五の掟 閉館中は立ち入り禁止ですっ!

 翌日。

 いつも通りに出勤です。

 うふふ、皆さんと一緒に行ったタンゴ亭は実によかったですー。

 飲み物も食べ物も、めっちゃくちゃおいしかったですし、クロ館長のいろいろなお話も聞けました。

 タマさん、意外とお酒に弱いんですねー。乾杯したあとあっという間に潰れて、クロ館長に担がれてお部屋の方に早々に退場されちゃいました。

 エディさんはご家族が待ってると言って夜半過ぎには帰っちゃいました。その頃にはお店も看板で、ワタシとまりーさんはクロ館長に送ってもらっちゃいました!

 うふふー。

 飲み物がおいしかったのは幸せでしたぁ。アルコールは飲めないのですが、アルコールの入ってないものもいっぱいあって、選び放題で、迷っちゃいました。

 次回は今回飲まなかったアレとか、頼んでみたいですねえ。

 なんて、にまにましながらいつもの道をたどっていると、ものすごく焦った顔をしたエディさんにすれ違いました。ワタシよりも早くエディさんが出勤されてるなんて、珍しいです。

 というか、ワタシに気が付いてませんよね?

 ワタシが鍵を持ってるので、入れなくて困ってるんでしょうか。


「エディさん、おはようございます。何かあったんですか?」

「あ、あきちゃん! いいところに! 昨夜誰かが図書館に忍び込んだみたいなんだよ! クロ館長を呼びにいまからタンゴ亭に行くから、まりーさんが来たら中に入らないようにって伝えておいてっ! 一応綱引いて立ち入れないようにしてあるから、あきちゃんも入っちゃだめだよっ!」


 それだけ言うと、エディさんはすごい勢いで走っていきました。

 エディさんの語った言葉に、ワタシは真っ青になりました。

 閉館中……とりわけ雨が理由の閉館中は、何人たりとも入ってはならないのです。

 館長であっても、司書であっても。

 それを、いったい誰が……。


 ワタシも急いで図書館に向かいました。

 入り口にはいつものバンさんが所在なげに立っています。入口は閉まってるし、綱張ってあるしで、困った顔になってます。


「バンさーん」

「あきちゃん、おはよ。こりゃ一体どうしたんだい? 今日は雨降ってないのに閉館かい?」


 そう言いながら、今日の新聞を差し出してくれます。ワタシは受け取ってから首を横に振りました。


「いいえ、なんでも夜の間に誰かが入ったらしくて、今エディさんがクロ館長を呼びに行ってるんです」

「ええっ、なんてこったい! そりゃぁ大変だ。あきちゃん、わしらの手伝いが必要ならいつでも呼んでくれな」

「はい、ありがとうございます」


 ありがたい言葉です。もし人手が必要になったら村の人にお願いしなくちゃいけませんからね。一応、バンさんから村長さんのお耳に入れておいてくれるみたいです。

 バンさんは手を振りながら帰っていきました。いつもなら図書館で朝ご飯を食べて行かれるので、名残惜しそうでしたけど、開館できない以上ワタシも何もできません。

 少ししたらまりーさんがやってきました。


「おはようございますー、あらぁ?」


 ワタシが手短に事情を説明すると、まりーさんは大きくうなずきました。


「あらまあなるほど、それは掟破りですわねー。どうしましょうかー」

「とにかくクロ館長待ちですぅ」

「困ったわねー。とりあえずあきちゃん、お茶飲みますー?」


 まりーさん、手提げから魔法瓶を取り出しました。お昼のためのお茶だと思うのですが、喉が渇いていたのでありがたくいただきます。あー、まりーさんのお茶、美味しいです。


「この調子だと朝ごはん、他所で食べなきゃいけませんねー。どうしましょう。いっそのことクロ館長を呼びに行ってタンゴ亭で食べるというのはどうでしょうー?」

「でも、エディさんがもう呼びに行ってますし、すれ違いになりそうですよ」

「それもそうねー」


 朝ごはんのことを考えてるうちにクロ館長がやってきました。タマさん、エディさんも一緒です。

 あ、なんだかお腹いっぱいな顔してますね。朝ごはん、タンゴ亭で食べてきたんでしょう。

 むー。ちょっと恨めしい顔をしてやりましたっ。


「クロ館長」

「うん、話は聞いた。エディさん、扉は開けてない?」

「いやそれが、鍵かかってなかったんで、もうあきちゃんが開けてくれたのかと思って中に入っちゃったんです。そしたら二十冊ほど飛び出してきちゃって。中では本たちが飛び交ってます」


 すんません、と頭を下げるエディさん。


「あー、いや、エディさんは悪くないです。しかし……参ったなあ。それに夜中にも誰かが侵入したってことは、それなりに逃げられちゃってる可能性はあるわけか。……仕方ない。今日は蔵書の総点検だ。飛び回ってる本をまずは鎮めないと」


 ちらっとクロ館長がタマさんを見ます。タマさん、大きく伸びをするとうなずいて扉に近寄りました。


「泥が散るからそこ、避けて」


 みんなが扉から少し離れると、タマさんは四足猫の姿になってすごい勢いで地面を掘りはじめました。

 飛び散る泥や土をよけながら見ていると、あっという間にタマさんの姿が土の中に隠れていきます。

 どれくらい経ったでしょう。玄関の天窓の隙間からもくもくと煙が上がりました。少し紫がかった煙ということは、本の動きを止めるためのお香を焚いたんですね。

 玄関の扉が内側から開きました。煙がぼわっと出て行きます。

 タマさんがほそーく扉を開けています。後ろでばたばたがんがんぶつかる音が聞こえるのは、本が扉にぶつかったり飛び回ったりしている音なんですね。


「クロ館長、いるか」

「ああ、ここに」


 クロ館長が扉に歩み寄って中を覗き込んでいます。


「どうも様子がおかしい。止煙香しえんこうを焚いたんだが一向に効かない。夜中に侵入者が入っただけじゃなくて、他の原因がありそうだ」

「他の?」


 ちなみに止煙香とは、文字の通り本の動きを止めるお香なんですが……それが効かないなんて初めてではないでしょうか。


「うん、図書館全体が『掟』を叫んでいるからね。それに呼応して本が暴れてる感じだ。扉を開けたら全部逃げちまいそうなくらい暴れてる。悪いがさっき掘った穴からみんな入ってきちゃくれないかい。こっちの大扉は内側から鍵をかけとくから」

「わかった」


 扉は閉じて、鍵がかかる音がします。


「エディさん、先導してもらえますか。あきちゃんはその次、まりーさんはその後ろ。俺は最後に入ります」

「よっしゃ、任せとけ」


 タマさんが掘った獣道を、エディさんが歩いていきます。その後ろを私も歩きます。

 うわ、狭い。雨の翌日なので回りも水がしみて泥だらけです。これ、向こうに出られたらお着換えが必要ですよう。


「よいしょっと。これが出口か。あきちゃん、手を出しな」


 目の前を歩いていたエディさんが消えたと思ったら、出口の明るいところから手が伸びています。

 掴むと軽々と持ち上げられました。さすがエディさん、力持ちぃ。

 周りを見回すと、明かりがついてないのではっきりとはわかりませんがキッチンのようです。

 喫茶室の方までは本が飛んできてないようなので、少しだけ安心です。


「うわー、泥だらけ。後で床掃除だなあ」

「その前に、顔を洗った方がいいですよー、エディさん。お髭が泥だらけです」


 まりーさんに指摘されて、キッチンの流しで洗い落とし始めました。ワタシも手を洗わせてもらおうっと。

 とはいえ流しはワタシでは背が届かないので、まりーさんに抱っこされて洗います。


「はい、おしまい」


 まりーさんにっこり。あれだけの中を通ってきたのに、顔には泥一つついてません。すごいです。何かコツでもあるんでしょうか。

 タマさんが喫茶室に戻ってきました。飛んできた本がぶつかったのか、痛そうにお尻をさすっています。


「さて、どうしますかね。クロ館長」

「確かに図書館全体から圧迫を感じますね、『掟』の。……もしかして、不法侵入者がまだ館内にいるのかもしれません」

「えっ」


 確かに、掟に逆らうと図書館から出られなくなるのはよくある話です。


「とりあえずお茶でもしましょうかー。本はここまでは来ませんし。あきちゃん、おなかすいてるでしょー?」


 まりーさんに言われて、おなかがきゅーっと鳴ります。


「あとの方々は朝ごはんはお済みですかー?」

「ああ、タンゴ亭で……」


 とエディさんが口を滑らせました。やっぱりー!

 エディさんをじとっと睨んでみたけれど、知らん顔で口笛を吹いてます。わかりやすすぎます。


「じゃ、タマさん。すみませんが二人分のモーニング、お願いできますかー? 私は皆さんの分のお茶を淹れますから」

「了解。座って待っててくれ」


 ワタシは背が足りなくてカウンターには座れませんので、喫茶室内のテーブルに座ります。ほどなくしてジュ―っといい香りがしてきました。この匂いはベーコンですね。ベーコンエッグは大好きなのです。紅茶の香りもしてきました。泥にまみれてることも忘れてご飯を待ちます。


「ほいっと。ロールパンの買い置きがなくなってたんでトーストですまん。その代わり、ベーコンを厚めにしといたから」


 タマさんはそう言いながらおいしそうなベーコンエッグのモーニングプレートを置いてくれます。ロールパンの方が好きなんですが、ベーコンエッグならトーストの上に乗っけてベーコンエッグトーストにするので問題ありません!


「はい、あきちゃんにはミルクティね」


 まりーさんもミルクティを持ってきてくれて、前の席に座ります。エディさん、ちょっとうらやましそうにこっちを見てますけど、だめですー、あげませんっ。


「じゃあ、いただきまーす」

「いただきます」


 ナイフとフォークでトーストにベーコンエッグを乗せて、ぱくり。はぁぁぁぁ、ベーコンの塩加減がたまりません。付け合わせのサラダに手を延ばそうとしたところで、カウンターの方から声が聞えました。


「モーニング、わたくしにもいただけるかしら?」


 びっくりして振り向けば。

 姿を現したのは、三角形のとんがり帽子をかぶった、あの魔法使いのおねーさんでした。


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