十一の掟 クロッシュフォードの魔法定理

「話を続けてくれないか」


 しばらくの沈黙の後、クロさんが口を開きました。もうだいぶ落ち着いたのか、ひげも耳もちゃんと前を向いています。


「ええ。……では、続けますわ。事件が起こったのは昨年、マリオン王子の十二歳の誕生祝の宴でした。国中の貴族たちが呼び集められ、城で盛大な宴が開かれていました。貴族だけでなく魔法使いたちにも招待状が届いたそうです。そこで、王子は宣言してしまったのです」

「宣言?」

「ええ、魔女の撲滅宣言を」


 途端にクロさんが深いため息をつきました。


「確かに、魔女は魔物ですから討伐の対象になることもあります。ですが、何もせず他者に害を及ぼさずひっそりと生活している魔女や、むしろ人間と有効な関係を築いている魔女を狩る理由はありません。むしろ、そうやって刺激することで、彼女たちは害を及ぼす存在になる可能性の方が高いのです。そして――今回は本当にそうなってしまいました」

「……王子はどういう宣言をされたんですか。できれば一言一句正確に知りたい」


 クロさんの言葉にキャリーさんは少し考えた後に口を開きました。


「ええと……『人に仇なす魔女を我が力にてすべて撲滅すると宣言する』でした」

「なるほど」


 なんだか一方的に悪者にされたって感じですよね。そりゃあ、魔女さんたちも怒りますよねえ。

 まあ、人に仇なす、って言っているので、隠遁生活している魔女さんたちは対象外って言えるのかもしれませんけど、魔女という存在自体にケンカ売られたって取られても仕方がない感じです。


「そしてその夜。マリオン王子の寝室に魔女が訪れ、二度と目覚めない夢に引きずり込んだようです」

「見張りは?」

「全て、寿命を吸い尽くされておりました」


 さらっと答えてますけど、それってつまり……ですよね?


「では、マリオン王子の寿命だって吸うこともできたわけだ。それをせずに夢に引きずり込むだけ、というのは何か理由があるのだろうな」


 きっと王城ってきっちり守られてるところですよね?

 そんなところに簡単に忍び込めるほどの力の持ち主なら、殺すのは簡単だったはずですし。


「それだけではありません。王子の体が縮んでいるのです。ちょうど、クロード様が去った頃の年頃まで」

「それは……一人の魔女の仕業ではないかもしれない」

「ええ、ですからクロッシュフォードの魔法定理を探していたんです。一年も……」


 きっとキャリーさん、事件が起こってすぐに王都を飛び出したんですね。だから、本に関する法律が変わったことも知らなかったんでしょう。

 ううん、そもそもその法律自体、マリオン王子を助けるための本を集めるためのものだったのかもしれません。

 個人に秘匿されていた本が図書館に並ぶようになりましたもの。


「ところで、その魔法定理の本なのですが、どういった内容なんですか?」


 今まで、魔法とは縁のない生活をしてきましたから、そういう固そうな本って読んだことがありません。なのに、ワタシには魔力があるとかその力が必要だとか言われ手は、気になって仕方ないのです。


「そうですわね、ちゃんとお話しするにはすごく時間がかかると思うんですけれど……」

「その時間はなさそうかな。もうじき王都に着くよ」


 言われて前を見れば、大きな塔のある町影が見えていました。

 三時間かかるって聞いてたんですけど、もう三時間経ったんでしょうか。いろいろお話をしていたせいか、あっという間だった気がします。


「あら、そうでしたのね。では細かいことはまた次回にいたしましょう。クロード様の組み立てられた魔法定理は、通常の魔法とは全く異なります。おそらく――クロード様以外には正しく組み立てられない、発動できないものではないかと、わたくしは思っています。先ほど、魔法使いと魔女の違いを説明しましたが、覚えていらっしゃいます?」


 ええっ、急に振らないでくださいよぅ。キャリーさん、すっかり教師の顔になってます。


「えっと……魔女の力は人や精霊などから奪って使うもので、魔法使いの力は契約した精霊の力を借りて使うもの。……であってます?」

「ええ、よくできました」


 うふふ、と嬉しそうに笑うキャリーさんは本当に先生みたいです。もしかして、王宮で王子様や王女様たちに魔法を教えていらっしゃるのでしょうか?


「クロード様の魔法定理は、精霊の力を借りつつ、他社の力も借りるハイブリッドな方法です。魔女の力の使い方を分析されたのではないかと思っているのですが」

「違うよ」


 苦笑交じりにクロさんが答えました。


「あれは、とある理由で魔法を使えないが途方もない魔力を持つ人間から力を引き出す定理だ」


 えっと……あれ、どこかで聞いたことがあるような気がします。

 魔法は使えないけど魔力を持つ……今のワタシの状態ではありませんか。もしかして、こういう状態の人が結構あちこちにいるんでしょうか。

 まあ、ワタシは昔は魔法が使えたそうですけど、覚えてないので知りません。


「でも、その定理を正しく組み上げてさらに拡張すれば、できないはずはありません」

「そうかもしれない。でも……俺は、あまりこの定理は好きじゃない」

「好き嫌いを言っている場合ではございません。ことは急を要しているんですから」


 キャリーさんの切羽詰まった声に、クロさんがなぜかワタシを見ました。えっと……そんなにじっと見られると、どうしていいか分からなくなるのですけど。

 そうだ、一つ聞いてみたかったのです。


「あの、クロさん。教えてもらいたいんですけど、魔法を使うには精霊と契約するって言ってましたよね?」

「ああ」

「昔のワタシは精霊と契約してたんでしょうか?」

「……ええ」


 ワタシをじっと見てから、クロさんは頷きます。

 ああ、きっとクロさんはワタシの過去をよくご存じなんだろうな、と感じました。タマさんもエディさんも、きっとそうですね。

 それを気にしたことは過去一度もなかったのですが、今回は別です。

 魔法が云々と何か期待されてるっぽいですし。

 でも、ワタシの昔のことは聞かれたくないみたいなんですよね。だから、少しだけ……。


「では、今のワタシが魔法を使えないのは、精霊との契約が切れたから、何でしょうか」

「そういうことに……なるのかな」


 不意にクロさんはため息をついて顔を逸らしました。

 ああ、きっと聞いちゃいけないこと、聞いたんですね。


「あきちゃん、きっともう気がついていると思うけど、俺が構築した魔法定理は君の力を引き出して利用するためのものだ。……だから、君自身が魔法を使うことも、精霊と再契約することもない。魔法使いにはなれない」

「えっ」


 急なクロさんの告白に、頭が付いていきません。

 えっと、ワタシは魔法使いになりたいわけではないです。……なれるのかなとちょびっとだけ期待はしましたけど。

 魔法が使えるとか魔力があるとか言われて戸惑ってるだけですよ? だから、そんなつらそうな顔、しないでください。


「ごめん、あきちゃん。本当はもう少し時間が経ってから説明するつもりだった。だから、今はこれ以上は言えない。でも、覚えておいて。君が心配することは何もないから」

「はい」


 うん、心配してないです。

 ワタシはクロさんの足を引っ張らないように頑張るだけですから。

 横でキャリーさんが心配そうにワタシを見ていますけど、大丈夫。

 ワタシはクロさんについていくだけです。

 ワタシにとって、クロさんがすべてですから。

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