Step2-3 保護者と仲良くなりましょう

 幸せな時間をたっぷり堪能した後、アイテム袋に出したものを片付けていく。一個一個、しっかり確認しながら。何の道具が入っているかわかってれば、また取り出す時に楽だからね。

 カーバンクルはその傍で、私が洗った食器を手に取ってまじまじ見ていた。尻尾をふりふりして、上機嫌っぽい。

 水がアイテム袋に入っていたから汚れは洗い流せたし、新しいぬぐいでけば十分れいになるからそうしたけど。現代に生きてた私としては、洗剤とスポンジが欲しい所だ。アップルパイを取り寄せてくれたカタログブックにはありそうだけど、このダンジョンに水の洗浄機能があるとは思えない。廃水をどうすればいいやらだ。死体を吸収しちゃうダンジョンで何をとは思うけど、気にしちゃうなぁ。この世界の人はどうやって洗いものしてるんだろう。天然素材のせつけん? それとも魔法?

「カーバンクル、ずっとさらを、みてるけど……きにいった?」

 全部片付け終わっても、カーバンクルはまだ皿を見ていた。小さいデザート皿だ。200円にも満たないお手軽なお皿。レンチン出来るから、いつも愛用してたのと同じシリーズ。カーバンクルがこれを選んでくれた時は、顔がにやけたなぁ。

 彼は皿から顔を上げて、私を見る。緑の目がきらきらしてた。

〈僕ってさぁ、聖獣でしょ?〉

「せいなるけもの、ってかいて、せいじゅうだね」

 読み方はさっきカーバンクルに教えてもらった。か日本語に見えたけど、この世界の文字で書いたらしい。召喚特典の翻訳機能すごいな。会話だけじゃなくて文字も翻訳してくれるんだ。

 聖獣は不老不死。一匹一匹神様が手ずから創った生命で、同じ姿のものはいない。よく見慣れた動物もいれば、伝奇に残るような生き物も含まれてるらしい。私的に言わせてもらうと、カーバンクルは伝説系だね。動物の聖獣は見た目が特異じゃないから、主な仕事は街中に潜入して情報集めするんだって。皆それぞれ役割があるんだね。

 伝説系はパッと見て聖獣ってわかるから、見つかるとすごく騒がれるらしい。どう話を聞いても天使しか想像できない子もいるみたいだから、そりゃ見ただけでわかるわ、と納得した。

〈この世界では遥か昔から神の遣いとして、姿を現せば国を挙げて歓待される立場にあったんだよ〉

「え、そんなすごいこ、さらっとよこしてきたの、かみさま」

〈うん。神様にとってはただの小間使いだからね僕ら〉

「わあ……かみさまとにんげんの、きじゅんが、けたはずれぇ……」

 こんな有能で可愛かわいい子を雑用扱いとか、ほんと神様って思考がぶっ飛んでるな。

〈まあ、聖獣が現れるって事は、その国は神に祝福されているって認識をされてるからね〉

「にんしきって……」

〈聖獣からしたら、神様に頼まれたものを届けたり伝えたりしてるだけなのにおおって感じだったよ。でも彼らはそうとは受けとらない。必然的に、国賓扱いになるんだよ。僕もかなり昔は、何度かそういう待遇を受けたことがある〉

「すごい!」

 国賓ってあれでしょ。海外の大統領が来た時にする扱いでしょ? 国にとってとても大切なお客様だから、賓客。必ずその扱いになるって、聖獣だけで国規模の扱い、って事だよね。そりゃ神の遣いだし、国賓以外ないかもしれないけど……豪華けんらんうたげでも開かれるのかな?

 首をかしげていたら、噴き出して笑われた。なんでだ。

〈ふふ。うん、そうだね。毎回、滞在している間は騒がしかったよ。そして、いらないって言っても色んなものを押し付けられた〉

「おしつけられたって……」

 カーバンクルは寂しそうな顔で皿をでた。

〈僕が遣わされるのは、ただのお告げって事が多かった。たったそれだけだからすぐ帰ろうとしたのに、どの国の人も神とお近づきになりたいみたいで、歓迎の宴だとか、神への献上品ですって、ね。神嫁にいかがですか、なんて若い女の子を渡された時はさすがに逃げたよ〉

「う、うわぁ……」

 どの世界でも変わらないんだなぁそういうの。

 でも、そっか……苦労してきたんだなぁ、カーバンクル。

「さら、めいわくだった?」

〈ううん。僕と仲良くなりたいっていう、ルイの素直な気持ちが伝わってきて、とても嬉しかったよ。物を貰ってこんな気分になったのは初めてだ〉

 緑の目をぐーっと細めたと思ったら、キラキラさせて……カーバンクルの気持ちが伝わるみたい。そっかぁ。嬉しかったかぁ。にへへ。

〈この皿は、僕とルイの友好の証なんだ〉

「うん」

〈大事にしたいな〉

「うん!」

 私も! そう思うよ!

 カーバンクルから受け取った皿をぎゅうっと抱きしめて、丁寧にアイテム袋に入れた。

「でも、カーバンクルが、せいじゅうだってバレたら、たいへんだね」

〈国全体が大騒ぎになるね。それに聖獣である僕が付き添ってるって知られた時点で、ルイは有無を言わさず勇者扱いだよ〉

「なにそれ、ぜったいバレちゃだめなやつ」

 神様の遣いがそばにいるから? 問答無用すぎない?

〈戦乱ただなかのこの世で勇者扱いされたら、即時戦争に投入されるだろうね〉

「カーバンクル、いっしょに、いんきょしようね、すえながく」

 間髪をれずに言った私に、カーバンクルは肩を落とした。あきれられてもしょうがないけど、私は死にたくないんです。

〈聖獣が世間に顔を出していたのは数百年も昔の話だし、僕もしばらく表立ってないから……名前は伝わってるかもしれないけど、姿までは伝わってないと思うんだよね。1ヵ月前に外を歩いて人に見られたけど、騒がれなかったし……まあ僕は獣系統の中でも目立たない容姿だからね〉

「どっちかっていうと、あいらしさがきわだつっていうか、ねえ……」

 数百年。とんでもない数字が出てきたなぁ。さすが不老不死。

 聖獣ってバレなかったってことは、パッと見で聖獣以外の何かだと思われてたってことだよ。ずばり、ようせいとか!

「ようせいってことで、ごまかせそうだね」

 この世界に妖精がいるっていうのはカーバンクルに確認済み。正しくは妖精族のうちの、草花や樹木、動物が長年を経て魔力を高めた結果、妖精化した生命体が世間一般で妖精って呼ばれてるらしいけど。カーバンクルの動物的な可愛さなら誤魔化せるんじゃないかな。

〈ダンジョンだから、冒険者に絶対会わないってわけじゃないものね。騒がれないためにも、妖精案はいいんじゃないかな〉

「でしょー! じゃあ、あとはなまえだね! カーバンクルのままじゃ、ぜったいバレちゃう!」

〈名前、か……〉

 何か考えるように、カーバンクルがうつむいた。あ、もしかして聖獣的に不都合があったりする?

〈不都合はないよ。呼び名付けたくらいで機嫌を損ねるほど、神様は狭量じゃないからね〉

 ようするに懐が深いって事? 私が転生する時の声は、すごくちゆうの短気そうなお兄さんっぽかったけど。

〈口悪いし、うっかりミスも出すけど、そうそう怒りはしないよ。神様は〉

 そういえばカーバンクルや私が不手際とか、神様が悪いとか厨二とか散々言ってるのに、天罰的なのは何もないな。じゃあ、きっとそういう事なんだろう。神様見逃してくれてありがとー!!

「カーバンクルのなまえ、どんなのがいいのかなぁ。なにか、みょうあんはない?」

〈ふふ……ルイの好きに決めていいよ〉

「いいの!?」

 これから呼ばれる名前だよ!? 私が決めちゃっていいの?

〈いいんだよ。ルイに決めてほしい〉

 えええー。私センスないよ? 大丈夫?

〈相当変だったら指摘するから、何個か候補を出してみて〉

「んんー…………ラビーとか?」

 まんまうさぎ……

〈うん却下〉

「ですよねー」

に考えてね?〉

 考えてるよ! でもさ、一生連れ添う子に名付けるんだよ? あーでもないこーでもないと考えてたら、どれも変な感じに聞こえてさ。頭ぐるぐるして、結局出てきたのがうさぎ。見た目に寄ったわ……ごめん。

〈見た目とか性質から取るのはいい案だと思うけど、うさぎはやだよ。食材だもの〉

「あ、たべるんだ……」

 そっか。うさぎを飼うっていうのは、平和で食が満たされてる所の発想だよね。うーん。なら、性質の方から取るかな。カーバンクルは守護の聖獣だから、そういう感じの。

「……ぼうえい……まもり……がーでぃあん? ごついな……ぷろてくしょん……ぷろてくと……テクト!」

 プロテクトから取って、テクト! 歩いてる時テクテクっていうから、名前の由来を尋ねられた時に誤魔化しやすい! どうかな、テクト!

 カーバンクルを見ると、あごに手を当てて、うんとうなずいた。仕草が人間っぽい。

〈いいんじゃないかな。本当の意味を他人に悟らせない感じや、今のルイの見た目っぽくてぴったりな所も、いいと思う。語感も嫌いじゃない〉

「あ、そうか。わたしいま、ようじょだった」

〈いつ冒険者と会うかわからないからね。異世界人と気付かれないように、ちゃんと子どもらしくしなよ?〉

「はーい!」

 ぶんっと右手を振り上げる。こんな感じ? 子どもとしばらく接してなかったから忘れたよ。

〈うん、元気があってよろしい。それでいいと思うよ〉

「よーし! じゃあ、テクト! これからよろしくね!!」

〈こちらこそ、よろしくね。ルイ〉

 こうして私達のダンジョン生活は始まったのである。

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