比べれば効果は薄いし」

「ふん、比べるのが間違っておるわ。加護は自然からの贈り物。ゆえに対価を必要とせんというに。……まあ、今さら言っても仕方があるまい。以来、魔女は人と交わらぬように過ごしてきた。古い魔女の中にはの、人から迫害を受けた記憶を鮮明に持つ者もおる。が、迫害を受けながらもやはり人のそばで人のために暮らしたいと思う者もおるんじゃ。わしのように森にこもった者の方が多いがの」

「あら、おばば様だって、特製の薬を近くの村に無償で配ってるじゃないですか」

「あれは……契約の対価の一環で、試作品を渡しておるだけじゃ。買い物を運んでもらう約束での。ただそれだけじゃ」


 そう答えて魔女は年若き弟子を睨みつける。が、アーシャはくすくすと笑いながらその視線を受け流した。


「はいはい、そういうことにしておきます」

「まったくお前は……話を元に戻すぞい。あの魔女討伐以来、人も魔女を恐れ、接触を断ってきた。魔女討伐が間違っていたと認めたのはしばらくたって、王が代替わりしてからじゃ。人との関わりを断った魔女をわざわざ探しだしてまで討伐する意義がない、と言ってな。……わしら魔女も逃げ続けることに疲れ切っておった。人に危害を加えないことを条件に、魔女討伐をやめてもいいと王が言い、当時の魔女たちは承諾した。それからは穏やかに過ごせるようになったがの。……無論、魔女同士の派閥争いなどはあったが、かわいいものよ。わしらにはその平穏で十分じゃった」


 魔女の言葉が途切れると、アーシャは腰を上げた。


「スープのお代わりはいかが?」


 空になったカップを回収して彼女が席を外すと、クロードとキャリーは力を抜いてソファに背を預けた。気が付かないうちに体に力が入っていたらしい。


「お師匠様。メイア、ローサ、マリューの呪いを返すには、どれぐらいの魔力が必要ですか」

「そうじゃの、みな若いとはいえ、派閥トップに押し上げられるほどの実力者じゃ。それほど楽に跳ね返せるとは思えん」

「ですが、マリオン殿下の魔力と生命力を吸い上げるには、三人のリップ痕が必要だったのですよね? ならば」

「それはどうかのう」


 意気込むクロードに魔女ミストはそっけなく答える。


「単に三人で均等に分けるという取り決めになっておるだけかもしれん」

「三人で均等。となると呪いの力も三分の一ということにはなりませんか?」

「ふむ。それは一理あるの」

「ならば、マリオン殿下の魔力量以上であれば、跳ね返すのは可能になる。試す価値はありそうです」

「……だからあきちゃんを連れてきたのですね」


 それまで黙っていたキャリーは、ようやく得心が行ったと口を開いた。

 あきちゃんの魔力量はすごいと言っていた。彼女が本当にメイザリー姫であるならば、魔力量も器も十分期待できそうに思える。


「ああ。……今の俺では足りないから」


 そう答えるクロードの表情はしかし、声ほど明るくはない。


「お前は器だけは大きいのに、溜まる魔力量が十分の一に制限されておる上、残りは図書館に流れ込んでおるからのう」

「ええ。それがお師匠様との取り決めでしたから。……そういえば、リップ痕を他人に移すことはできるのですか?」


 クロードの問いかけに魔女は鋭い視線を向けた。


「お前、何を考えておる」

「……きっとお師匠様の想像した通りです。四人目の魔女が見つからないのであれば、そうする以外ありませんから」


 キャリーは二人のやりとりと剣呑な雰囲気に息を飲んだ。

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