第2話 訓練します。

 生徒会を揺るがした大事件から1週間と少し、事後処理を終えた俺は約束通り会長に稽古をつけてもらっていた。


 実力の差を頭では理解していたつもりだったが、いざ剣を交えてみると、その圧倒的差に目眩がした。こちらがあの手この手で攻め込んでも、会長は涼しい顔して受け流す。反撃できる隙などいくらでもあるだろうに一向に手を出す素振りがない。会長にそんなつもりはないだろうが、こっちからしたら挑発されているようで悔しくてしょうがなかった。


「ふむ。エル君、君は何か武道の覚えはあるかね」


 稽古が一息ついた時、不意に会長はそんなことを言った。


「いえ、剣を握ったの自体が学園に来て初めてです」


「そうか、道理で。君は筋はいいんだが、初歩的なことを知らないが故に突発的な動きに反応出来ない傾向がある。何か武道を学んでみるといい」


 言われて思い返してみると、確かに過去の単位争奪戦でも不意を突かれることは結構あったような気がする。


「武道って言われても、何を学べばいいんですか?」


「君のスタイルを考えるに、何か一つの武道を修めるというよりも、様々な流派の基礎、あるいは理念といったものを理解して、我流を極めた方がいいかもしれない」


「そんなこと出来るんですかね。なんか良いとこどりみたいな感じですけど、真面目に武道を修めようとしてる人に怒られそうです」


「はははっ。確かに、昔ならば門前払いされただろうね。だが、昔と違い、今は魔法の存在がある。武道の在り方も変わってきているのさ。いつまでも旧態然としていては、流派が廃れてしまう。君のような門下生は結構いるのさ」


「そんなもんですか」


「そうだ、今日はゲストを呼んでいるんだ。時間通りならそろそろ来るはずなんだが、まあ彼は遅刻癖があるからもう少しかかるだろう」


「それってシャオロンさんのことですか?」


「よくわかったね」


「以前組んだ時も遅刻して来たので」


「やはりそうか。彼はああ見えて優秀なんだが、何度注意しても遅刻癖だけは直らなくてね。まあ、それも個性だと思って許してあげてほしい」


「まあ、チャラい感じですし、見た目通りというか……そういえば、もうすぐテストですけど会長って成績上位者ですよね。なんか勉強のコツとかあるんですか?」


「勉強にコツなんてないさ。予習復習、わからないことがあれば質問する。この3つだ。簡単なことだろう?」


 似たようなことをリッカにも言われたことを思い出す。やはり勉強に近道なんてないのだと思い知らされる。残念だ。


 一応真面目に講義には出ているからそこまで焦りはしないものの、学生にとってテストは天敵だ。


「テストといえば、この時期は争奪戦や闇討ちが頻発するからエル君にも働いてもらうかもしれない。一応頭の片隅に置いておいてくれ」


「争奪戦はわかりますけど、闇討ちって?」


 学園の規則として一定の単位を所持していなければ進級できないというのがあるから単位争奪戦が頻発するのはわかるけど、闇討ちはわからない。


「実技のテストでプレートが破損していると受けることができないだろう? 絶対評価とはいえ、講義によってはある程度相対評価も加味されるからね。それが理由さ。後は、過去問の売買とかも取り締まりの対象だ」


「過去問の売買も取り締まるんですか」


「ある程度は容認するがね。悪質なものは取り締まる。なんでもかんでも縛り付けてしまうと学生の不満が溜まってしまう。規則の抜け穴を探し出すんだ。そうなればいたちごっこになってしまう。いわゆる必要悪さ」


「いろんな考え方があるんですね」


 過去問の売買といえば思い浮かぶのはクレジット商会と三会連合の存在だ。たしかあそこは単位やアルドコインで過去問を融通していたはずだ。


 マイアーさんやウィズさんの顔がチラついたけど、あの人達なら生徒会に取り締まられるような下手は打たないだろう。


「ちーっす。お呼ばれされたシャオロンですよっと」


「遅刻だぞ」


「すんません」


「一応言い訳を聞こうか」


「教員に捕まってました」


「ふむ。誰に、なんの用で?」


「というのは嘘で準備に時間がかかったんです」


「まあ、そういうことにしておいてあげよう。時間も惜しい、早速エル君の相手をしてあげてくれ」


「え、相手って今から戦うんですか」


「そうだ。私と君では実力に差がありすぎる。あまり差があり過ぎると効率的とはいえないからね。それに、私は手加減が苦手だ。その点シャオロン君は適任だ」


「そういうことだ。ま、軽く揉んでやるから全力で向かってこい」


 そう言ってシャオロンさんは龍のデザインがなされたメリケンサックを両の手につけた。どうやらそれがシャオロンさんの魔導具らしかった。


「それじゃあ、遠慮なく行かせてもらいます」


 剣にプレートを差し込み魔力を流す。剣先まで十全に俺の魔力が流れると、剣が硬質化するのがわかった。


 イオナ先輩特製の魔導具は魔力を通すことで弱い魔法なら打ち消す効果がある。シャオロンさんがどんな戦い方をしてくるかはわからないが、早々に負けるつもりはない。


「行きます!」


 先手必勝、身体強化魔法の変数を脚力のみに集中させて爆発的な加速を得て、勢いのまま上段に構えた剣を振り下ろす。


 上級生の、それも生徒会に籍を置くシャオロンさん相手に通用するとは端から思っていない。だが、シャオロンさんの取れる道は二つに一つ。すなわち、避けるか受けるか。俺はその2択の先をすでに考えていた。


 だが、シャオロンさんは第3の選択肢を取ってきた。


「ぐ、ふっ……!」


 身体を横に反らすだけという最小限の動きで剣を避けたシャオロンさんは、それに留まらず完璧なタイミングで俺の顔面にカウンターを打ち込んできた。


 たまらず地に伏す俺に、シャオロンさんは追い打ちはかけずにあくまで俺が立ち上がるのを待った。


「まさか今の一発でダウンはないよな」


「……冗談。まだまだやれますよ」


 正直足にきていたが、わざわざ時間を割いて俺の相手をしてくれているシャオロンさんのためにもこんなところでやられるわけにはいかない。


 今度は万が一にもカウンターをもらわないように身体強化魔法の変数を脚力のみではなく全身に満遍なく割り振る。


 カウンターをしてくる相手に大振りな攻撃はカモネギだ。なら、隙の少ない突き攻撃を試す。手に持つ魔導具は剣だが、イメージの力で槍だと思い込む。


「よしよし。俺は逃げも隠れもしない。好きなだけ打ってこい」


 シャオロンさんのリーチは精々1m程度だろう。こっちは剣の長さ分アドバンテージがある。リーチの範囲外ギリギリから突く。


 我ながらこれ以上ない攻撃だったと思う。だが、剣先がシャオロンさんの身体に吸い込まれる、そう思った瞬間、シャオロンさんの身体が眼前から消えた。


 次の瞬間、俺の顎が意識を狩り飛ばさんばかりの衝撃に襲われた。


 剣先が触れるか触れないか、あの瞬間にシャオロンさんがしゃがんで側転の要領で俺の顎に蹴りを入れたのだと理解したのは、俺が地面に仰向けに倒れてたっぷり10秒程が経ってからだった。


「生きてっかー1年坊」


 ――強い。会長が理解できない強さだとしたら、こちらはなまじ理解できてしまうからこそ、より実力差を叩きつけられた気分だ。


 普段ヒャラヒャラしてるから心のどこかでこの人のことを舐めていたのかもしれない。


「…………生きてますよ。意識飛びかけましたけど」


「今なにをされたかわかったか?」


「俺の剣が届く寸前にシャオロンさんがしゃがんで、そこから側転蹴りを入れた、ですか」


「そうだ。それがわかるだけお前は十分見えてるよ。戦闘のセンスはある。後は試行回数だな。このまま経験を積んでいけば順当に強くなるよ、お前」


 褒められているんだろう。だけど、こうまでコテンパンにやられると悔しい気持ちが先行してしまって素直に受け取れなかった。


「立てるか?」


「……なんとか」


 差し出された手を掴み、よろけながらも立ち上がる。


「悔しそうだな」


「え?」


「顔に書いてる。ま、そんなに気を落とすな。今時期の一回生の中では強い方だぞ。少なくとも同学年同士の争奪戦ならそうそう負けないだろう。ね、会長」


「そうだな。戦いの最中に相手に合わせて戦法を変えるのは簡単に思えてその実できる人というのは少ない。冷静に相手の行動を『目で見て理解』するのは難しいことだからね」


「その点エルは俺がカウンターを得意としているのを一発食らって理解した。だからあそこで突きという選択を取った。だけど、そこは俺に一日の長ありってな」


「……どうすれば先輩達みたいに強くなれるんですか?」


「そりゃーお前鍛錬するしかないだろ」


「なに、心配しなくてもこうして訓練を続けていればいずれ身になる」


 訓練あるのみ。厳しい現実を突きつけられてしまった。勉学もそうだが、戦いが上達する基本もやはり日々の繰り返しが物を言うのだろう。道は長いが、頑張るしかない。


「今日の訓練はここまでにしよう。しっかり食べてまた明日からの訓練に備えてくれ」


「はい! ありがとうございました!」


「お前は真面目ちゃんだなー。もう少し肩の力を抜いたほうがいいんじゃない?」


「シャオロン君は抜き過ぎだ。少しエル君は見習うべきだよ」


「げ、やぶ蛇だったか」


「ははは、それじゃあ、お疲れ様でした。また生徒会の方でなんかあれば呼んでください。すぐ駆けつけるので」


「ああ、そのつもりだ。まあこの間のようなことはそうそう起きないだろうがね。それじゃ、気をつけて帰ってくれ」

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