第35話 「Xデー」始まり

 犯人いわくのXデー。その放課後、打ち合わせ通り俺とリッカは待ち合わせ場所でシャオロンさんを待っていた。すでに約束の時間から20分が経過している。


「遅いな」


「あの人はいつもそうなんです。時間通りに来た試しがありません」


 そう言うリッカの言葉には少々苛つきの表情が見られた。常であればこの程度のことで苛つくことはないだろうが、事が事だ。リッカの気持ちはよくわかる。かくいう俺も若干の焦燥感に支配されている。


「……起こると思うか?」


 なにが、とは言わない。それで伝わるからだ。話題のチョイスとしてはおよそ最悪の類だが、それでも黙って待つよりは気が紛れるだろう。


「わざわざ予告状まで出したんです。まず間違いなく起こるでしょう」


「だよなあ。何考えてこんなことしてるのか理解に苦しむよ。俺達まだ学生なのにさ、こんなことして何になるっていうんだよ」


「学生、とはいえ私達は普通の学生とは違いますからね。人によっては国を背負ってやってくる人もいるわけですから」


「だからって、なあ?」


「まあ、愉快犯という線がないわけではないですけど、なにがしかの思惑があると考えた方がいいと思います。それを阻止するために私達がいるわけですし」


「学生が学生を裁く、か。普通の学園じゃないってのは知ってたけど、いざ当事者になるとまた違う感情を抱くな」


「怖いですか?」


「まさか。ただ、自分がこんなことをするなんて思ってなかったからさ。ついでに言うとこの状況を平然と受け入れてる自分がいることに驚いてる」


「よかった。頼りにしてますよ」


 そう言って、いたずらっぽく微笑むリッカを見て俺は少しだけ赤面してしまった。普段あまり笑わない子が笑うと魅力が何倍にも増して見える現象だ。いい加減、彼女には自分が美人であるということを自覚した上での行動を覚えてほしいものだ。このままでは俺の心臓が持たない。


 なんていうことを考えていると、向こうからシャオロンさんが歩いてくるのが見えた。


「お・ま・た・せー。いやー悪いね、遅れちゃって」


「本当におまたせです。まったく、なにをしていたんですか」


「ちょっち準備をね」


「準備?」


「そ。敵さんと戦うことになるのは見えてるからね。その準備さ」


「言い訳としては100点ですが、状況を考えてください。シャオロンさんはもっと先のことを考えて行動するべきです」


「まあまあ、リッカもその辺で。シャオロンさん、準備してきたからには頼みますよ」


「任せとけって。後輩二人にダサいところは見せられないからな」


「それじゃ、行きましょうか」


 俺達が任されたポイントは3号館を中心とした地点だ。3号館は少数クラスでの講義を行うことを考えられて建てられた校舎であり、3階建てのそれには無数の教室が設置されている。

 3号館では主に座学を中心に講義が行われるので、実技を行うような演習場は設置されていない。それでも、付近には噴水付きの屋外食事スペースが設置されており、休み時にはベンチで学生達が談笑している姿が多く見られる。


 しかしながら、ここには重要設備もなければ学生の数自体も他のポイントと比べて少ない。チームに経験の少ない一回生が二人いるということで、可能性の低い地点を会長は選んでくれたのだろう。


「どの辺で待機します?」


 俺の問いにシャオロンさんは腕を頭の上で組み、「んー」と考える素振りを見せてからこう言った。


「あの辺でいいんじゃね?」


 彼の視線の先には噴水があった。なるほど確かにあそこからなら何か起こってもすぐに移動することができる。


 噴水の縁に腰を下ろすと、シャオロンさんは大きなため息をついた。


「しっかし、面倒なことしてくれたよ。おかげでせっかくの放課後が台無しだ」


「やっぱり珍しいんですか、こんなこと」


「そりゃそうだ。こんなのが毎日あってたまるかってんだ。今年は特に問題が多い。お二人さんを始めとして今年の一回生は粒ぞろいみたいだからな。自分の実力をひけらかしたくてしょうがない連中がいるのかもな」


 当事者である俺達としては意識していないことだったが、確かに教員達が折に触れて今年の一回生はどうのこうのと言っていた気がする。しかし、だからといってこんなことが許されてたまるものか。正々堂々、自分の力で勝負するべきだ。


「ま、なんにせよだ。俺としてはとっと片付けて女の子とにゃんにゃんしたいもんさ」


「……貴方はふざけていないと死んでしまう病気にでも罹っているんですか」


「だって放っといても女の子が寄ってくるんだもーん」


 どっかのモテ男くんと同じようなことを言っているのに嫌味を感じないのは、本当に女性にモテるからなのか、あるいはこの人の人徳か。いずれにせよ俺はこの人にフレッドと同じ匂いを感じ始めていた。先輩後輩という関係を超えて仲良くなれそうだ。


「二人共、一応警戒くらいはしてくださいよ。いつなにがくるかわからな――」


 それは唐突だった。俺の言葉尻を狩るように響き渡った轟音。それと同時に襲ってくる衝撃。大小様々な瓦礫が降ってきた。

爆発だった。


 音の出所はすぐにわかった。俺達が待機している3号館の屋上。そこが爆発したのだ。


「冗談キツイぜ……」


 うるさく鳴り響くプレートにでると、生徒会専用回線で各々が状況を報告し合っていた。どうやら爆発はここだけでなく各地で発生したらしい。


「おい、ボサッとするな新入り! 被害確認だ!」


「はい!」


 言われてすぐに爆発地点と思われる屋上に目を向ける。爆発の規模自体はそこまで大きなものではなく、それよりも瓦礫による被害の方が大きかった。落ちてきた瓦礫で負傷した学生があちこちにいる。


「保健委員に連絡を入れろ! 動けるヤツは非番だろうがなんだろうがすぐに動かせ!」


「わかりました!」


 生徒会の命令権を使用して保健委員に連絡を入れる。各地に点在しているだろう負傷者の救助を要請する。


「よし、俺達は予定通り3号館の捜索をするぞ。お前達は二人で裏口から捜索。俺は正面から捜索する。いいな、怪しいと思ったヤツは問答無用で検挙しろ。なんかあったら俺が責任をとる」


「はい!」


「良い返事だ。終わったら一杯やろう。いい店を知ってるんだ。奢るぜ」


「それフラグですよ、先輩」


「俺はツエーから余裕だ。そっちこそ、気をつけろよ」


 先輩はそう言っていち早く3号館へと向かって行った。


「俺達も行こう」


「はい!」


 校舎に入ると外の喧騒が嘘のように感じられなかった。まばらに残っていた学生達も騒動が起きてすぐに脱出したようだった。


「……いますね」


「……そうだな。逃げてないってことは、そういうことなんだろうな」


 だが、そんな校舎にも僅かながら人の気配はあった。言葉で説明するのは難しいが、殺気のようなものが漂っている。いつどこから襲われてもおかしくない。ここは戦場だった。


 そんな考えが脳裏をよぎった瞬間だった。俺達のすぐ側の教室の扉が吹き飛んだ。

 以前、戦いは初動が9割を占めると教わったことがある。その点、俺達は確実に失敗したと言えるだろう。油断していたわけではないが相手に先手をとられてしまった。


 突如として現れた敵を前に、俺達はそれぞれの得物に手をかけるだけに留まったが、相手はすでに武器を振るっていた。


 赤熱した刀身から灼熱を帯びた斬破が飛んでくる。だが、それだけだ。俺達が失敗したのは初動の9割であり、1割は成功していたのだ。


 すなわち、来るとわかっているところに来た攻撃を避けることに成功したのだ。


「へえ、今のを避けるのか。流石は生徒会だな」


「誰だ!」


「誰だと問われれば答えよう。俺はロストリグレットのクランリーダー、ギーク・ナードだ」


 そう言ったのは身の丈190はありそうな大男だった。後ろ髪を三つ編みにした男は、眉毛を全そりしており、その体躯も相まって大した威圧感だった。


 彼は見るからに試作品といったようなケーブルまみれの剣型魔導具を持っていた。シューシューと蒸気を放つそれ自体に、未完成なもの特有の不快感を覚えた。


「脅迫状の差出人はお前か?」


「なんのことだ?」


 リッカの問いかけに答えたギークは本当になんのことを言っているのかわからない様子だった。


 どういうことだ? 彼が犯人でなかったとしてなぜ俺達の前に立ちはだかる?


「とぼけるな! 先日の爆弾騒ぎもお前が犯人なんだろう!」


「わかんねえことをぐちゃぐちゃ……うっせえんだよ!」


 リッカに向けて力任せに振り下ろされた剣を咄嗟のところで受け止める。


「っつ! なんて馬鹿力だよ」


「すみません、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。けど、あの斬撃を受け止めるのは得策じゃないな。コンビネーションで行くぞ。俺が斬り込む」


「わかりました!」


 見たところギークはあの謎の魔導具以外に武器を持っている様子はない。と、なればこれみよがしに繋がれているケーブル類を切断して魔導具を壊してしまえば終わりだ。


 バカ正直にその馬鹿力に対抗する必要はない。2対1の状況を最大限活かして速攻で終わらせる。


「狭いけど、いけるな?」


「任せてください!」


「よっしゃ!」


 夕日の差し込む廊下で俺達の戦いが始まる。

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