Step1-3 現状を理解しましょう

「ごめんねぇ……きゅうになきだして」

 やっと止まったと思ったら、カーバンクルが何も言わずにぬぐいを渡してくれたので、ありがたく使わせてもらう。私の今の顔は人に見せれるもんじゃない。ありがとうカーバンクル。

〈いいんだよ。今の君は5歳の子どもなんだから。泣いたっておかしくないよ〉

「そうかな……でも、うん。いっぱいないたらスッキリした!」

 くよくよしても仕方ない! 私にはカーバンクルがいるし、寂しくない! 心機一転、楽しく生きてやるって決めた!

 泣き終わったら決意できた。やっぱり吐き出すって大事なんだねぇ。

〈あれだけ泣けばね……また泣いてもいいんだよ?〉

「もうとーぶんなかない!!」

 これ以上恥ずかしい姿をカーバンクルに見せるわけには……! こんな小さくて可愛い子に、わがまま言う子どもを慰めるみたいに背中ぽんぽんされたとか! うわぁん! って、あれ?

「そういえば、このてぬぐい、どこからだしたの?」

 カーバンクル、さっきまで何も持ってなかったよね?

〈ああ。そこにあったアイテム袋から拝借したんだよ。中身はれいだったから、安心して〉

 と、ベージュの指が差したのは、部屋の隅に置いてあったボロボロの麻袋。血の染みっぽいのもありますけど、マジか……あんな袋から、こんな新品同様の手拭いが出てきたの?

〈アイテム袋は中に入れた物の時間を止めるからね。何年前の冒険者の遺品かわからないけど、結構いいものがあったよ〉

「え、そんなすごいふくろなの?」

〈僕が覚えているアイテム袋と言えば、一般の冒険者じゃ簡単に手が届かないくらい高価な魔導具だよ。ここで力尽きた冒険者はベテランだったみたいだね。結構な容量の袋だったよ〉

 魔導具っていうのは、この世界に流通してる、魔導構成が刻まれた道具の事らしい。魔法が使えなくても魔力があれば使える便利道具なんだけど、その価値は基本高め設定なんだとか。まあ普通に考えて、手間がかかってるアイテムなんだから他のより高価なのは当たり前だよね。細工できる人も専門職だからそこら中にいるわけじゃないし。

 その中でもアイテム袋っていうのは、生き物以外は何でも入るし、どれだけ入れても重さは袋分しかない素敵グッズらしい。入る容量によって値段が変わるけど、元々が高価な品だ。これを持ってるって事が、冒険者にとってはくになるんだとか。

 ダンジョンに長期間潜るには食材やポーション類がたくさん必要になる。アイテム袋ならかさ張らないし、何日分の食材も持ち歩ける。そしてダンジョンは深く潜れば潜るほど、財宝もいっぱいある。見つけたのをすべて持ち帰ろうと思ったって、担いでなんて危険極まりない。モンスターに襲ってくれって言ってるようなものだ。そういう意味でも、アイテム袋は有用だ。

 アイテム袋がすごいのはわかったけど。力尽きた死体がないのはなんでかな……モンスターは安全地帯に入ってこられないんだよね?

〈生き物がダンジョンの中で死んでしばらくすると、アイテム以外はダンジョンに吸収されてしまうんだよ。そういう不思議な現象が起こるのも、ダンジョンの特徴だね〉

「ほえー……すごいねぇ」

 お陰さまで死体あるいは人骨と相対する事がなかったわけだし、助かるなぁ。冒険者の人が死んでよかったわけじゃないけど、死体はなるべく見たくない。

 冒険者とモンスターがいる世界で、それは難しいとはわかってる。でも、死が身近じゃない世界で生きてきた私が見たら、ちょっと、いやかなり、心に深手を負う事になりそう。

〈ちなみに、ダンジョンで拾った、持ち主がわからないものは、拾った者が手に入れていい事になってるんだよ〉

 ちらり。カーバンクルが私を見る。え? いいの? 私、もらえるものは遠慮なく貰っちゃう主義だよ?

〈僕が持っていてもねぇ。魔導具は人のために作られたもの。人が使うべきだよ〉

「じゃ、じゃあもらうよ?」

〈うん〉

 ベテラン冒険者が使っていたアイテム袋を、冒険のぼの字も知らないど素人しろうとな幼女が手に入れていいのか、分不相応な気もするけど。今生きるために必要なものがほしいので! も、貰います!

 アイテム袋の前に立つ。ぱっと見、ただの麻袋なんだよなぁ。炭とかが入ってる感じの。赤黒い染みは見ない事にしよう……あ、待って。

〈どうしたの?〉

「わたし、おそろしいことに、きづいたんだけど」

〈うん〉

「ベテランとよばれるような、すごいぼうけんしゃがしぬって、なかなかないことだよね?」

〈まあ、たくさんの経験を積んで、数々の死地をくぐり抜けた者じゃなければ、ベテランなんて呼ばれないだろうしね〉

「ていうことは……そんな、なかなかないことが、おこりうるくらい、わたしがいるダンジョンは、きけんなんだね?」

〈ああ。この世界で一番深くて広いダンジョンなんだよ。浅いところは初心者向けだけど、深いところは強いモンスターがごろごろといるからね。罠も無数に仕掛けられてるし。最下層まで未到達なのは、この世にあまあるダンジョンの中でも、ここくらいじゃないかな?〉

「……もうおどろかないぞ! っておもってたんだけどなー」

 あははー。そっかそっか。数々のベテラン冒険者達を返り討ちにしてきたダンジョンの下層部分に、私はピンポイントで転生しちゃったのかー。もう笑うしかないな。

〈まあ、ルイは僕の結界があるから死ぬ事はないんだけどね〉

「カーバンクルがすごすぎて、わたしから、かんしゃのことばしか、でない……ありがとう、ほんとに、ありがとう」

〈どういたしまして〉

 猫目がぐーっと細くなった。笑ったっぽい。うう、可愛いな。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る