十六の掟 ヤドリギの魔女は例外です

 キャリーは城の中にある兄の部屋の前に立っていた。

 兄にとりなしを頼んだマーサは、兄からの正式な召喚状を手に戻ってきたのだ。急ぎ登城しようとしたのに、マーサに念入りに手入れをされて、図書館から持ってきていた替えのメイド服に着替えさせられていた。

 手に持ったかごには、図書館から持ってきたものの他、度に必要な品が入っている。

 これもすべて兄の指示だという。どこかに旅に出ろということなのだろうか。

 重い気持ちのまま、キャリーは扉の前にいた。


「キャロライン・フィッシャーズ参りました」


 扉が開かれるのに合わせて礼を取る。頭を上げると、開ききった扉の向こうには赤い絨毯が敷き詰められていて、真正面には執務机らしき巨大な机が見える。


「早く入れ」


 兄の声に釣られ宛て足を勧めれば、後ろで扉が自動で閉じる。

 声の方に歩み寄ろうとしたキャリーは、人影に足を止めた。机の前に立つ人影は、黒い天鵞絨のような毛並みの直立猫だった。


「クロード様!」


 駆け寄ろうとして、クロードの様子がおかしいのに気が付いた。解放されたことを喜んでいるどころか、焦りと怒りをにじませている。


「……なにかあったのですか。まさか、マリオン様が……」

「不吉なことを申すでない、キャリー。マリオン様をお助けするためにお前はここに戻ってきたのだろう?」


 兄の言葉にさえぎられ、はっと居住まいを正すと頭を下げた。


「申し訳ありません。では……?」

「詳しくはあとで話す」


 クロードは静かに口を開いた。が、じわりと怒りが声音から感じ取れる。


「マリオン殿下にかけられた術を解くために、とある人物にあいにく。君にもついてきてもらう」

「とある人物。ですか?」

「ああ……会ってもらえるかどうかも分からないが」

「気弱なことを言うな、クロード」


 フィリップがたしなめると、クロードの見事な金の目が細められた。


「とにかく時間がない。今から出られるか? キャリー殿」

「はい、大丈夫です」


 そのための旅の準備だったのだ、と兄を見ると、兄も厳かな顔で頷いた。


「では行こう。……フィリップ、くれぐれもあきちゃんを頼む。部屋から出さないよう、魔女たちに見つからないように」

「わかった」


 頭越しに交わされる話の内容はよくわからなかったが、キャリーは兄に一礼すると、足早に出ていくクロードの後を追った。


 ◇◇◇


 城を出ると、クロードは北の方角へと進路を取った。図書館から飛行してきた時と同じくクロードの飛行魔術である。

 あの時と比べて速度が格段に速く、あれは魔法慣れしていないあきちゃんのためにゆっくり飛んでいたのだと知れた。


「クロード様、それでどちらに行かれるのですか。北の方角には森と山しかないと聞いておりますけれど」

「……向こうに着いてからは強行軍になる。到着まで時間があるから今のうちに休んでいてくれ」


 クロードはピンと背筋を伸ばし、前を向いたまま振り向きもしない。その気配はどこまでも冷たく、張り詰めた弦のようで、キャリーは諦めて目を閉じた。


 ――マリオン様に何かがあったのだろう。兄とクロード様がこれほど急いで動こうとするなんて。しかも時間がない。マリオン様の誕生日まであと八日。それまでに何とかしなければ。


 キャリーは街中を通った時に感じた違和感を思い出した。

 去年はマリオン殿下生誕祭として大々的な祭りとなった。城はもちろん城下町もお祭り騒ぎだった。各国からの使者や商人たちも集って大きな市も立った。

 けれど今年はどうだろう。

 今年ようやく輿入れが決まった第三王女ハリエット様の婚姻の儀が行われることになり、盛大な祝祭が予定されている。そのためか直前に迎えるマリオン殿下の生誕祭は、前夜祭的な扱いで、規模も小さい。

 もしかしたら、マリオン殿下のことが噂にならないように、あえてハリエット様の婚礼を合わせたのかもしれない、とキャリーは思い当たる。その程度のことは、阿野兄上ならやりそうだ。

 マリオン殿下に異変が起こっていることは一部の者にしか知らされていない。塔から出てこないことも、体調を崩し気味で大事を取っている、ということになっているのだろう。

 とはいえ、本人が祭に顔を出さないわけにはいかない。

 

 流れていく外の風景に目を向ければ、森はますます深くなっていく。

 こんなところに誰がいるというのだろう。賢者と呼ばれる魔術師たちもいるにはいるが、人里離れて誰も訪れることのできない場所には住んでいないだろう。

 むしろ、自然あふれた場所は魔女たちの好むスポットだ。

 そのことに気が付いて不安に捕らわれた。周囲に感じられるのは、自然の力や精霊の力ばかりだ。


 もしかしてクロード様はマリオン殿下に術をかけた魔女を捕らえに向かっているのだろうか。

 そうだとしたら、力の制限を受けた自分とクロードの二人だけでは到底太刀打ちできない。大勢の魔法兵を引き連れてくるべきだというのに。


「キャリー殿。何を考えているのかは知らないが、怖がらなくていい」

「え……」

「私たちは人に会いに行くだけで、捕らえに行くわけじゃない」


 驚いて顔を上げると、ちらりとこちらを向いたクロードと目が合った。先ほどまでのぴりぴりした雰囲気は幾分和らいでいる。


「そう、ですか」

「心配いらない。会いに行くのは俺の師匠だから」

「えっ、クロード様のお師匠様ですか?」

「ああ。……会ってくれるとは限らないんだけどね」


 苦笑するクロードの表情があまりにも苦く見えて、キャリーはそれ以上聞けなかった。



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