十八の掟 魔女は力を欲する

「初めまして、じゃな。キャリー嬢。わしはミスト。皆からはヤドリギの魔女と呼ばれておる」


 ソファに腰を下ろした魔女はまっすぐキャリーの目を見た。


「して、今頃この婆に会いに来たのは何の用じゃ、クロード」


 問われてクロードは膝に置いた自分の拳に視線を落とした。


「マリオン殿下の一件、お師匠様はご存じだったのでしょう?」

「さて、何のことじゃったかのう。こんな僻地に隠遁しておる婆が知っておるわけがなかろう?」

「その割には黒猫図書館でのキャリー嬢の一件はよくご存じなようで」


 とぼける師匠にちくりと皮肉を返すと、魔女はふんぞり返った。


「当たり前じゃ。あそこはわしが作ったものじゃ。異変があればすぐわかるわ」

「黒猫図書館を?」


 キャリーのびっくりした声に魔女はうなずいて遠い目をした。


「五年前じゃったかの、あの器を作ったのは」

「お師匠様、今はその話を聞いている余裕はありません。マリオン殿下にはもう時間がないのです」


 ミストは切羽詰まるクロードの物言いに眉根を寄せる。が、仕方なさげに肩をすくめると続きを促した。

 クロードの説明を受けている間も、ミストは目を細めたり小さくうなずくだけで、決して声は出さなかった。その相貌は常に冷たい光をたたえている。

 キャリーは、怖いながらも説明を聞くミストをじっと見つめていた。クロードの師匠であるとはいえ、魔女である。

 今回のマリオン殿下の騒動にかかわった魔女と関係がないとは言い切れない以上、完全に信用することはできなかったからだ。

 だが、この魔女がおそらく最後の光明なのだろうことはクロードの様子からうかがえた。


「なるほど。……それでここまで来たか」


 気が付けばクロードの説明は終わっていて、魔女がぽつりとつぶやいたのが聞えた。


「あと八日……いや、戻る時間を考えれば七日しかありません。その間にあの術を解除する方法を探さなければ」

「マリオン殿下は魔女として目覚めような。そうなれば……」

「ええ。王位継承権を持つ魔女が生まれてしまいます」


 クロードが低い声で言うのが聞こえて、キャリーは目を見開いた。

 そんな状態だなんて聞いてない。一年も城を空けたのは自分だが、それでも状態が変わっていないことは定期的に連絡をもらっていた。

 最後に連絡をもらってから急に変わったのだろうか。


「しかし、誰が考えたものだろうの。人の器を空っぽにして、濃密な魔の力で満たすとは。……道理で近隣の魔女がやかましいわけじゃ」

「と、おっしゃいますと?」


 クロードの問いかけに魔女は重々しくうなずく。


「近隣の魔女たちが妙に浮かれて追っ手の。知り合いもみな、今年の魔女の狂宴はすごいことが怒るから見に行く、と張り切っておった。供物やら何やら準備しての」

「……あの、魔女の狂宴、とは」


 おずおずとキャリーが疑問を口に出すと、ヤドリギの魔女がちらりとこちらを向いた。


「若いのははもう知らんのか。……魔女の生態自体は知っておろう」

「は、はい……」


 鋭い眼光で射抜かれてキャリーは首をすくめた。


「われらは木の股から生まれる。人のように親があるわけではない。いわば自然の落とし児じゃ」

「はい」

「ゆえに、我らに人のようなタブーはない。純粋に己の欲のままに動き、貪り、破壊する。が、当然人の世でそんなことをすれば、あっという間に迫害される。……これも、知っておるの?」

「……はい」


 かつての魔女狩りのことだ。魔女たちが人の住まない北の地に引きこもることになった原因でもある。


「魔女の狂宴とはの、年に一度、とある場所に集まって魔女だけの祭りをするんじゃ。肉を食らい酒を飲み、欲に溺れる。中でも一番の見物は闇の王の召喚での」

「闇の王……夜の王と呼ばれ、魔女たちの力の源ともいわれる、あの……」

「そうじゃ。我らにとって自然は母、闇は父じゃ。ゆえにの、夜には魔女も魔物も力を増す。魔女の狂宴ではせめてその力の欠片でも手に入れんと父を呼び出すのよ。我ら魔女にとっては力がすべて。肉を持たぬ父を呼び出し、食らうことで力を得る」


 魔女ミストの言葉に、キャリーは身を震わせた。その様子に魔女は笑う。


「まあ、本当に呼び出せたことは、わしが参加した限りでは一度もなかったがの。たいていは時間切れとなるか、その辺をふらついている小物が呼び出される程度じゃ。それは皆も分かっておるからの、贄も供物もケチる。ケチるからまともなものは呼び出せん。悪循環じゃの」


 ほっほっと笑う声に、薪がはじける音が重なる。


「が、今度の狂宴は違う。何しろ贄が……銀の血を継ぐマリオン王子じゃからのう」


 キャリーは息を飲んだ。今の王族は魔術の祖と言われるミストルティの末裔と言われている。真偽のほどは定かではないが、ゆえに銀の血と呼ばれるのをキャリーも知っている。


「やはり……そういうことですか」

「そうじゃ。贄は七日七晩、魔女の、闇の力に晒さねばならん。真の闇の王を召喚するレシピはとうに失われて久しいが、一つだけは言い伝えられておるんじゃよ」

「それが、銀の血ですか」


 魔女ミストは重々しくうなずいた。


「魔術の祖たるミストルティの血を濃く受け継ぐ王家じゃ、末裔とはいえその血は受け継がれておろう。ましてやマリオン王子はミストルティの再来とも言われた器の持ち主じゃ。……なれば、ミストルティが退けた闇の王の器として狙われるのも必定。真の闇の王を顕現させるための器としては最もふさわしかろうのう」


 誰も、何も言わなかった。

 薪のはじける音だけが響く。キャリーは魔女を見つめ、魔女はクロードに視線を注いでいる。

 クロードは、目を閉じて俯いていたが、観念したように口を開いた。


「……知っていました」

「クロード様……」


 クロードは手を握り込む。鋭く伸びた爪が、肉球を傷つけて血の匂いが広がる。


「だからこそ、五年前、彼女を城から遠ざけた」

「ああ、彼女はマリオンよりもはるかに強大な力と器を持っておったからのう」

「それで終わったのだと、思っていたのです」


 苦しそうにクロードは目を伏せる。耳をぺたりと伏せたまま、右手を胸元で握り込んだ。


「マリオン王子まで狙われることになるとは……夢にも思いませんでした」

「じゃろうの」


 そのまま沈黙に沈む二人を交互に見ながら、キャリーは口を開いた。


「あの、クロード様……わたくしにもわかるようにお話しいただけませんか?」




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