第34話 俺達は学生だ

 ぞろぞろと生徒会室から出てきた俺達は、せっかくの放課後を無駄にすることもないと全員で夕食をとることにした。


 いつもならショコラに行くところだが、たまには気分を変えようということでビュッフェ形式のちょっとお高いお店へ行くことにした。これまでなら手の届かないお高いお店だったが、生徒会に入ったことで懐に余裕ができたおかげで堂々と入店することができた。


「ここ、一回来てみたいと思ってたんですよねえ」


 そう言うサーシャの目は光り輝いていた。きらびやかな店内には、所狭しと様々な国の料理がズラリと並べられている。東国の寿司や天ぷらに始まり中華、フィッシュアンドチップスにステーキ、果てはグロい見た目の謎の魚料理まである。


 その中でも特に女性陣の目に映るのは、うず高く掲げられた装置から甘い匂いを放つ液体が上から下へと流れ落ちている「アレ」だろう。


「あれがチョコレートフォンデュ……!」


「アイシャ、よだれ垂れそうになってるぞ」


 じゅるりとよだれをすするアイシャを尻目に、チョコレートフォンデュ装置の周りにこれでもかと並べられたカットフルーツやマシュマロ、ラスクの類を見て俺は軽い胸焼けを起こしていた。とてもではないがアレを何個も食べようなんて気にはならなかった。


 隣のフレッドを見ると彼も同様に胸焼けを起こしていた。食べる前からこれなのだから、実際に食べた時のことは想像に難くない。


 それよりも俺達男性陣の目を引いたのは目の前でジウジウと肉を焼いて出来たてを提供している肉コーナーだった。


 ステーキのみならずハンバーグなんかも鉄板で焼いている。特製ソースが熱せられた鉄板の上で踊り、実に食欲をそそる香ばしい香りが漂っている。


「いかん、もう我慢できん。早く食べたい」


 まったくもって同意だった。しかしながらそれなりに良いお店なのでボーイを急かすわけにもいかず、俺達は席に案内されるのを今か今かと待っていた。


 遂に案内された席は7人が座って尚余裕がある円状のテーブルだった。中心に調味料の数々が置かれており、ドリンクメニューにはアルコールなどが書かれていた。


 コースを聞かれた俺達は明日のことを考えソフトドリンクの飲み放題を注文し、ようやく文字通りのメインディッシュであるビュッフェコーナーへと向かった。


「いろいろあって迷っちゃうなー。エルくんはどーするの?」


「とりあえず肉ですかね」


 イオナ先輩は迷うと言いながらも目につく物を次から次へとぽいぽいお皿に乗せていた。こういう時性格がでるというが正にその通りだと思う。


 クロエ先輩とリッカはお上品に主菜副菜をバランスよく食べ切れる量だけ皿に乗せている。反対にアイシャやフレッドは好きな物を好きなだけ皿に盛っている。サーシャは変化球でいきなりデザートを大量にとっていた。


 そんな中俺はというと、イオナ先輩にも言ったように肉の狙い撃ちだ。ミートコーナーと題された場所で、料理人が次から次へと並べていく肉料理をとりあえず1種類ずつ皿に盛っていく。そのどれもこれもが食欲をそそる香りがしていて、今にもよだれが垂れそうだった。


「カニカニカーニーカーニーさーん」


 俺が鉄板の前で肉が焼けるのを待っていると、後ろから謎のオリジナルソングを歌いながら通り過ぎていく人物がいた。


 聞き覚えのある声にまさかと思い振り返るとそこにはイオナ先輩がうっきうきで海鮮コーナーにカニを取りに行く姿があった。あの人は本当にどこに行ってもマイペースだ。いっそ尊敬の念すら覚える。


「エル、野菜が一つも乗ってないじゃないか。せめて付け合せのサラダくらいはつけるべきだ」


「そうよ。ちゃんとバランスよく食べないと大きくなれないわよ?」


 イオナ先輩に関心していると、まさかのクロエ先輩とリッカのダブルお母さん襲来だった。主菜副菜をバランスよくトレイに乗せている二人からすると茶色一色の俺のトレイは見逃せないものがあるのだろう。


 ぐうの音も出ない指摘に少々どもりながら「後でちゃんと食べます」とだけ返した。


 性格の出る盛り付けをそれぞれ終えた俺達は、席に戻り声を合わせて「いただきます」をした。お高いお店ということで、最初こそ緊張気味だったが、いざ席について食べ物を前にするといつもの調子を取り戻すことができ、すぐに談笑が始まった。


「なんかこうゆうことしてると青春してるって気がするよな。俺っちの憧れた学園生活っつー感じ?」


「お前の憧れがどんなものなのかは知らないけど、まあ青春してる気はするな」


「だろー? 普段のショコラもいいけど、ちょっと贅沢してってところがミソよ。そしてなによりこのメンツよ。綺麗所が勢揃いだ。これが野郎だけの集まりだったら灰色だぜ」


「俺は男だけっていうのに結構憧れたりするけどな。俺の場合いつもアイシャがいたからなかなか男だけって状況がなくてさ」


「ケッ。モテ野郎はこれだからヤダぜ。これはジョージ2世誕生かな?」


「あんなのと一緒にするな。お前はどうなんだよ? 好きな人とかいないのか?」


「俺のことはいーんだよ」


「はぐらかすなよ。お前がコソコソなにかやってるのは知ってるんだぞ?」


 この手の話題の場合いつも責められるのは俺だからここぞとばかりに責めてやろうと思ったが、フレッドが一瞬見せた悲しそうな顔を見てそんな気は失せてしまった。


「っと、それよりフレッド、お前ピーマン残さないでちゃんと食べろよ」


 少々強引過ぎる気がしないでもないが、俺は無理にでも話題を変えることにした。


「いや、俺ピーマンだけはダメでさ。わりいんだけど食ってくんね?」


「しょうがないな。苦手ならチンジャオロースなんて取るなよ」


「いや、肉は美味いじゃん? このトロっとしたタレと絡まった肉が好きなんだよ」


 フレッドのおかげで図らずも「ピーマン」という野菜を摂取することができた俺はクロエ先輩とリッカお母さん二人に対する言い訳ができた。そう思ったのだが、俺の言い訳にお母さん達は「そんな言い訳が通用するわけないでしょ」という有り難いお言葉を返してくれた。


「けど、皆が大変な時にこんなことをしていてもいいのだろうか……」


 クロエ先輩とリッカから分け与えられた野菜をもそもそと口に運んでいると、不意にリッカがそんなことを口走った。それにいち早く反応したのはフレッドだった。


「いーんでねーの? 俺らは学生だ。常に肩肘張ってちゃ青春できねーしな」


「そうだよ。やりたいことはやりたいだけ全力でやって、やらなきゃいけないことはちょっとだけ頑張るだけでいいんだよ」


「アイシャの言う通りよ。しなければいけない、やるべきを行動の指針にしてしまうと、自分が苦しむだけだわ。楽しめる内に楽しまなきゃ損よ」


「ですです! 私達も精一杯リッカさんをお手伝いします!」


 流れのまま本来であれば次に言葉を続けるだろうイオナ先輩を見ると、彼女はむしゃむしゃとカニを食べていた。


「先輩……」


「んー? あ、次あたしの番だった? ごめんごめん、カニの殻がなかなか割れなくてさー。ごめんちょ」


「……いや、まあいいんです。なんていうか、あなたはそのままでいてください」


「そう? あ、皆もカニ食べる? 美味しーよ!」


 花のような笑みで言う彼女に丁寧な断りをいれ、俺はリッカに向き直りこう言った。


「先輩ほどとは言わないけど、リッカもドンと構えるくらいの余裕を持とうぜ? 女は度胸って言うだろ?」


「……そうだな。すまない、空気を壊すようなことを言ってしまった」


「これも青春の1ページって奴よ。お互いの思想を共有して、成長していく。うーん、実に青い春だ。ってことでリッカちゃんには俺ちゃん特製ドリンクをしんてーい」


 こういう時のフレッドは本当に頼りになる。程よく場を茶化してくれるおかげで、グループがいつも明るい雰囲気を保つことができる。とはいえ、


「な、なんだその色は……」


「コーラをベースにオレンジジュースエトセトラを混ぜ合わせた特製ミックスジュースだ。ほんとはエルに飲ませてやろうと思ってたんだけど特別だぜ?」


 真っ黒で気のせいかゴポゴポと音を放っている謎の液体。フレッドはこれを俺に飲ませようとしていたのか。すまんリッカ、俺の身代わりとなってくれ。


「ほーれ一気にいけ一気に」


「一気一気ー!」


 いつの間にかカニを完食していたイオナ先輩が悪ふざけでフレッドの一気コールに参加していた。可哀想だが、リッカにはこれも青春の試練と思って乗り越えてもらおう。


「うぅ……ままよ!」


 ごくごくとリッカの白い喉が鳴ると同時に、並々と注がれたコップの中身がなくなっていく。

 そして遂に飲み干したリッカの感想はというと、


「意外に美味しい……?」


「だろー? 伊達に長年研究してねえよ。少々見た目には難があるけど、色んなフルーツジュースが混ざってるから栄養価的にも文句なしだ」


「あたしも飲んでみたいー! フレッド作ってー」


「お任せをー」


 楽しいひとときはあくまでひとときだ。永遠に続くことはない。お腹の膨れた俺達は、明日に備えて寄り道することなく寮へと帰宅した。

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