二の掟 館内で魔法はご法度です!

 さて、みんなで朝ご飯を食べてる間に、黒猫図書館について少しだけおさらいしておきますね。

 図書館と名乗ってますから、もちろん本がいっぱい収蔵されてます。三階までが開架書庫、四階と五階が閉架書庫……ってさっき言いましたね。

 受付はまりーさん。本の貸し出しと予約の担当です。

 帰ってきた本を元の場所に戻したり新しい本を配置したりするのは、力持ちエディさんのお仕事。

 タマさんはシェフ……って言うと図書館と関係ないように見えるけれど、実はタマさん、副館長なのです。

 クロ館長がいない時とかは代理をしてくださいます。

 でも、タマさんはエプロンが一番似合うと思うのです。かわいい花柄のエプロンをつけて、鼻歌歌いながら機嫌よさそうに料理するタマさん、かわいいんですよー?

 クロさんはもちろん館長です。

 ええと、館長のお仕事は……いろいろありすぎて一言で言えないのですが、ちゃんとお仕事してますあ。調査依頼とか本の回収依頼とかいっぱいくるのでその予定を組んだり、人を割り当てたり。本の探索とかにも行くんですよー。

 黒猫図書館だから館長がクロさんなのかって?

 うふふ、そこは内緒ですー……ってこの間、まりーさんに言われました。

 なので、ワタシも知らないのです。でも、なんとなくそんな気がしますよね?

 あ、ワタシですかー?

 ワタシは雑用係です。

 看板出したり、カウンター拭いたり、窓拭いたりお掃除したり、エディさんのお手伝いで本を運んだり。

 お皿は洗うのがヘタクソなので、喫茶店のお手伝いできないのが悔しいです。前にやったら半分以上、粉々になって、早々にクビになりました……。

 えっと、司書見習いとして雇われてから、あんまり長くないんですが、雇ってくれた人はクロ館長じゃないのです。

 クロ館長も雇われ館長さんみたいです。オーナーさんは別にいるんだそうです。ワタシは……んー、たぶん会ったことないと思います。

 気が付いたらここで働くことが決まってたって言うか……そんな感じで、あまりよく覚えてないんです。

 子供だからすぐ忘れるんだってよくからかわれますけど、子供じゃないですからっ、ぷんぷん。



 ……。

 えっと、何の話をしてたんでしたっけ。

 そうそう、図書館の業務のお話ですよね。

 朝ごはんも終わって、バンさんが帰ってしまうと、今日の業務の話がクロ館長からあります。何もない日もありますけど、たいてい何かあるんですよねー。


「今日は、北の森の土砂崩れ現場で本の発掘。エディーさんとあきちゃん、ついてきた」

「はい」

「おう。じゃあ、まりーさん、図書館の方はよろしくな。返却された本は帰って来てから処理するから、置いといて」

「はーい、おまかせされましたー」

「タマさん、館長代理、頼みます」

「まかしとき」


 というわけで、今日は発掘業務です。まりーさんとタマさんがお留守番。

 まあ、この二人さえいれば、喫茶室も図書館も大丈夫ですからねー。

 そうそう、もう一つ説明し忘れてました。

 この世界、本は貴重品なのだそうです。

 地面からにょきっと出てるのが見つかって、発掘しに行くことはけっこうよくあります。川にぷかぷか浮いてたこともあります。空から落っこちてくることもあります。

 あ、もしかして地面からにょきっと出てるのって、空から落っこちてきたのが地面にめり込んだのかもしれませんね。

 とにかく、不思議なことに、今まで見つかった本って同じ本が二冊とないんです。

 もしかしたらクロノ町以外の図書館にはここにあるのと同じ本があるのかもしれないですけど。他の街には行ったことがないのでわかりません。

 で、本がどれだけ貴重品かって言うと……。

 去年だったかな、ついに個人での所有が禁止になりました。

『王国図書館法』とかいう法律ができたからだそうです。

 あのときは大変だったんですよぉ。

 それまでは、本は拾った人のもので、好きにできたんです。

 売ったり譲ったりも自由でしたし、本自体が財産ですから、嫁入り道具になったり借金の質に成ったりして。

 図書館としては一応、だれがどの本を持っているかの聞き込みをしたり、噂を頼りに調査したりして、一覧を持ってたんですが、回収に行くと断られたり紛失してたり、他人に譲ったり売り飛ばしちゃったりしてて、転売先が不明なケースも多くって、それはそれは大変でした……。

 で、ですね。

 実はその回収、まだ続いてるんです。というか、全然終わってないんですね。

 今日はそのうちの一冊、北の森の外れに住んでた人の持ってた本です。去年、家の裏ががけ崩れでおうちが流されちゃったとかで、そのままなんだそうです。

 回収を図書館に頼むと、回収にかかわる作業費用は図書館及び王国がすべて負担してくれるんですね。

 ここでいう改修にかかわる作業って言うのは、おうちを掘り返したり、土砂を運び出したりするのも含まれるんですね。なので、

 だから、今回みたいにおうちが崩れたり流されたりしちゃった人からの依頼は結構多いのです。本の回収を口実にただで直してもらえるんですからね。

 そんなわけで、司書のお仕事ってとっても肉体労働だったりするんです!


「準備は?」

「オッケー」

「じゃあ……」


 クロ館長の前にワタシとエディさんが立って、館長の号令がかかる直前。ものすごい勢いで図書館の扉が開きました。

 開いた……ううん、吹っ飛ばされてます。

 凄い風が図書館に吹き込んできました。

 図書館の扉は木製の少し重たい両開きなんですが、二枚とも吹っ飛んでいます。

 一体何が起こったんですかっ!


「あら、ごめんなさい? 力加減を失敗しちゃったわ」


 三角形にとがった黒い帽子とローブが見えます。魔法使いの防止です。なんだかふわんふわん浮かんでいて……ほうきに乗って飛んでます!


「クロッシュフォードの魔法定理の本、この図書館にあるって聞いて飛んできたのだけれど、あります?」


 ふわふわ。ちょうどワタシの視線のところにほうきの先があります。

 見上げると、まりーさんぐらいの年齢の女の人です。かわいいというよりはきれいな人で、くるくる金髪にぼんきゅっぼんです。うわーん、喧嘩売られましたっ!


「困りますねぇ。降りてもらえませんか」


 クロ館長が言うと、その魔法使いさんは首をかしげました。


「なんで? 魔法使いがほうきに乗って飛ぶのは当たり前でしょう?」

「それと扉も直していただけますか?」


 あー、こりゃ一日かかるなあ、とエディさんがつぶやいているのが聞えます。

 今日の発掘業務、取りやめですねきっと。


「だからごめんなさいって言ったじゃないの」


 なんか高飛車で、むかっとします。

 ほうきの周りに風がぐるぐる渦巻いているので、髪の毛もスカートもひらひらふわふわです。押さえておかないとエプロンドレスもめくれちゃいそうです。


「他所は知りませんがあ、うちでは禁止です」


 クロ館長の声がひくーくなってきます。あー、怒ってますね。ひげがぴりぴり震えてますもん。


「あきちゃん」

「はいっ!」


 呼ばれると思ってました!

 エプロンドレスのポケットから手帳を引っ張り出します。

 アレです。ページをめくって……うわーん、エプロンドレスがめくれちゃいますぅっ!

 片手で押えながらページをめくります。


「黒猫図書館の掟そのに。館内での魔法はご法度です!」


 そう宣言した途端に風が止みました。支えを失って、魔法使いのおねーさんも落っこちました。ほうきごと。


「きゃあっ! 痛いっ!」


 黒猫図書館の掟はすごいのです。えっへん。




「ごめんなさい……」


 帽子を脱いだ魔法使いのおねーさんは、クロ館長とエディさんに頭を下げています。

 エディさんは扉をとんてんかん始めました。今日のおでかけは中止、です。

 魔法使いのおねーさんはキャリーと名乗りました。


「クロッシュフォードの魔法定理の本が手に入ると思ったらつい興奮しちゃって……本当にごめんなさい。でも、わたくしも痛かったのよ」


 とキっとワタシを睨みつけてくるものだから、ワタシはおろおろしてしまいました。

 だって、ワタシがやったわけではないですもん。掟の強制力ですから睨まれても謝りませんからっ。痛そうなのは申し訳ないけど、言って降りなかったんですから、自業自得ですーっ。


「掟は掟ですから。次回は歩いてお入りください」


 クロ館長がとりなしてくれました。やさしいです、館長。お耳さわらせてくださいー。


「まあまあ、とりあえずお茶にしませんかー? うちのお茶、美味しいわよー」


 まりーさんがにこやかにお茶を配って回ります。キャリーさんに渡した時、二人の間に火花が散ったように見えましたけど、気のせいですよね?


「それから、受付はあちらへどうぞ―。当館のご利用は初めてですね。なら利用カード発行しますねー」


 にこやかに笑いつつまりーさんはキャリーさんを受付に案内していきます。でも、何か目が笑ってませんよね? 気のせいでしょうか。

 しかも、普段は襟元まできっちりボタンを留めているのに、三番目のボタンまで開けてます。谷間、見えますよぉ?


「でも、貸出しかできませんよ?」

「ええ、知っているわ。魔法で複製するのよ」


 途端にまりーさんがため息をつきました。


「あのー、まずは館内は全面魔法禁止ですからー、複製できません。それと、本を複製した場合、複製本も個人所有はできなくなるんですがー、ご存知ですよね?」


 するとまりーさん、テーブルを叩いて立ち上がりました。


「ええっ、何それっ!」


 そうなのです。複製本も王国の所有物扱いになるんですねー。

 しかも、なぜかは知らないけど複製本は必ずどこかに飛んで行って、行方不明になってしまうのです。

 同じ場所に同じ本は二冊いらない、ということなのかもしれませんが、不思議です。


「そんな……じゃあ、いままでわたくしが必死で探して、複製魔法まで覚えたのに、全部無駄……?」


 キャリーさんはがっくりと肩を落としました。

 魔法の修得ってどれぐらい大変なのか分からないのですが、こんなに落ち込んでいるということは、きっととても大変だったに違いありません。


「まあまあ、落ち着いて。そろそろお昼時だ。ランチ食べて行きなさい」


 と、タマさんは元気づけるようにポンポンと肩を叩きました。


「キャリーさん、あの……」


 話しかけようとしたワタシを、クロ館長がさえぎりました。なんで?

 ワタシが言おうとしたことが分かったのかしら。


「じゃあ、我々もランチにしよう。エディさん、休憩してください」

「おう」


 エディさんもとんてんかんをやめて、喫茶室にやってきました。

 玄関の扉がなくて、ぽっかり空いたままなのがちょっとアレですけど。

 そんなことより、今日のお昼はパスタです。玉ねぎとパプリカ、ベーコン入りのトマトソースパスタで、絶品です。

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