第三章 思い出のピーマン
第1話 回想1
フレッド・デューイがサンアンドマルク孤児院に入所させられたのは8歳の時だった。理由はどこにでもある親の失業に伴い、子を養う金がなくなったから、というありきたりな理由だった。
8歳のフレッドにとってその出来事はまさに青天の霹靂だった。慎ましくも不自由なく愛されて育てられていたフレッドは、紙切れ一枚の手続きで慣れ親しんだ我が家から離れ、右も左もわからぬ孤児院へと入所させられたのだ。
自身が親に捨てられたのだと理解するのにそう長い時間はいらなかった。だが、心のどこかですぐにでも自分を迎えに来てくれるという考えもあった。
だから、フレッドは自身に寄ってくる人間全てに壁を作り、ふさぎ込んだ。最初は同情して声をかけてくれていた入所者の子供達も、やがて興味を失って声をかけることもなくなっていた。
そんなフレッドにも苦手な時間があった。それは、食事の時間だ。皆が和気あいあいと楽しげに食事をしている中、フレッドはただ一人ポツンと佇み、もそもそと食べ物を口に運ぶだけの機械になっていた。
苦痛だった。いただきますから始まりごちそうさまの時間になるまで席に座り、ただひたすらに黙っている。
とりわけ苦痛だったのは献立にピーマンが入っている時だった。どうしてもピーマンだけは食べられなかった。だから、ごちそうさまの時間が来ても、ピーマンを残しているフレッドは厳しい顔をした先生を前に、先生が諦めるまでずっと口を閉ざすのだ。
今日は、献立にピーマンが入っていた。また黙ってそのうるさい先生のお説教を聞くのか、そう諦めて皿に乗ったピーマンを端に除けていると、
「ピーマン嫌いなの?」
そう、隣に座った女の子から声をかけられた。彼女こそが、今のフレッドを形作ったといっても過言ではない存在、ユニ・エレインだった。
「…………うん」
「いっつも先生に残されてるもんね。ダメだよ好き嫌いしちゃ」
「……だって嫌いなんだもん」
「んー、じゃあこうしよっか。私が半分食べてあげるから半分だけ頑張ろう?」
いつまで経っても首を縦に振らないフレッドに、ユニはピーマンをつまんでフレッドの口に無理やり放り込んだ。
「キミがピーマンを一個食べたら私も一個食べる。そうしたら半分。頑張ろう!」
強引なやり取りにペースを完全に失ったフレッドは差し出されるままにピーマンを口に放り込んでいき、苦味に耐えながらも水で流し込んでいった。
そうしたことを幾度も繰り返していると、気がつけば皿からピーマンは姿を消していた。
「ほら、全部食べられた。頑張ったね。よしよし」
自分と大して歳は変わらないだろうに、お姉ちゃん風を吹かせるユニに、いつしかフレッドは心を許していった。
それからというもの、フレッドはユニの後ろをついて歩いてばかりいた。ユニもまた、可愛い弟が出来たとばかりにそれを許し、二人は本当の姉弟のようになっていった。
ユニのおかげでフレッドは本来の明るさを取り戻し、気がつけば友人も出来ていた。
それからしばらく経ち、
「ユニ姉ぇ! アルドヴィクトワール学園に行くってホントかよ!」
「本当だよ。受験したら受かっちゃった」
「受かっちゃったって……なんで相談してくれなかったんだよ!」
「だって相談したらフーちゃん絶対止めたじゃん」
「そりゃ……まあ、そうだけど……だからって……」
「そんな悲しそうな顔しないで、手紙もちゃんと送るからさ。お姉ちゃんの門出を祝ってよ!」
「……わかったよ。おめでとうユニ姉ぇ。でも、俺もすぐ追いつくから! 待っててくれ!」
ユニは言った通り、1ヶ月に1回程度フレッドに宛てて手紙を送り続けた。フレッドはそれを励みに、自身もアルドヴィクトワール学園に入学出来るよう様々な知識を蓄えていった。とはいえ、映像記憶能力を持つフレッドにとってペーパーテストはあって無いようなものであり、もっぱら魔法の訓練にばかり勤しんでいた。
そうしたことを1年程度続けていたある日、唐突にユニからの手紙が途絶えた。アルドヴィクトワール学園入試2ヶ月前の出来事だった。
待てど暮らせど一向にユニから手紙は送られてこなかった。不審に思ったフレッドは学園に尋ねたが、個人情報につき教えることは出来ないの一点張りで何もわからなかった。
ユニの身に何かあったのではないか。そう考えるのに時間はいらなかった。
フレッドは学園に入学し、ユニの消息を探ることを決意した。
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