三の掟 館内の飲食は喫茶室へ!

 お昼をささっと済ませると、エディさんは扉の修理に行っちゃいました。

 タマさんとまりーさんはランチタイムのお客様のお相手。今日もいっぱいいらっしゃってます。

 クロ館長はキャリーさんを館長室に招きました。もちろんワタシもご一緒します。

 キャリーさんはお昼のパスタでだいぶ落ち着きを取り戻していらっしゃいます。でも、ずっと探し求めていた本が手に入らない失望感は、埋めようもないみたいです。


「食後のコーヒーはいかがですかな」

「ありがとうございます。いただきます」


 キャリーさんにソファを勧め、クロ館長は奥のミニキッチンに引っ込みました。お湯を沸かすのでしょう。

 このミニキッチン、クロ館長のわがま……たっての要望でエディさんが作ってくれたものです。

 だって、コーヒーが飲みたくなっても一階まで降りなきゃいけませんし、コーヒー飲みながらゆったりしたくても、三階まで持って上がらなきゃいけません。

 まりーさんの手が空いている時なら配達してもらえるんですけど、ワタシでは階段を上がるのもえっちらおっちらで、コーヒー乗せたお盆なんてとてもじゃないけど持ったまま上がれません。

 なので、苦渋の選択、だったそうです。

 コーヒーのいい匂いがしてきます。クロ館長、こだわってますから―。ちなみに、ワタシはまだ飲んじゃダメって言われてます。

 早くおとなになりたーい。


「美味しいですわ」

「それはよかった。ところで、先ほどの話なのですが……」


 向かいの一人掛けソファに体を沈めて、クロ館長が口を開きます。ちなみにワタシはちっちゃいのでソファに座らせてもらえません。ワタシ専用のちっちゃい椅子に座っています。


「ええ、まさかわたくしが本を探して旅をしている間にそんな法律ができていたとは存じませんでした」


 王国図書管理法。

 貴重品である本を王国所有とし、図書館で管理するよう定めた法律。

 でもまさか、複製した本まで対象になるとは思ってもみなかったんですよね、ワタシも。

 言われてみれば、複製魔法でできた本かどうか、見分けがつかないから全部ひっくるめてってことになったのかもしれません。


「でも、複製以外にも方法はありますよ」

「え?」


 キャリーさん、がばっと顔を上げました。目がきらっきらに輝いています。


「ちょっと手間がかかるんですが、写本という方法です」」

「写本……つまり、本を丸ごと書き写すってことですわね?」

「ええ。写本であれば、製本しても図書管理法の対象外ですから」

「そうなんですか! ありがとうございます!」


 クロ館長の両手を握ってキャリーさんはぶんぶん振り回しています。すっごい嬉しそう。対するクロ館長も、髭を震わせてなんだか嬉しそうです。うー、なんだか複雑。

 そう、写本は個人所有が認められているのです。もちろん、売買も譲渡も自由。

 原本とそっくりに写本したものを嫁入り道具にされる方もいらっしゃるとか。

 写本は資産としては価値が低いですから、そっくりに仕上げて原本だと偽って売る商売もあるのだそうです。

 嫁入り道具に持って行った本が写本で、婚家から返されたお嬢様の話とかも聞きますし、トラブルの火種にしかならないと思うんですけどねー。

 この図書館にも、ときどき写本が持ち込まれるんです。

 でも、原本以外は原則お断りしています。というか、図書館から放り出されちゃいます。

 この間も写本を買い取ってくれっていうお客様が来ました。原本だと謝礼金という形でお支払いできるんですけど、写本だったのでお断りしました。だいぶ粘られましたけど、図書館の掟に則っておかえりいただきました。

 図書館の掟は絶対ですからね。


「では、お借りして写本することにいたしますわ。本当にありがとうございます」


 立ち上がって握手を求めるキャリーさんに、クロ館長も経って手を握ります。あー、肉球いいなあ……。


「ああそうそう」

「はい?」

「写し終わって返すときに、写本の方を返すことはしないでくださいね? 掟ですので」

「な、なんのことですのっ」


 ぎくり、と悪事がばれた子供のような顔でキャリーさんがぴきりと凍りました。うろたえているのがまるわかりです。だめですよー、そんな分かりやすい顔しちゃ。

 クロ館長は知らんぷりで続けます。


「時々いるんですよね、原本を写本のために借りて、返却の時に中味そっくり入れ替えて返す方が。ごまかしても分かるので、絶対しないでくださいね」


 しかも、原本の閉じ糸ばらして表紙だけ入れ替えて、ご丁寧に図書館の管理シールも張り替えてお返ししてくださった方がいるんですが……。

 図書館の本、傷つけないで欲しいなあ……。というか、そんなことまでして原本、欲しいのかしら。

 ばらして組み替えちゃった時点でもう、それって原本じゃない気がするんですけどねー。

 表紙と中身は別々にしたら無補償回収対象になるんですが、まあ、ご存じないですよね……。


「え、ええ。もちろんですとも。お約束いたしますわ」

「では、受付で手続きをお願いします。まりーさんに言えばわかりますから」


 頭を下げながらキャリーさんは一階に降りて行きました。

 ワタシもちょっと気になったので、吹き抜けから様子を見ることにします。


「はい、魔法定理の本でしたよねー。閉架書庫から取ってきますからちょっとお待ちくださいねー。エディさん、お願いできますかー?」


 とんてんかんする音が消えました。ちょっとして吹き抜けにエディさんが現れます。


「おりょ、あきちゃん上にいるのか」

「はい、三階にいますー」

「じゃあ出庫頼むわ」


 エディさんから本の場所を聞いて階段を上がります。あ、とんてんかんの音が鳴りはじめました。今日中に扉直さないと困りますもんね。玄関が閉められないと、とんでもなく困ったことになりますから―。

 エディさんの指示は的確なので、まだ正式な司書でないワタシでも探し出すことができます。

 閉架書庫は一フロアに十二の部屋があって、それぞれアルファベットの名前が付いています。書庫の中の本棚には数字が振ってあって、その番号と、上から何段目の棚の左から何番目、まで指定してくれます。

 というか、エディさん、図書館の中の本の場所、全部覚えてるんですよー。びっくりです。

 で、探しに行くのですが……あれ?


「エディさーん」


 五階の吹き抜けからエディさんを呼びます。とんてんかん、止みました。


「あったかー?」


 顔を出してくれたエディさんに、ワタシは分かりやすいように大きく首を振ります。


「ありませんよー、誰かに貸し出してないですかー?」

「あの本は収蔵されてから一度も貸し出してないはずだぞ。……クロ館長連れてそっち行くわ」


 うわ、本の場所だけでなく、貸出履歴も覚えてるんですかっ、さすがです。というか、そこまでできなきゃ正式な司書にはなれないんですね……。

 ワタシが司書になれるのはまだまだ遠い先のことのようです。


 しかし、エディさんの様子がなんか変です。不安になって来ます。ワタシが見間違えたのかなあ。もう一度書庫に戻って、指定された棚の本を確認しておきましょう。

 でも、ありません。ちゃんと指さし確認しましたし、見落としてるとは思えません。他の棚にあるわけでもなさそうです。というか、エディさんが他の棚に返すなんてこと、するはずないですしー。


「あったか?」


 エディさんが上がって来て場所を確認しています。でもやっぱりないです。


「あ、館長」

「エディさん、どうです?」


 ひょいと首を突っ込んでクロ館長が鼻をひくひくさせています。お髭がびりびり震えてます。


「んー、確かにないな」

「クロッシュフォードの魔法定理、だったよな」

「ん? クロフォードの魔法定理じゃないのか?」

「違う。クロッシュフォードの魔法定理だ」

「あー。ごめん、俺の勘違いだ。クロフォードの魔法定理だと思ってたよ」


 エディさんの指定した箇所の本を見ると、確かに『クロフォードの魔法定理』と書かれています。


「クロッシュフォードだったら……ああ、あれだ。クロ館長、覚えてないか。でかすぎて閉架書庫に入れられなかった本、あっただろ」


 クロ館長、顎に手を当てて考えています。そういえば、そんな本、ありました。回収始まってすぐのころに、図書館に運ばれてきた、あの本。


「エディ佐那、それってもしかして、叶朝の部屋に置いてあるあのでっかい本のことですか?」

「そう、たぶんそれだ」

「……あー、あれか」


 反応が少し遅いですよ、クロ館長。もしかして忘れてたでしょ。


「い、いや、まさか。はっはっは。じゃあ、運び出そうか。エディさん、よろしくお願いします」

「了解。しかしあれ、あの子に運べるのか?」

「魔法が使えるなら可能じゃないかな。まあ、降ろしてからにしよう」


 クロ館長の部屋に行くと……ありました!

 執務室の机の後ろ、緞帳の裏側には天井に着きそうなぐらい高い本棚があるんですが、そこにはめ込んでありました。

 でも、でかいです。本棚とほぼ同じ高さで、扉一枚分ぐらいあります。


「クロッシュフォードの魔法定理……間違いないな。よし、運び出そう。あきちゃん、そっちの扉押えといて」

「はーい」

「クロ館長はそこ押えといてください」


 てきぱきと指示を出して、エディさんは一人で本を担いで降りて行きます。あんな重たい本を片手で軽々です。やっぱりすごいなあ。

 後ろをついておりますが、エディさんはふらつきもしません。


「お待たせしました。これがクロッシュフォードの魔法定理の本です」


 床に降ろすとずしん、と床がちょっと揺れました。


「あの……これが……?」


 さすがにキャリーさん、目を白黒させています。


「じゃ、貸出手続きちゃちゃっと済ませますねー。はい、これで大丈夫ですー」


 まりーさん、てきぱきと貸出手続きをしています。あっという間ですねー。


「こんなにおっきいなんて……どうしましょう、持って帰れないわ」

「魔法では無理ですか? 館の中では禁止ですが、外に出れば使って構いませんので」


 しかしキャリーさんは首を横に振りました。


「無理よ、重量オーバーだわ。こんな重たそうなもの、吊り下げても持ち上げても無理ね。……どうしよう、配達してもらえないかしら」


 お気持ちは分かりますけど、無理ですよねー? と思ってクロ館長を見ると、やっぱり首を横に振りました。


「御覧の通り、当館は従業員が五人しかいませんので、配達は承っていないんです。一人欠けても図書館の業務が回りませんから」


 本当はタマさんとまりーさんがいれば何とかなるけど、こんなの運べるの、エディさんだけだし、エディさんは扉の修理で手一杯だし。ほら、もうとんてんかん始めてる。


「じゃあ……写本に通うのはありかしら。写し終わるまで、ここに置いていただけない?」

「ここって……受付に置いておくのは無理ね。クロ館長、一階の応接室、使ってもいいー? 普段誰も使ってないしー」


 まりーさんの提案に、クロ館長、考えこみました。

 まあ、応接室使うようなお客さまって誰も来ないんですよね、ここって。それに、大事なお客様は館長室にお通ししちゃいますし。


「クロ館長、いいんじゃないですか。応接室使うようなお客さん来ないし」


 と、エディさんも助け船を出しています。


「まあ、確かにそうなんだけど、ずっとってわけにはいかないしなあ」

「写本が終わるまで! 終わるまででいいんです。毎日来ますから!」


 みんなの視線がクロ館長に集まると、クロ館長はあきらめて肩をすくめました。


「わかった。じゃあまりーさん。応接室開けてください。エディさん、悪いけど運び込んでもらえるかな」

「すみません、ありがとうございます。じゃあ、紙とペンを取りに戻ってきますね」


 キャリーさん、すっごくうれしそうです。それほど読みたかった本なんですね。

 応接室開けて、邪魔になりそうな応接セットを片隅に寄せて、原本を置けるように低いテーブルをいくつか配置してから原本を置いてみます。

 開いた状態にすると、かなりのスペースが必要ですよね。それと、写本用のテーブルとイス一式。

 あらかた準備が終わった頃に、キャリーさんは戻ってきました。紙の束にペン、お菓子などの入ったバスケットを手にしています。

 それを見て、クロ館長はちょっと表情を曇らせます。


「キャリーさん、ご存じだと思いますが、館内は飲食禁止です。応接室を使っていただいていますが、他の閲覧者と同じ扱いですので、ティータイムのお菓子やドリンク類は、喫茶室でお願いしますね」

「ええっ、だめなんですか?」

「黒猫図書館の掟なんです。あきちゃん」

「はいっ!」


 エプロンドレスから例の手帳を取り出します。


「黒猫図書館の掟そのさん、館内の飲食は禁止です! 休憩する場合は喫茶室をご利用ください、ですー」

「わ、わかりました。気を付けます……」


 凄く残念そうにキャリーさんはお部屋へ入っていきました。

 うん、その気分はすっごくわかるんです。家で読むならお茶なりお菓子なりを横に置いてゆったりしたいものですもんね。

 でも、しばらくしたら慣れるんじゃないかなーと思います。そうしたら一緒にティータイムをするのもいいですね。

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