第3話 部室での一幕

 二人に別れを告げた俺は部室へと向かうことにした。ここ最近一日一日が激動すぎてゆっくりした時間というのがなかった。久しぶりに部室で仲間達と駄弁りたかった。


 そう思い、テクテクと部室への道を歩いていると、前方にフレッドの姿が見えた。


 小走りでフレッドの元まで向かい、後ろから声をかけると、フレッドはとんでもない速さでこちらに振り返った。それだけに留まらず、俺の眉間に銃を突きつけてきた。


「お、おい。どうしたんだよ。物騒だな」


「エルか……悪いな、脅かして」


「ずいぶん殺気立ってるじゃないか。何かあったのか?」


「ちょっと厄介な案件を抱えててな」


「なんだよ、お前らしくもない。手伝えそうなことなら手伝うぞ?」


「いや、これは俺個人の問題なんだ。気持ちだけもらっておくよ」


「そっか……まあなんかあれば言ってくれよ? そうだ、これから部室行くんだけどフレッドはどうする?」


「わりぃ、俺用事あるんだわ。すまんがパスで」


「用事って、その案件に関係あるのか?」


「まあ、そうだな。本当に悪いんだけど、俺急いでるんだ。皆によろしく言っといてくれ」


 フレッドはそれだけ言って走って行ってしまった。


 普段あれだけひょうきんなフレッドが声をかけただけで銃を突きつけるなんて、一体どんな厄介事に関わってるんだろう。無事に問題を片付けて、いつもの笑顔を見せてくれるといいんだけど……。


 そんなことを思いながら、俺はさっきとは打って変わってトボトボと部室へと向かった。


「おやモテ男くんのご登場だ」

 部室の扉を開けた途端イオナ先輩のそんな言葉が俺を迎えた。


「なんの冗談ですか」


「あたし知ってるんだよー。エルくんが最近ラブレターを貰ってること」


「どういうことかしら。詳しく教えてほしいわね」


「詳しくもなにも……」


 入学早々にやったワイルドバンチ戦で顔と名前が割れていたところに、ここ最近の生徒会騒動で更に名前が売れて、どういうわけかここにきて俺にラブレターを渡してくる女学生が増えているのだ。


「私達と一緒にいる時に堂々と渡してくる子もいたんですよ。びっくりしたよね」


「そうですねえ。皆さん真剣なお顔をされてましたあ」


「……その口振りだと一人二人じゃないのね」


「結構いましたよ。大人しそうな子から始まって運動系の子まで」


「もちろん全部断っているのよね?」


 クロエ先輩の目力が迫真過ぎる。なんで穏やかな時間を過ごしに来たはずなのに、こんな針のむしろみたいな状況になってるんだ。


「それは大丈夫みたいですよ。ちゃんと全部私達に言ったことと同じことを書いて返してるみたいです」


「何度も言いますが俺はアイリが治るまで女にうつつを抜かすことはないです」


「ならいいのよ。なにか飲む? 美味しい紅茶を買ってあるわよ」


「うわ、すごい変わり身の早さ。私にはできない芸当です」


「なんとでも言いなさい。アールグレイとダージリン、どっちがいいかしら?」


「ダージリンでお願いします」


「わかったわ。ちょっと待っててね」


「でもエルさんもすごいですよねえ。一人ひとりしっかりとお返事をして」


「顔と名前まで覚えてるんだもんね。そこは流石というか」


「当たり前だろ。せっかく想いを伝えてくれたんだ。失礼なことはできないよ」


 告白してくれた女の子の名前を間違えて返事を出すとか最低過ぎる。万が一にでもそんなことをしてしまった日には俺は自分が嫌いになる。


「つまんないのー。この間のモテ男くんみたいにコテンパンにされたら面白いのにー」


「あなたは誰の味方なんですか……」


「あたしは面白い方の味方でーす!」


「お待たせ。お砂糖、ここに置いておくわね」


「ありがとうございます」


 カップになみなみと注がれたオレンジ色の液体。どこか花の蜜を思わせる香り高いその紅茶は、普通に入れてもこうはならない。カップを先に温めておくだとか、蒸らす時間をしっかりと計算したクロエ先輩だからこそ入れられる世界で一杯の紅茶。


 カップを鼻先まで持っていって十全に香りを楽しんでから口に含む。芳醇な香りと程よい渋み。まるでダージリンの海を泳いでいるようだった。


 こうなるとケーキやスコーンといったものが欲しくなるのが人の業である。しかしそこはクロエ先輩、抜かりなくしっかりとケーキを用意してくれていた。


「このケーキ美味しいですね。どこのですか?」


「私が作ったのよ。お口にあったようでなによりだわ」


「クロエ先輩ほんと料理上手いですね。まさかケーキまで作れるとは」


「和洋中、一通りの料理を作れるわよ」


 こういう人と結婚すると毎日の食事が楽しみになるんだろうなあ。とは思っても口には出さない。出せば火種となるのは見えている。最近女性関係において口は災いの元だと学習したのだ。


「ところでフレッド君はどうしたの? 今日は来ない感じ?」


「あーフレッドな。あいつなんか用事があるらしい。女の子にちょっかいでも出してるんじゃないかな」


 軽い調子で言ったのはあいつが抱えている問題が大きそうだったからだ。あまり皆に心配をかけるのはよくない。こういうのは男同士の間で仕舞っておいた方がいい。


「ところでエル君、今度完全オフの日つくっておくれ」


「なんかあるんですか?」


「喜びたまえ、遂に君専用の魔導具が完成したんだー」


「本当ですか! ありがとうございます!」


「うんうん。後ちょっとこっちで微調整したら君に渡せるから、その後君の系統にあった調整をするから待っててねー」


 俺専用の魔導具……。専用って付くだけで特別な感じがしてならない。


今使ってる魔導具にも特段不満はないけど、やっぱり専用ってなると相当使いやすいんだろうな。楽しみでしょうがない。


「フレッド君のも出来てるから声をかけておいてねー」


「了解です」


「いいなー私も早く専用魔導具が欲しいなー」


「私も欲しいですぅ」


「二人のも今作ってるから待っててちょ」


「私の機巧人形はどうなっているのかしら」


「クロエっちのはちょっと時間かかりそう。でも、そのぶん出来は保証するよ。あたしが今持ってる技術の粋を尽くした贅沢品だよ。一番お金もかかってるんだー」


「そう。気長に待つことにするわ」


「ごめんねー。それはそうと、あたしはエル君がラブレターをどうやって返事したのか気になるなー」


 せっかく厄介な話題を逸れたと思ったのにこの人は……。


「どうって、さっき言ったじゃないですか。アイリのことはボカしましたけど、今は恋愛よりも大切なことがあってそれを優先するって」


「違う違う。お返事の手紙をどうやって渡したのかってことだよー」


「ええ……それ言わなきゃダメですか?」


「だってつまんないんだもん」


「普通に探して渡しただけですよ」


「もっと詳しく! 皆が皆ラブレターだったわけじゃないでしょー? 面と向かって告白されたことだってあるはずだよ!」


 どうしてそんなことを知っているんだ。まるでその目で見たとばかりの確信を持って言い切っているぞ、この人。実はフレッドに負けず劣らずの情報通なんじゃないのか?


「いや、まあ、ごめんと。今は恋愛をしている余裕はないんだって言っただけですよ」


「校舎裏、夕陽をバックにそう言ったわけだ! 断られた女の子は涙を流して『なんでもするから捨てないで!』って言うんだよね?」


「そうそう、じゃあ俺の奴隷になれ……って違いますよ! なんでそう話を面白おかしくもってこうとするんですか!」


「聞きましたか奥様、奴隷ですってよ。これはエル君の隠れた性癖が出ちゃいましたねー」


「やらしーんだ、エル。私エルにそんな趣味があるなんて知らなかった」


「違うわ! イオナ先輩のおふざけに乗っただけだろ!」


「奴隷って私の足を舐めなさいってやつですかあ?」


「それは逆ね。一般に女王様と呼ばれるものだわ」


「クロエ先輩もサーシャにいらない知識を植え付けない!」


「正しい知識を身に着けなければ人は成長しないのよ?」


「そんな知識は必要ない!」


 変な汗をかきながらも、俺は久しぶりのバカな会話に心洗われていた。ただ、ここにフレッドの姿がないのが気がかりだった。

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