黒猫図書館の掟

と~や

一の掟 雨が降ったら休むこと

 黒猫図書館の朝は早いです。

 図書館を開けるのはワタシのお仕事。

 だから、図書館にはいつも一番乗りなのです。えっへん。

 太陽が昇るとまず、ワタシは入り口のカギを開けます。

 実はワタシ、玄関のカギを預かっちゃっているのです。えっへん。

 落としちゃいけないので、首から紐でぶら下げてエプロンドレスのポケットに入れてるんですけど、重たいんですよね、これ。

 ワタシがちっちゃいからなおさら、なんでしょうけど。

 踏み台使って鍵を開けて、おっきな看板をえっちらおっちら引っ張り出すころには、司書のエディさんがやってきます。


「おはよう、あきちゃん」

「おはようございます、エディさん」


 エディさんはえいやっと看板を持ち上げると、軽々と運んでいきました。ちょっとずんぐりむっくりで背が低いけど、とっても力持ちさんなのです。

 ってワタシよりずっと背が高いからって持ち上げないでくださいーっ。

 栗色のくりくり髪とおひげが素敵なのですが、ご本人はあんまり気に入ってないみたいです。褒めると怒るんです。これ、要注意ポイントですからね?


「おはようございます~」


 お礼のお茶を淹れていると、受付のまりーさんがやってきました。

 ワタシより年上の方で、すらっとした体形で、モデルさん出身じゃないかって村のみんなが噂してました。さらっさらな金髪と笑顔がとっても素敵なのです。

 図書館に来るお客様の半分は、まりーさんに会いに来てるんですよ?

 えっと、何って言うんでしたっけ……。

 そうそう! まりーさんはぼんきゅっぼん、だからとっても人気があるんだそうです。


 さっそく一人目のお客様がやってきました。

 と言っても、正確には図書館のお客様ではありません。今日の新聞を図書館に届けてくれる、新聞配達のバンさんです。

 自転車で配達しているせいなのか、日焼けして真っ黒けです。くりくりの黒髪がエディさんとお揃いで、やっぱり笑顔が素敵なのです。


「おはようございます!」


 いつも元気にご挨拶してくださいます。ワタシはバンさんから新聞を受け取り、閲覧用に図書館のハンコを押します。


「バンさん、お茶入ってますからどうぞ~」


 まりーさんがさっそくとびっきりの笑顔でお茶を差し出しています。バンさん、お茶を受け取りながらとっても嬉しそう。

 まりーさんが淹れるととってもおいしくなるんです。ワタシもまだまだ修行あるのみ、です!

 バンさんをカウンター席にもなってる受付のすぐ横に案内していると、タマさんが降りてきました。きっとお茶のいい匂いに釣られてきたのでしょう。

 タマさんは図書館の屋上に住んでいるのです。大きく伸びをしながらの大あくびです。


「タマさん、お茶どうぞ~」


 まりーさんがタマさんにもお茶を差し出します。タマさんはちょっと猫舌なので、少し冷めたくらいがちょうどいいらしいです。


「まりーさん、いつもありがとう」


 そう言ってタマさんはにっこり笑います。

 笑った時に覗く牙はちょっと怖いですが、タマさんの笑顔は好きです。

 ゆらゆらゆれてる尻尾も、三角のピンと立ったお耳も、綺麗にそろえられたお髭も素敵なのです。

 あ、言い忘れましたが、タマさんは三毛の直立猫なのです。毛並みがふわっふわで絨毯みたいで、とっても素敵なんです。


「あきちゃん、クロはまだ?」

「はい、まだです」


 あ、もう一つ言い忘れてますね。

 あきちゃん、というのはワタシの名前です。ほんとはあきらなんだけど、なぜかみんなあきちゃんと呼びます。まだ小さいから、ですって? ちっちゃくないですからっ!

 うー……はやくワタシもまりーさんみたいなぼんきゅっぼんになりたいです!


「困ったねえ、館長が寝坊じゃ示しがつかない。仕方ない、朝ごはん作っちゃうからその間にあきちゃん、呼んできてくれる?」

「はーい」


 このやりとりもいつものことですね。

 エプロンを取り出してタマさんは厨房に入っていきました。

 図書館ですけど喫茶店も併設しているので、キッチンは割と何でもそろってるんですよ。おっきな冷蔵庫もありますし。

 受付カウンターが喫茶店のカウンターも兼ねてるので、まりーさんは図書館の受付と喫茶店のウエイトレスの兼任なのです。だから、モーニングとランチの時間は大忙しなのです。

 ワタシは階段を三階まで登ります。吹き抜けになってるので飛べると楽なのになぁといつも思います。

 でもワタシには羽がないので、えっちらおっちら登るしかありません。

 三階の奥に館長室があるのですが、声をかけて覗き込んでもそっちはもぬけの殻でした。

 そういえば、四階と五階は閉架書庫になっていて、奥の方に行くとひんやりして気持ちいいって昨日言ってましたから、もしかしたらそっちかもしれません。

 ……いました。

 五階の一番涼しいところにクロさん……いいえ、クロ館長はいらっしゃいました。

 クロ館長も直立猫……なのですが、なぜか時々普通の四足猫になるんです。

 なんでできるんですか、と聞いたことがあったのですが、気分で変えられるのだとか。

 今日は四足猫の気分なんでしょうね。サイズは直立猫と変わらないので、実はとっても大きな猫さんになるのです。

 ううん、このサイズだともはや黒ヒョウさんと呼ぶ方が正しいかもしれません。


「クロ館長、朝ですよー。朝ごはんにしましょうよー。タマさんがご飯つくってくれてますからー」


 声をかけましたが、チラッと片目だけ開けて、しっぽをぶるんと振るだけで起きてくれません。


「館長、起きてくださいよう。図書館もう開けちゃいましたよー?」


 でも、尻尾でお返事するだけ。


「館長ってばぁ」

「雨降るから今日はお仕事お休み」

「えー?」


 ワタシは外を見ましたけれど、いい天気です。雲一つないし、お日様も輝いています。


「まだ降ってませんよー。お仕事しましょうよう」

「やだ、今日は休む」


 仕方がないので、ワタシはエプロンドレスのポケットから黒い革の手帳を取り出します。

 ぴくり、とクロ館長のお耳が動いたのが見えました。

 とってもきれいな黒い毛並みなので、ワタシは好きなのです。とりわけ先っぽだけ白いお耳が何より好きなのです。

 一度さわらせてくれないかなあ、なんて思いながら、手帳をめくります。


「黒猫図書館の掟そのいち。太陽が昇っている間は空けること。雨が降ったら本が傷むから休むこと。ただし、雨が降るまでは開けること」


 ニャッと短く鳴いてクロ館長、飛び起きました。この起きて、続きがあるんですけど……。


「従業員は空が晴れている限り、ちゃんと働くこと。……館長、もうお日様昇ってますよー。お空も晴れてますし」

「……わかったよ」


 クロ館長、身づくろいを始めましたけど、ふてくされてるのがまるわかりです。


「じゃあ、すぐ降りてきてくださいね。タマさんのご飯が待ってますからー」


 一階からいい匂いが立ち上ってきました。焼きたてのパンとバターの匂い。あ、今日はベーコンエッグみたい。もうたまりません。よだれが出ちゃいます。

 ワタシがえっちらおっちら一階まで階段を降りる横を、クロ館長はすごい勢いですり抜けていきました。いいなあ、ワタシもあんなに素早く動けたらいいのに。


「おはよう、クロ館長。あれ、あきちゃん置いてきたの?」


 階下の会話がここまで聞こえます。しばらくしたら一階の吹き抜けにタマさんの姿が見えました。


「あきちゃんごめんねー、クロ館長が迎えに行ったから」

「いいえー、大丈夫ですー」


 ワタシも吹き抜けに顔を出してお返事をします。ちょうど三階まで降りてきたところですごい勢いでクロ館長がやってきて、わたしの首根っこをくわえるとぽーんと背中に放り投げました。


「ちゃんとつかまってて」


 いうが早いか、クロ館長はすごい勢いで走りはじめました。あっという間に一階に到着、です。


「ありがとうございます、クロ館長」


 クロ館長の背中から降りて、頭を下げます。

 えへ、実はちょっとだけ嬉しいのです。ぴかぴかな黒い毛並みに遠慮なくしがみつけるのって、こういう時だけですから。うらやましいでしょう、えっへん。


「じゃ、朝ごはんにしましょう」


 バンさんも含めてみんなが席についたら朝ごはんの始まりです。クロ館長も直立猫に戻っています。残念、お耳にさわりたかったのに。


「いただきまーす」


 こんな感じで、黒猫図書館の一日は始まるのです。

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