十九の掟 過去は巻き戻せません

 彼女が生まれた時、空に大きな星が現れたと記録にある。

 魔法使いたちはこぞって伝説の始祖ミストルティの再来ともてはやした。

 とある魔女がそれを聞いて彼女に呪詛をかけた。――彼女が十五になった日、城で死ぬと。

 国中の魔法使いたちは魔女の呪詛を解こうと必死で研究を進め、技術を研鑽した。

 時には魔女狩りを行い、彼女に呪詛をかけた魔女を探そうともした。

 だが、時は無駄に流れ去る。

 強大な魔力の器を持った彼女は精霊と契約を交わし、土が水を吸い上げるがごとくその知識と技術を身に着けた。

 十歳の祝いの日、件の魔女が現れ、死の宣告を落としていった。

 心を痛めた王と王妃のためにと、とある魔術師が一つの提案をした。

 曰く、誕生日のその日に城にいなければ、予言は成就されないのではないか、と。

 だが、王も王妃も反対した。王族の中でも飛びぬけて強い力を持つ彼女を、城に出すなどと危険極まりない、と。

 齢十にしてすでに彼女は城の守りの一部を任されてもいた。だからこそ、王も王妃も彼女を手放せなかったのだ。

 城を離れるのは逃げるのと同じ、敗北だと受け入れなかった。

 彼女の次に生まれた姫は、普通の人よりは大きな器を持っていたが、王族の中で言えば劣る方だった。

 その次に生まれた王子は、男性の中では王族でも最も大きな器を持って生まれた。

 ゆえに、第五王子でありながら、彼は次期国王の最有力候補であった。

 以下に力の器が大きくても、女性では王にはなれない。もし、王にふさわしい器を持つ王子が生まれなければ、最も大きな器の王女に婿を取らせ、生まれた王子を次代とする。

 それが、この国の掟であった。


 だから彼が生まれた時、彼女は安堵したという。

 これで時分は魔術師として、身を立てていける。城を出られると。

 十三の祝いが終わってすぐ、彼女はとある魔術師に命令をした。


 ――私を城から連れ出して、と。


 ◇◇◇


「細かいことはお師匠様もご存じでしょう」


 クロードはそう言うと深くため息をついた。魔女ミストも、うなずくと目を閉じる。

 キャリーはあまりの衝撃に目を見張ったまま、言葉を失っていた。宮廷内で語られている話とまるで違ったからだ。

 宮廷魔術師たちの間に伝わっているのは、結婚の決まった姫に横恋慕したクロードが、姫を攫ったということ。しかも……殺したのだという者までいた。

 それを打ち消す者は誰もいない。兄でさえ、口をつぐんでいる。そんな人間ではないと知っているはずなのに。

 王宮は何を隠そうとしているのだろう。


「もう五年も前だったかねえ。……王女を誘拐した宮廷魔術師が捕縛され、罰を与えられて放逐された。戻ってきたお前の姿はまるで違っていた」

「ええ。……魔力の封印と魔力紋の変更もされました」

「だからあの図書館を作ったんじゃ」

「え……?」

「そう、魔女たちに見つからんように彼女を隠すためにのう。そのために三年もかかった」


 キャリーが顔を上げると、魔女は遠い目をしていた。

 先ほどから話題に上がる彼女、とはクロードの話した姫のことなのだろうとおぼろげながらわかる。そして、姫を連れ出した魔術師がクロードであることも。

 では、姫は? 姫はどこにいるのだろう。連れ出して、この二人が守るために隠したというのなら。


「そういえば……あの図書館で働くには魔力を持っていてはだめだと聞きました。どうしてなんですか?」


 そう聞くと、魔女ではなくクロードが口を開いた。


「あれは俺の……俺と彼女にのみ課せられた枷だよ。キャリー嬢。君も知っているように、魔力は使っても休めば戻る。魔力の上限が十分の一になっても、器の大きさは変わらない。俺と彼女の魔力すべてを図書館の維持に回しているんだ。だから、俺も彼女も魔力は使えない。図書館の中でのみ使える魔法の源も、俺たちの魔力だ」

「え……そんな魔法、聞いたことがありません」


 驚いて目を見開くと、魔女ミストがふぉっふぉと笑った。


「そりゃそうじゃろうの。魔女のわしが作ったもんじゃから。じゃから、魔術師の使う魔法とは相性が悪いのよ。お嬢ちゃんも身をもって知っておろう?」


 そう言いながら、魔女ミストはペナルティで縮んだキャリーににやりと笑って見せる。キャリーは恥ずかしさで頬を赤らめながらも、頭を巡らせる。

 図書館にゆかりがあって、魔力はあるのに使えない。……そんなの、一人しか知らない。


「では、あきちゃんは……」


 クロードに目をやれば、静かな目で頷いた。


「記憶と魔力を封印し、姿を十三歳のままにとどめ、私の傍に置いて監視する。これが、彼女が望んだ内容だった。……これならば、彼女が十五歳の誕生日を迎えることはない」


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