十二の掟 クロ館長の言葉は絶対ですから。
ワタシたち三人を乗せた魔法陣は、王都の城門前に降り立ちました。
「クロード様、なぜ直接王宮につけないのですか? わたくしが同乗していますから、城の結界はすり抜けられるはずです」
しかし、クロさんは首を横に振りました。
「俺は王宮へは出入り禁止になっている。緊急とはいえ直接意向とすれば撃ち落されてしまうだろう。面倒は避けたい」
「そうでしたか……では、ご案内いたしますわ」
キャリーさんが先頭に立って入都手続きをしてくれました。
門番の方はキャリーさんのことを覚えていたようです。縮んだのに、と思ったのですが、身分証明書と魔力紋で確認ができるのだとか。すごいですねえ。
クロさんとワタシはキャリーさんの同行者として一枚のカードを渡されました。これが許可証なのだそうです。
左手の手の甲に置くと、カードからふわっと光が出て、左手に吸収されて行きました。これで、キャリーさんと別行動になっても大丈夫なんだとか。
街中は飛行禁止や魔法そのものが禁止の場所も多いらしいです。でも許可証がある人だけは飛行が許可されてるとか。キャリーさんは王宮付きの魔術師なので当然許可持ちだそうです。
「ここからは馬車か飛行になります。馬車を借りますか? わたくしは先に王宮に行って受け入れ態勢を整えますけれど」
「いや、これ位の距離なら魔法陣なしでもあきちゃんを連れて飛べる。一緒に行こう」
「え……?」
目を丸くするキャリーさんの前で、クロさんは右手の甲を出しました。黒い毛並みがつやつやで、つい触りたくなるのですが、我慢です。
すると、右手の甲から紋章が浮かび上がりました。蔦の絡まる羽根のマークです。
「なぜか飛行許可証だけは取り消されてないらしい」
「……わかりました、ではご一緒に」
「あきちゃん、俺の左側に立って、しっかり左手につかまって」
「は、はいっ」
まりーさんから預かった空のバスケットを落とさないように抱え込んで、クロさんの左手を握ります。肉球がたまりません。
ふわりと風が吹いて、ほうきに跨ったキャリーさんが浮き上がりました。それに続いてクロさんはぽんっと地面を蹴りました。
それだけで、あっと居間に地面が離れていきました。家も人も馬車も、全部足の下に流れていきます。
「あきちゃん、怖いようなら上を見て、足元は見ないで」
「は、い、いえっ、だい、じょうぶで、すっ」
魔法陣で飛んでた時はちゃんと足がついてる感触がありましたし、地面は揺れないし怖くはなかったんですが。
ふわふわ飛んでるのは結構怖いです。い、いいえっ、怖くなんか、ないですっ、がんばりますっ。
どれぐらい飛んでたでしょう。足元を見ないように上ばかり見ていたので、足がついたのに気が付かなくてぐにゃっとその場にへたりこんじゃいました。
「大丈夫? あきちゃん」
「は、はひ」
「さすがはクロード様ですわね。では、こちらへどうぞ」
キャリーさんはさっさと階段を上がっていきます。その後ろをぼうっと見ていたら……建物が目に入りました。
ぐるっと首を巡らせると、すぐ目の前にお城がそびえています。後ろを見ると、王宮の周りにはもう一つ壁があるんですね。ワタシたちはそれも飛び越えてきたみたいです。
キャリーさんが入口を守る兵士さんに話しかけているようです。後ろをついていこうとすると、クロさんに手を引っ張られました。
「行かなくていいんですか?」
びっくりして振り返ると、クロさんは耳を倒して、尻尾を不安定に揺らしています。……怖い、のでしょうか。
「王宮は出入り禁止なんだ。このまま足を踏み入れるわけにはいかない。それに、あきちゃん。……君もおそらくこのままでは王宮に入れない」
「え、なぜですか?」
その答えは、予想外のところから降ってきました。
キャリーさんの短い悲鳴が聞こえます。逃げてって、聞こえました。
階段の上からわらわらと槍を持った兵士たちがやってきます。
これ、逃げた方がいいのでしょうか。
「クロ館長」
慌てすぎて間違えちゃいました。だって。このままだと槍で串刺しにされちゃいますっ。ぐるっと周りを囲まれたら逃げられないじゃないですかっ。
でも、クロさんは膝をついてワタシをのぞき込んでいます。なんだか辛そうです。……そんな顔、しないでください。
「あきちゃん、ごめん。本当はまだここに連れてくるべきじゃなかった。でも、マリオン王子のためには、これしか手がなかった。――これから君は、色々嫌な思いをするだろう。それでも、俺を信じて待っててくれ。アキラ・トールじゃなくて、あきちゃんとして」
「はい、クロさん。大丈夫です。信じて待ってます」
にっこり笑ってお返事します。
クロさんはワタシの額に右手の肉球をぺたっとくっつけてくれました。クロさんの肉球、冷たくて気持ちいいんです。
目を閉じてるうちに、ほっぺたと耳と唇もぺろりと舐められちゃいました! くすぐったいですよう。
足音がして目を開ければ、後ろになんだか偉そうな黒服の人が立っていました。
クロさんは立ち上がると、ワタシを背中に隠してくれます。
「クロード・クロッシュフォード。貴殿を王国への反逆罪で捕縛する。理由は……わかっておるな」
――はんぎゃくさい。
え、クロさんが何をしたんですか? 黒猫図書館の館長をしてただけじゃないですか。キャリーさんのお願いで、マリオン王子を助けにここに来ただけなのに。
そう叫びだしたかったけれど、ワタシの口は動いてくれません。
なんで?
クロさんに縋りつきたいのに、手も足も動きません。
なんで?
ワタシの目の前で、クロさんに縄がかけられて連れていかれてしまいました。最後にちらっとワタシの方を見てくれたのは気が付きましたけど、お耳はへにょっと垂れたままでした。
「それにしても、ご無事でようございました。マリオン殿下が不明の時にアッシュネイト姫がお戻りくださるとは」
クロさんを逮捕した黒服の人がワタシの目の前に立つと、膝を折り、ワタシの右手を持ち上げました。
嫌です。触らないでください。
めいっぱい抵抗したいんですが、体が動かないのです。
それに、アッシュネイトって誰ですか?
ワタシは姫じゃありません。ワタシはあきちゃんです。黒猫図書館の司書見習いのあきちゃんですよ?
人違いです。
だけど、何も言うことはできなくて。
「ああ、これは麻痺の魔法がかけられているのですね。後ほど解除すると致しましょう。衛兵、姫をお運びせよ」
硬直したままのワタシは、兵士に担がれて運ばれて行きます。
その途中で、同じように縄を打たれて抵抗しているキャリーさんが見えました。泣きそうな顔でワタシを見ています。
大丈夫です。
クロさんが大丈夫って言ったんですから、安心してくださいね?
それにしても、クロさんに触られた額がなんだか冷たい気がします。
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