Step4-4 助っ人から習いましょう

「ううぇ!?」

 突然の事でたたらを踏んだ私の足元に、鍵と懐中時計がチェーンごと落ちる。あれ、さっきまで壁に差してたよね? 何で落ちたの?

 チェーンを引っ張って気づいた。床が石畳じゃなくて、土になってる。っていうか、なんか明るい。たいまつのゆらゆらしたオレンジの火じゃなくて、照らす光っぽい感じ。空気がじめじめしたものから、さらっとしたものに変わってる。んんん?

 顔を上げると、目がくらんだ。あまりのまぶしさに目を開けてらんなくなった! 薄暗いのに慣れてたから、ここ明るすぎる! 明るいし暖かいから、もう汗がにじんできた!

〈ほら、わかったでしょう。テクト、人の子は薄暗い場所から明るい場所へ移動するのにも一苦労するのですよ〉

〈わかった! わかったから、もう、めてよダァヴ〉

〈仕方ないですわね……ルイ、無理をして見ようとはしないで、ゆっくり慣らすのです。目が傷つきますわ〉

「はーい」

〈そのままでお聞きなさい。その鍵を差し捻る事で、小さな異空間へとつなげますわ。どこの壁でも構いません。押せるものであれば問題ありませんわ。世界と同じ時を刻むこの空間を、神様が作り、箱庭と名付けました。あなたの好きに使いなさいな〉

 ダァヴ姉さんが言ったことをはんすうする。

 この鍵で異空間に行ける。押せる壁ならどこでもおっけー。外と同じ時間と空をしてる。神様が作った箱庭……え?

「はこにわ!?」

 慌てて目を開けたその先に、満開の花畑が広がっていた。

 黄、赤、ピンク、青、紫、オレンジ、白、緑……日差しを浴びて風に揺れる、カラフルな色が突然視界を埋め尽くす。わ、わ、すっごい。いい匂いする! さわやかな風に前髪が巻き上げられた。

 その花畑を囲うように芝生が広がってて、そのそばに高く広く枝を伸ばす大樹があった。そして、それらの背景には白い雲が漂う青空があって、遠くには大きな山。真上にはさんさんと辺りを照らす太陽が見える。

 慌てて背後を振り返ると、ダンジョンの壁が扉の形で、しの土の上にあった。背景の青空とミスマッチすぎる。ここが出入り口って事かな、わかりやすいです。

 どこぞの映画のような景色だ。神様が作りました、と言われて納得する。ダンジョンから不思議な鍵を使って、こんなれいで空気の美味しい場所に行けるなんて。聖獣のテクトだってテレポートは神様の所にしか出来ないのに、チートスキルを持てない一般人の私が、アイテム一つでこんな簡単に移動できちゃったのだ。神様半端ない。

〈広さはそれほどありませんわ。花畑とこの空間を清く維持するための聖樹。その周囲の芝生くらいが実際の空間ですの。遠くに見えるのはへいそくかんを感じさせないための虚像ですわね。チートスキルは無理だが安心して寝れる場所くらい提供するわ、と仰ってました。もちろん、この空間にあなたを害するものは一切入り込めませんわ。神様仕様ですから〉

「こんなすてきなところ、もらっていいんですか?」

 一度確認しておこう。やっぱりあげない、とか言われても……いやだなぁ。欲しい、ここ。

 日光なくても何とかなる、と思ってたけど、実際こうして浴びてるとやっぱり必要なんだなって思うよ。何だか体が軽く感じる。

 人間って欲深いからさ、一度無理だと思ったものが目の前にあるとどうしても欲しくなるんだよ……だから本当にもらっていいのか確認! 確認って大事だよ。

 恐る恐る聞いてみると、ダァヴ姉さんはしっかり頷いた。

〈ええ。あなたのための箱庭ですわ。好きになさって〉

「わ、わあ……」

 す、好きにって……そこらへんに寝そべって昼寝とか、していいかな。風も緩やかに吹いてるから気持ち良さそうだよ。

〈注意事項ですけれど、聖樹が折れたり枯れると箱庭は崩壊しますから。大事にしてあげてくださいまし〉

「もちろん!」

 毎日水をあげたり、養分あげればいいのかな? 木の世話はしたことないからなぁ。

〈この空間には十分に魔力がありますから、それで事足りますわ。ルイが手をかける必要はありません。しようをまとったものはそもそも入れませんし、枯れる事はそうそうないでしょう。不敬な事をしなければいいのですわ。聖樹も一つの命ですから、誠意を持って接してくださいな〉

「せいい……これから、おせわになりますって、あいさつするとか?」

〈あら、とても良いと思います。聖樹も喜ぶでしょう。私達の様にテレパスを持っているわけではありませんが、きっと応えてくれますわ〉

 じゃあ早速あいさつしよう!

 花畑を突っ切るのは気が引けるので、えん状に植わってるのに沿って歩く。山を真正面に見せたかったからか、聖樹はちょっと右側寄りの奥にあった。遠くにいてもすごくでかいなぁって感じてたのに、真下に来たら尚更大きい! ビル5、6階分くらい? すごいなぁ。

 でも聖樹って何だろう。普通の木とは何が違うの? 見た目は立派な木なんだけど……

〈聖樹っていうのは、場を清浄に保つスキルを持った木の事だよ。長命だから意思もあるね。聖樹の周りでは争い事が起きないとまで言われるくらい、空気を浄化するんだ。争う気をなくさせるんだよ〉

〈モンスターも入ってこられない、一種の結界になってますわ。聖樹の周りに村を興したりしますのよ〉

「そんなすっごいきを、こじんが、しょゆうしていいの?」

〈神様のおびと思って受け取ってくださいまし……これ以上は、神様も手を出せませんの〉

 神様はりんの輪を操る事は出来るけど、生まれたものに干渉する事は出来ない。神様だって万能じゃないんだよね。大きな流れをいじれる力を持ってる代わりに、細々した事が出来ないんだ。私の魔導器官をいじって! とテクトに無茶ぶりされても頑として首を縦に振らなかったのも、それが理由だ。だから色々と細かい事をさせるための聖獣を生み出したんだね。そしてテクトの反抗期にショックを受けると……閑話休題。

 それに、あまり神様に頼ってると悪い人達に目を付けられる可能性も上がるらしい。珍しいものを持ってると危ないもんね。

 私もテクトがいるお陰で安全は確保されてたわけだし、カタログブックで衣食は足りてた。ここに安心の住が貰えたんだよ。これ以上をねだったらダメ人間になっちゃう。

 ありがたく、住まわせてもらおう。

「せいじゅさん、これからよろしくおねがいします!」

 お辞儀をしたら、太い枝がわさわさ揺れる。

 ちょうど風は吹いてなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る