十の掟 これもペナルティの一つです

 キャリーさんが目を真ん丸にしてワタシを見てます。そんなに見開くと落っこちますよ?


「記憶喪失……ですか」


 そうなんですよね。

 目が覚めたらこの姿で、図書館の椅子に座っていたんです。

 それより前の記憶は、ワタシにはありません。

 だから、アキラ・トールという名前も、全然なじみがありません。

 というか、それが自分の名前かどうかも分からないんですから。

 今ではあきちゃんと呼ばれる方がずっとしっくりくるんです。


「じゃあ、年齢や出身、ご両親のことも……?」

「はい、でもそれでも不幸だと思ったことはないんですよね」


 これは本当です。強がりなんかじゃないですよ?

 不思議なんですけど、ワタシにはクロさんもタマさんも、まりーさんもエディさんもいますから、幸せなんです。


「じゃあ、その姿も……わたくしと同じペナルティ、なんですのね?」


 キャリーさんはクロさんの方を振り返りましたが、クロさんは首を縦にも横にも振りませんでした。


「そう、なんですのね……」


 ええと、今ので何かわかったんでしょうか。ワタシにはわかりませんでしたけど、たぶん本当なのでしょう。

 キャリーさんがワタシと同じサイズに縮んだのを見て、気にはなっていたんですよね。なんで、キャリーさんに同じサイズのエプロンドレスが着られるってわかってたのか、とか。

 だから、さらにペナルティを食らうことになるって言ったんですね、クロさん。


「全ては王都に着けばわかるだろう。あきちゃんのことも、無関係じゃないから」


 王都。なんだか懐かしい響きです。

 ……懐かしい? なんででしょう、行ったことはないと思うんですけど。


「では、あきちゃんに王国と王族の話をしておくべきですのね? クロード様」

「そうだね。あまり時間はないからさらっと流れだけでかまわないよ」

「わかりました」


 それから、キャリーさんの王国の歴史講座が始まりました。えっと……頭から煙が出そうです……。


 ◇◇◇


「とまあ、そういうわけで……」


 王国の成り立ちから現在の王家の話まで一気に教えてくださいました。……耳を傾けると王国の成り立ち辺りからぞろぞろこぼれそうです。


「マリオン王子は現国王の五番目の王子に当たります。そのマリオン王子が、とある魔女の呪いを受けてしまったんです。マリオン王子はご存知ですわよね、クロード様」


 キャリーさんがクロさんに話しかけると、耳がぴぴっと動きました。


「クロード様はマリオン王子の名付け親で、幼いころに魔法の家庭教師をなさっておいででしたもの、ご存じないはずがありませんわね」

「ええっ」


 名付け親!

 このあたりでは、名付け親は実の親に次いで縁の深い存在です。子供の行く末を考えて、名付け親を選ぶのが一般的です。と言っても分かりづらいですよね。

 そうですね……例えば魔法使いの家に生まれた子供は、強い魔法使いに名付け親になってもらうのが一般的だそうです。騎士の家系なら勇猛な騎士に、という感じで。

 名をつけてもらうことで、名付け親から加護が得られる、と考えられているんだそうです。


「当時は王宮付き魔術師のトップにいらっしゃった方ですもの、当然ですわ」


 ということは、マリオン王子は魔法使いとして期待された方なんですね。それにしても、クロさんがそんなすごい人だったなんて、知らなかったです。


「もうずいぶん昔の話だ。それに、直接の名付け親は僕のお師匠様で、僕ではない。王宮付き魔術師の中でも下から数えた方が早いくらいで、トップだったわけじゃない。教育係だったのも短い間のことだったし、家庭教師というわけでもない」


 苦笑しながらクロさんは耳の後ろをポリポリかいています。


「謙遜なさらないでくださいませ。兄の同期ではトップだったのは間違いありませんし、クロード様が教育係の間にマリオン王子が才覚を伸ばしたと伝え聞いております。今では、同年代の魔法使いの家系の子たちをはるかにしのぐ魔力をお持ちです。でも、それが魔女の耳に入ってしまったようで……」

「あの、すみません。魔女と魔法使いって、何が違うんでしょうか?」


 キャリーさんがふう、とため息をついたところでワタシは口をはさみました。

 魔法を使うという意味合いでは同じ存在だと思っていたんです。なので、魔法を使うキャリーさんは魔女、と呼ぶべきなのかなあと思ってたのですが。


「一緒にしないでください。発生自体が違います。魔女は魔物、魔法使いは人間です。もちろん、人間が魔と契約して魔物に変ずることはございますけれど、それは魔女とは呼びません」


 きつい目で睨まれてしまいました。……怒らせちゃったみたいです。そのぐらい知ってて当然ってことですよね、すみません……。


「それから、魔女は人間の使う魔法とは全く違う法則で力を使います。わたくしたち魔法使いは、精霊と契約し、精霊を使役することで自然の力を利用します。ですが、魔女たちは、精霊どころか人間の持つ寿命さえも贄として、力を振るいます。魔女が不老不死だと言われるのは、人間の寿命を食らっているからだとも」


 キャリーさんの声音と話の内容に、思わず震えあがってしまいました。

 まさか、図書館の近くに住んでたりしませんよね? もし近くにいたりしたら、どうすればいいんでしょう。


「魔女は人間が強力な力を持つことを忌み嫌います。マリオン王子はときどき、魔女ぐらい一人で倒せると豪語していらっしゃったそうで、それが魔女たちの耳に入ったのではないかと言われています」

「マリオン王子は今、何歳だったかな」

「クロード様が王宮を去られてから五年ですから、今年で十三歳となります」


 すると、クロさんはふっと目を伏せた。


「そうか……もうそんなに経ったんだな。聡明な王子であったのだが」

「わたくしが知るマリオン王子は……失礼ながら、鼻持ちならない傲慢さをお持ちの自信家ですわ。王子の一番多感な時期に、どうしてクロード様は王宮を去られたのですか?」

「図書館の館長に任命されたからだよ。それにあの時はすでに教育係を離れていたし」


 さらっとクロさんは言ってキャリーさんをちらっと見ました。あでも、おひげが下を向いています。

 きっと、色々あったんですね。

 五年前。

 図書館ができた頃のことはワタシは知りません。たぶん、エディさんとタマさんあたりはご存じだと思うのですが、聞いたことはありませんでした。

 帰ったら、一度聞いてみましょうか。


「ではなぜ、王宮付きの魔法遣いの第一席を手放されたんですの? 図書館の館長になるためではありませんわよね?」

「それは……君のお父上か兄上に聞いてみるといい。フィッシャーズ卿はまだ覚えておいでだと思う」

「……そうですか、わかりました」


 クロさんの目がすごく寂しそうです。キャリーさんも何かを察したのか、それ以上は聞きませんでした。



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