九の掟 館長は一人だけです
「黒猫図書館の館長たるクロード・ル・クロッシュフォードの名において、附則一の一に則り、事案完了後まで我が全権を館長代理たるタマに譲るものとする」
クロ館長――いいえ、この時点でもうクロさん、と呼ばなきゃですね――の宣言に則り、タマさんが館長代理として全権を握り、クロ館長はその任を解かれました。
そういえば、掟に則る宣言ってフルネームを入れるのが通例らしいんですけど、タマさんはタマさんのままだったのが気になります。
まあ、平民は家名を持たないのが普通ですから、そういうものなのかもしれませんけど。
タマ館長代理はピンとひげを伸ばすと、クロさんが一歩引くのに合わせて一歩前に出ました。
尻尾もピンと立ってますし、いつもどこか眠そうだった茶色い垂れ目も、今日はこころなしかきりっと上がってるような気がします。
「では、俺からも。黒猫図書館の館長代理たるタマの名において、附則一の一に則り、事案完了までキャロライン・フィッシャーズに課せられたペナルティの一部を免除するものとする」
ペナルティの免除! そんなことができるなんて知りませんでした。
「え……わたくし?」
「これであんたはこの館を出ることができる。年齢の退行までは解除できなかったが、これで勘弁してくれ」
すまん、と頭を下げるタマ館長代理とクロ館長――じゃなかった、クロさんに、キャリーさんは目を見開きました。それから、自分の手をじっと見ています。
ペナルティの免除って、何が免除されたんでしょう。キャリーさんの姿は変わってませんし……。
「じゃあ、試してみよう。キャリーさん、ついてきてもらえますか?」
クロさんに促されてキャリーさんは表玄関に向かいます。もちろんワタシも他の皆さんも一緒です。
図書館から少し離れたところまで歩いて、クロさんは振り返りました。キャリーさんは扉の手前に立ったまま、動こうとしません。
「これくらい離れていればいいだろう。キャリーさん、ここまで来てみてください」
「でも……」
ペナルティ自体もですが、ペナルティを破ったらさらにどうなるのかが怖いのでしょう。
「大丈夫、さあどうぞ」
促されて、そっと図書館から一歩踏み出しました。恐る恐る踏んだ土を確認するように踏みしめて、何も起こらないことを確認して。
それからクロさんのところまでゆっくりと歩んでいきます。
「出られました……」
「よかった。じゃあ、つぎは魔力の確認ですね」
クロさんはそう言うと空に向けて手をかざしました。今日は昨日と違っていい天気なので、そらは青く雲も高く、風もさやさやと気持ちいいです。
「……さすがにまだ全回復とはいきませんか」
そう呟いて、クロさんは地面に手をつきました。何かをつぶやいたと同時に、目の前の土がむくむく起き上がりました。見る間にそれはぱきぱき割れていって、人のような形になると歩き出しました。
「うん、戻ってる。――タマ、ありがとう」
「いいってことよ。それよりとっとと行って帰ってこい」
「ああ。――そうだ、あきちゃんの魔法の封印、解いてないよ」
クロさんが言ってくれました。そうでした、ワタシにも魔力があるんですよね?
図書館の司書見習いをしてるから、魔法が使えないだけで。
キャリーさんとクロさんが解放されたのなら、ワタシも解放してもらいたいです。クロさんの力になれるのなら。
でも、タマさんは頭をポリポリかくばかりです。
「んー、あきちゃんのはなあ……」
「このまま連れていくと、図書館の掟でさらにペナルティを食らうことになる。いったん図書館の職員から解放してくれないか?」
クロさんの言葉に、タマさんは渋々頷きました。
「まあ、そうだな。……あきちゃん、館内に戻ってくれる?」
「は、はい」
タマさんの後について館内に戻ります。皆さんも一緒に戻ってきました。
「黒猫図書館の館長代理たるタマの名において、附則一の一に則り、事案完了までアキラ・トールを図書館職員の任から外すものとする!」
きらきらした光がすーっとワタシの周りに浮き上がったと思ったら、天井の方まで上って行って消えました。……今のが、掟、なんでしょうか?
キャリーさんの時もクロさんの時も、こんな現象なかった気がするんですけど……。
「これでよし、と。ただ、魔法は――あきちゃんには教えてないもんなあ。使ったことないだろ?」
「はい、魔力があるという話も初めて聞きました」
「まあ、先代の意向だからなあ……クロ、どうする? 今回はあきちゃんがどうしても必要になるんだろう?」
「……たぶん」
タマさんの意味深な言葉にクロさんがうなずきます。
ワタシ、蚊帳の外なんですけど、何なんですかっ、ワタシがどーしても必要になるって! すっごく気になるんですけどっ。
「忘れてはいないはずだけど……必要になったら俺が教えるよ」
「忘れて……?」
え? どういうことですか?
何が何やらちんぷんかんぷんです。忘れたってことは、ワタシが昔、魔法を使えてたように聞こえるんですけど、そうなんですかっ?
「アキラ・トール……ええと、アキラさんとお呼びしたらよいでしょうか?」
クロさんやタマさんのやり取りのせいでしょうか、キャリーさんがワタシを見ながらおずおずと聞いてきました。あの、キャリーさんの方がたぶん身分、上ですよね?
なのにどうしてそんな口調なんでしょうか。
それに、あきちゃんさんじゃなくてあきちゃんです。
「いや、あきちゃんはあきちゃんだから、そう呼んで」
「は、はい。クロード様がおっしゃるなら……では、あきちゃんさん」
「さんはいらないですー。あきちゃんって呼んでください」
「は、はいっ」
「じゃあ、これで……おっとエディさん、応接室に置いてある魔法定理の本、ここに持ってきてくれますか? キャリーさんは応接室の荷物で必要なものがあればとってきてください。あきちゃんはまりーさんに頼んでおきましたから、カバンもらってきてください」
クロさんの指示でばたばたっとみんなが散っていきます。ワタシはまりーさんの準備してくれたリュックサックを背負います。
「それから、お弁当作っておきました。途中でたべてくださいねー」
「ありがとうございますっ」
やりましたっ、まりーさんのお弁当ゲットですっ!
それから、ワタシはエプロンドレスのポケットから図書館の鍵を取り出しました。
しばらくここを離れるわけですし、ワタシが持ってっちゃったら困りますよね?
それに、一応職員から外れたわけですし……。
一番早くに来るのはエディさんなんですけど、きっとまりーさんに預けた方が確実ですよね。そう思って鍵を渡すと、まりーさんはぎゅっと抱きしめてくれました。
「無事に帰ってくるんですよー?」
はい、もちろんです。
クロさんのお手伝いなんて、何をすればいいのかちっともわかりませんけど、頑張ります。がんばって早く帰ってきますね。
ああそれにしてもまりーさん、あったかいです。柔らかいです。……はやくおとなになりたいです。
玄関に戻ると、エディさんがあのでかい本を担いで立ってました。
「よいせっと、ここでいいのか? 外の方がいいんだろ?」
「さすがですね、じゃあお願いします」
玄関から出て少し離れたところにエディさんが本を下ろすと、クロさんは本に触れて何事かつぶやきました。
すると、あっという間にあの大きな本が、手のひらに収まるサイズに縮んでいきます。
「クロード様、さすがです。わたくしではこの術は使えあませんでしたの」
「この本にはいろいろ仕掛けがあってね」
クロさんはそういうと黒いカバンの中に本をしまい込みます。サイズ的にも見た目的にも、掟の手帳そっくりです。
「キャリーさんもあきちゃんも、準備はいいですか?」
「はい」
「ええ、大丈夫です」
クロさんはワタシとキャリーさんを見て、うなずきました。
「では、行きましょうか。二人ともこちらへ」
クロさんの指定した場所には、幾重にも円が描かれていて、隙間に文字……ですよね?読めないけど……が書かれています。これが魔法陣というやつなんでしょうか。
「タマさん、まりーさん、エディさん。後をお願いします」
「ああ、任せろ」
「お気をつけてー」
「早く帰って来いよ」
三人の声援に胸が熱いです。
「じゃあ、行ってきます」
クロさんはいつの間にか手にステッキを持っていました。それを軽く振ると、足元の陣が光りはじめます。そのまま、ワタシたち三人を乗せて、光の陣がすうっと動き始めたのです!
「うわっ」
「きゃっ」
突然のことでワタシもキャリーさんもしりもちをついちゃいました。クロさん、最初に言っておいてくれないとびっくりするじゃないですかぁっ。
「大丈夫、揺れないし落ちないから、そのまま座っているといいよ。王都までは三時間ほどで着くはずだ」
クロさんはそう言って進む方向にピンとひげを立て、耳をせわしなく動かしています。
落ちないって言っても……光の陣は透けてて遠くなる図書館が見えるんですけど……。下を見るとぞわぞわするので目を上に向けておくことにします。
「それにしても、すごいですねえ魔法って」
「ええ、クロード様の魔法は緻密で正確ですわね。わたくしでは自分一人を乗せて飛ぶのがせいぜいです。それに三時間も魔力が持ちませんわ」
キャリーさんも興奮気味ですね。光の陣をじっと眺めています。……そっか、もともとほうきで空を飛べるんですから、この程度怖くもないんですね……。
「それにしても、図書館から出られてよかったですね。なんだか急いでいたみたいでしたし」
「ええ……一刻一秒を争う事態ですの」
途端にキャリーさんの顔が曇ります。えっと……聞いちゃいけないことだったんでしょうか?
「キャリーさん、その話、詳しく聞かせてくれないかな」
前を向いたままクロさんが言うと、キャリーさんは頷きました。
「もちろんそのつもりですが……あきちゃんはこの国の王様のことや歴史のことはご存じですか?」
「えっと……」
急にこちらを振り向いたキャリーさんに、ワタシは返事ができずにクロさんの方を見ると、クロさんは小さくうなずきました。
「キャリーさん。あきちゃんは記憶喪失なんだ」
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