八の掟 図書館の職員は魔法を使ってはいけません。
王立魔法学院を首席で卒業した王宮付きの魔術師。
……えっと、魔法を使う人たちが勉強するのが魔法学院で、そこを首席で卒業したのがキャリーさん。
で、キャリーさんは王宮付きの魔術師……であってますよね?
「フィッシャーズ……どっかで聞いたことがあったな。確か、西の方の領主がそんな名前じゃなかったか?」
タマさんが言うと、キャリーさんは胸を張りました。ちっちゃくなっても偉そうなところは変わらないみたいです。
「ええ、そうよ。西の領主がわたくしの父なの。フィッシャーズ家は代々、王宮付きの魔術師として王家を支えて参りましたのよ」
「で、その偉い人がなんでこんな辺鄙な図書館まで来たの?」
「それは、クロッシュフォードの魔法定理の本を探してですわ。ここにしかないとわかって、遠路はるばるやってまいりましたの。……伯爵、お願いです」
キャリーさんはいきなりクロ館長の足元に膝をつくと頭を深々と下げました。
「お願いです、王子を助けてください」
「キャリーさん、頭を上げてください」
クロ館長の静かな声が響きます。でも、キャリーさんは顔をあげません。
「伯爵のご協力がいただけるまであきらめませんっ」
「……僕は伯爵じゃありません」
「嘘ですっ! わたくし、伯爵の領地まで行ったんです! 領地の管理は確かに弟君がなさっておいででしたけれど、伯爵位を戴いたのはクロード様、貴方様で間違いありませんっ」
クロ館長はぽりぽりと耳の後ろをかいています。おひげがしょんぼり下を向いちゃってますね……。
「クロ館長、諦めたらどうだ? それに、王子ってことはお前にも関係ない話じゃないだろ。キャリーさんはこの図書館を離れられないわけだし」
「……俺だって、図書館を空けるわけにはいかない。館長だし」
「それは館長代理の俺がいれば済むことだろ? それに、魔法関係は俺はからっきしだ。お前が行くしかないだろ」
タマさん、何やら事情をご存じみたいです。
ワタシはクロ館長が館長になる前のこととかタマさんのこととか、実はあんまりよく知らないのです。昔からのお知り合いだということは聞いていますけれど、たぶん、その頃の話なんだろうなあ。
クロ館長の子供の頃のことを知ってるとか、うらやましいです。ワタシも聞いてみたいなあ。昨夜のタンゴ亭でもちょこっと聞いたけれど、もっと聞いてみたいです。
「お願いします! 伯爵! 王子を助けてください!」
「……俺は、君の思うような手伝いはできないと思うよ」
目を閉じたクロ館長のお耳がぺったり伏せています。
「今の俺は、魔法を使えないんだ」
「嘘……そんな、あの魔法定理を組み上げた貴方様が、力を失っているというのですか……」
しばらくの沈黙のあと、キャリーさんはぽつりとつぶやきました。座り込んだまま、うなだれています。
ああ、そうでした。ワタシは掟を思い出しました。
「クロ館長、掟のせいですね? 図書館の職員は全員、魔法が使えなくなる」
答えはくれませんでしたけど、わずかにクロ館長の耳がぴっと動きました。
「そう、魔力を失ったわけじゃない。封印されているだけだ。図書館ってのはそれ自体が魔力で満ちている。その魔力を使うためには個人の持つ魔力は空っぽにしなきゃいけない。個人の魔力とぶつかるとうまく制御でいないんだそうだ。だから、クロ館長は魔力を封印されている。まりーさんもあきちゃんも、エディさんもそうだよな。俺はもともと魔力がないから、関係ないんだけど」
えっ、ワタシもなんですか?
ちょっとびっくりしました。
魔法とか魔力とか、無縁のものだと思ってましたよ? 魔法を封じられた覚えもありませんけど。
「図書館の館長を外れれば、魔力は戻るだろ。キャリーさんの話からすると、一分一秒を争う事態なんだろ? だったらクロ、行ってやれよ。マリオン王子に何かあったんだ。放っておくのか?」
「簡単に言うなよ、タマ。図書館の館長は任命制だろ」
「王族の書き球の事情があればその限りではないって条項、あっただろ。行けよ。お前にしかできないことだろうが」
タマさんの言葉にもクロ館長は長い間黙ったまま目を閉じていました。
でも、耳はピンっと立って、ひげもしゃっきり前を向いています。きっと、もう心は決まってるんですね。
「クロード様っ、お願いします。わたくしにできることでしたらなんでもやりますから、どうか、どうかマリオン王子を、お助けくださいませっ!」
キャリーさんも足元で深々と頭を下げていますあ。
クロ館長は目を開けると、キャリーさんの肩に手を置きました。
「キャリーさん、頭を上げてください。……タマ、頼んでもいいか」
「おう、当然だろ。行ってこい」
ぴぴっとおひげを震わせて、にかっと笑うタマさん、おっとこまえです!
それからなぜか、タマさんはワタシを見ました。
「あきちゃん、クロのこと頼むな」
「えっ? ワ、ワタシですかっ?」
気が付けばクロ館長もワタシを見ています。ええっ、なんで? なんでワタシ?
「あきちゃん、手伝ってくれるかい?」
クロ館長のまっすぐな視線が胸にグサッと刺さります。こんなクロ館長、見たことありません……かっこいいです。どっきどきします。
「は、はひっ、ワタシにできることならばっ」
「あきちゃんさん、わたくしからもどうぞよろしくお願いいたします」
キャリーさん、ワタシにまで頭を下げてきます。そんなっ、恐れ多いですっ拝まないでくださいぃっ!
「じゃあ、行こう。エディさんとまりーさんにも説明しないとな」
クロ館長が立ち上がりました。尻尾も耳もピンと立ったクロ館長、やっぱりカッコいいですー。
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