六の掟 掟破りのペナルティ
喫茶室の中に沈黙が流れた。
まさか、キャリーさん?
でも、それにしてはなんだかちっさい気がします。
黒い帽子も黒いローブも、なんだかぶかぶかで引きずってるような……。
「あなたでしたか」
「あんただったのか」
クロ館長が立ち上がりました。続いてタマさん。
「何のこと? それより、あたしにもモーニング頂戴ってば」
イライラした感じです。あれ、もうすこし大人びた感じだった気がするんですけど、口調が幼い感じです。
「キャリーさん、当館は現在閉鎖中です。どこから入ったんですか?」
クロ館長、実に落ち着いた声です。でも怖いです。……めちゃくちゃ怒ってますよね。
「どこからって、玄関からに決まってるでしょ?」
「いつ、入ったんです?」
「いつって……いつだったかしら」
とぼけているのか、本当に覚えていないのか、キャリーさんは視線をさまよわせています。
「玄関は鍵がかかっていたはずです。あなたは鍵を魔法で解除したのですか?」
「え? ええと、どうだったかしら」
これもまた覚えていないみたいですね……。
「クロ館長、だめだよ。ペナルティ食らってるから、おそらく入館時点の記憶は吹き飛んでる」
タマさんの声にハッとする。あー、そうですね。……掟破りのペナルティですか、これ。
「とりあえず、その服は何とかしませんとねー。確か演劇の衣裳が倉庫に……って倉庫まで行けませんねー」
まりーさん、ぶかぶかのローブを脱げないようにしてキャリーさんを抱き上げました。キャリーさん、抵抗してますけど……。
「あきちゃん、その帽子持ってついてきてもらえますー?」
「はーい」
言われた通りについていきます。そういえば、エプロンとかの在庫はここに置いてあるんでした。
「ちょっと、何するのよ」
「ちょっとねー。あきちゃんの、貸してあげてもいーい?」
「はーい」
なるほど、今のキャリーさんならワタシのエプロンドレスでも行けそうです。
ロッカーから取り出すと、マリーさんは手早くキャリーさんの服を脱がしていきます。ワタシは放り出されたローブとか肌着とかをチャンと折りたたんでいきます。
うん、濡れてますねえ、雨に当たった後に図書館に入った証拠です、たぶん。
うわ、でっかいぶらじゃーです……頭すっぽり入りそう。サイズは……うわーん、くやしいですぅ……は、はやくおおきくなりたーいっ!
「なにするのよっ痴女なのっ」
「はーい、ばんざいしてー」
まりーさん、誘導が上手いですね。キャリーさんにエプロンドレスを着せると、ぐちゃぐちゃに絡まった髪の毛を梳かして可愛らしく二つに束ねます。
「なんなのよ、もう。……まあ、雨でぬれちゃってたから助かるけど」
ワタシの靴を履いたキャリーさんがワタシの横に並びます。ワタシよりちょっと大きいですね。
「あら、あなた……ずいぶん大きくなったのねえ」
「違いますよー、あなたが小さくなったんですよー。さ、行きましょうねー」
マリーさんに手をつながれて、喫茶室まで戻るキャリーさん。なんだかかわいいです。
「クロ館長、着替え終わりましたー」
「ああ、やっぱり。あきちゃんよりは大きいんですね。……さて、キャリーさん」
キャリーさんを空いた椅子に座らせて、クロ館長は前にしゃがみこみました。視線を合わせるためですね。
「な、何よ」
「あなた、図書館を怒らせてしまいましたね」
「……なんなの?」
キャリーさん、まだ状況が飲み込めてないみたいです。まあ、自分が縮んだことにも気が付いてなかったですからねえ。
「正確には本を怒らせた、ですかね。タマさん。鏡あります?」
「ああ、それなら」
キッチンに入ったタマさん、一抱えもある鏡を持ってきました。これ、知ってます。まりーさんとタマさんが毎日、笑顔の練習に使ってるあれですねー。
「見てください。気が付きませんか?」
クロ館長はキャリーさんを鏡の前に立たせます。
「何って、別段何にも……あら、あたし、若返ってる?」
「正しくはちっさくなった、です。今のあなたはあきちゃんとほぼ同じサイズに縮んでいます。だから、帽子もローブもぶかぶかだったんですよ」
「縮んだ? 何を馬鹿な……」
鏡の方に手を延ばそうとして、自分の手をまじまじと見つめています。
そうですよねえ、昨日はまりーさんと同じくらいのぼんきゅっぼんだったんですから。
今はワタシと同じ寸胴で……わーんっ、いつか見返してやるんですからっ。
「雨が降ると聞いてあなたは一旦家に戻った。その後図書館に戻ってきて、閉館になっているのに魔法で無理矢理こじ開けて、図書館に入った。おそらく何か忘れものをなさったのではないですか? 応接室にいろいろ残っていましたからね。で、応接室に入って、今の今まで写本をしていた。持ち込んだのは夜食ですか? 応接室で食べながら作業をしていた。およそこんなところではありませんか?」
クロ館長の言葉に、キャリーさんは口をとがらせて黙っちゃいました。たぶん、ほぼ辺りなんでしょうね。
「あちゃー、ということは四つの掟違反か。だからこのペナルティなんだな」
タマさん、頭をかいています。これほどの重度違反は久しぶりです。
「……だから、何なのよ、ペナルティって。罰金でも何でも払えばいいんでしょう? あたしには時間がないのよっ!」
「それは、掟を破っていい理由にはなりませんからねえ」
エディさんがぽつりとつぶやきました。そうなんですよね、図書館の掟は絶対! ですから。
「で、どういうペナルティが課されてるんだい、まりーさん」
紅茶を飲んでいたマリーさんは、モニターをのぞき込んでにっこり微笑みました。
「当面の間、年齢の退行、魔法の封印、魔力ゼロ、敷地内からの立ち去り不可、それから――おやつ禁止、ですって」
「なっ、何なのよ一体っ! あたしは急いでるんだってばっ! 急いで帰らなきゃならないのよっ」
「かなり重いですねえ……まあ、食事は喫茶室で準備することになるんでしょうけどー。もちろん、後できちんとお支払いいただきますよー?」
まりーさん、怒ってるでしょ。目が笑ってないです。
「そんな……じゃあ、あたしは一体何のために……」
キャリーさん、ついに泣き崩れてしまいました。
なんだか図書館が同調しているようです。遠吠えのような声が聞えます。どの本だろう、本が哭いてる感じです。
「ともあれ、この本を沈めないことには何もできないなあ」
エディさんはロビーの方を見つめています。キャリーさんが泣き始めてから、飛んでる本のスピードが上がってる気がするんですけど……。
今日はもう、図書館は開けられそうにないですね……。なるべく早く通常営業に戻して、逃げて行った本を確定して、捕縛しに行かなきゃいけません。
忙しい一日になりそうです。
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