第32話 脅迫状

 翌日、仲間達と部室でお茶を飲んでいると予備役含めた生徒会員全員が生徒会室へと呼び出しがかかった。要件の緊急度は最大を表すSランク。何が起こったのかは知らないが、予備役である俺だけでなくフレッド達にまで呼び出しがかかるなんて相当ななにかがあったのだろう。


 荒ぶる息を整えつつ生徒会室へと繋がる扉を開けると、すでに俺達一回生組を除いた面々が揃っていた。


「すいません、遅れました」


「いや大丈夫だ。席についてくれ。早速話しを始めよう」

 そう言う生徒会長の表情は常のものよりも真剣味を帯びていた。


「先程、生徒会宛に脅迫状が届いた」


「脅迫状?」


「そうだ。学内の至るところに爆弾を設置したらしい。先程デモンストレーションとして学生街で爆弾が一つ起爆された。幸い怪我人はでなかったが、そこそこの威力の爆弾だ。生徒会として無視するわけにはいかない」


「犯人はなにか要求してるんですか?」

 俺の質問に、生徒会長は首を横に振った。


「脅迫状、と言ったが、正確には一種の挑戦状だ。規定時刻までに爆弾を探し出し、解除できなければ一斉に起爆する、とな。犯人は生徒会にゲームを挑んでいるつもりらしい」


「人海戦術は使えないんですか? 外部の人間に助けを求めるとか」


「外部の人間に助けを求めた時点で爆弾を起爆させるらしい。犯人は生徒会VSの構図を作りたいんだろう」


「会長、あまり時間はありませんよ」

 生徒会長の隣に座ったウルナさんが言った。


「そうだな。犯人曰く、爆弾を設置した範囲は決められているらしい。各自のプレートに地図を送っておくからそれを見ながら探してくれ。それと、行動の際には三人一組で行動してくれ」


「ただでさえ人手が足りないんですから一人ひとり探した方がいいんじゃないですか?」


「ところがそうもいかない事情があるんだ。この脅迫状、生徒会室に直接置かれていたんだよ」


 それのどこに問題が、という俺の疑問は次に会長が言った言葉で解消された。


「生徒会室には外部の人間が侵入したらすぐにわかるよう防犯魔法がかけてある。今回それが発動していないんだ。つまり、身内の誰かが犯人の可能性があるということだ。もちろん犯人が一枚上手だった、というのならそれにこしたことはないんだが……まったく、頭の痛い問題だ。ただでさえ最近は暴動鎮圧で人手が足りないというのに」


 言葉通り頭を抑える会長。身内を疑わないといけないというのはトップに立つ者として相当辛いものがあるだろう。胃に穴が空いても不思議ではない。


「なにはともあれ、そういう事情があるから三人一組での行動を頼む」


 会長のその言葉を最後に、各々が席を立つ。そして、上級生が下級生に声をかける形でチームを組むことになった。


 俺のチームはイオナ先輩と、会計のパトリック・クラウフォードさんだった。正直彼とは絡みがないからウルナさん辺りがよかったんだが文句は言えない。


「パッちゃんじゃん。久しぶりー。あたしとチーム組むなんてどういう風の吹き回しさー」


「お前が余計なことをしないか気がかりだったんだよ。後俺の名前はパトリックだ。先輩相手に変なあだ名をつけるな」


 親しそうに声をかけるイオナ先輩とは対照的に、パトリックさんは先輩に嫌悪感を剥き出しにしている。二人の間にはなにか確執があるのだろうか。だとしたら間に挟まれる俺の心労が怖いのだが。


「パトリックだからパッちゃんだよー。それより最近はどうなの? 魔道具の開発は上手くいってる?」


「お前に教えることなどない。今回はしょうがないからチームを組んだが足だけは引っ張るなよ。グリント、こいつの手綱はしっかりと握っておけ」


「え、はい」


「酷い言い草だなー。昔は一緒に魔道具の開発してたじゃん」


「昔の話だよ。お前は相変わらずくだらない物ばかり作っているみたいだな」


「くだらなくなんてないよ。あたしはあたしなりに誠実に魔道具と向き合っている」


「そうは見えないな」


「パッちゃんこそ相変わらず凝り固まった物ばっか作ってるんじゃないの?」


「誰にでも扱える平等で公平な魔道具こそ俺の目指すものだ」


 いかん、このままでは喧嘩しそうな勢いだ。


「旧交を温めるのはその辺にして、爆弾を探しましょう。タイムリミットがあるんですし」


「こいつと友人だったのは昔の話だよ。今は違う。とはいえ、グリントの言う通りだな。無駄話はやめて爆弾を探すとしよう」


 俺達の担当は教職員棟だ。ここで問題なのは、教職員にバレないように爆弾を探さなければいけないということだろう。おそらくだが、教員にバレてしまった段階でドカンだ。


 あくまで教職員棟に用があったという体で爆弾を探す必要がある。困難なミッションだが、幸いにしてウチのチームに頼りになる先輩が二人もいる。二人共技科だからなんか上手いこと爆弾を探してくれることだろう。


 それに、わざわざ生徒会長が教職員棟の探索を指示したんだ。パトリックさんがどんな人かは知らないけど、少なくとも会長の信頼は厚いのだろう。


「それじゃー上から探していこうか」


「下から探すべきだ。現在地が一階なんだからその方が効率的だ」


 予想通りというかやはり意見が分かれてしまった。この二人の関係を表すのならばまさに水と油ではないだろうか。僅かな時間のやり取りだけ見ていても価値観がまるで逆だ。


「でも爆弾を設置するなら普通上の方じゃない?」


「なんの根拠があってそんな風に思う?」


「んーなんとなくかな」


「ならお前の意見は却下だ。グリントはどう思う?」


「俺も上から探すべきだと思います」


「なぜそう思う?」


「もし俺が犯人だったとして、教員にバレないように爆弾を設置するってなったら、人の少ない上階付近を攻めると思うんです。下の階はどうしても人の出入りが多いですからね」


「なるほどな。よし、屋上から探索していこう」


 そうして屋上へ向かった俺達だったが、爆弾は意外にもあっさりと見つかった。屋上に設置されたベンチの裏側に貼り付けてあったのだ。


 赤い棒状の爆弾が3本まとめられたそれに、タイムリミットを表す時計が取り付けられていた。


 一見すると魔法が使われていない科学的な爆弾にしか見えなかったが、二人に言わせると魔法式が組み込まれているらしい。門外漢な俺は一歩離れた位置から解除の様子を眺めていた。


「んーこの式どっかで見たことがあるんだよなー?」


「妙だな。爆弾の出来に反して魔法式の技術だけは高い。ん? これは……!」


「どうかしたんですか?」


「いや……なんでもない」


 パトリックさんの曖昧な反応に疑問を覚えているとイオナ先輩が急に大声を上げた。


「あー! わかった! これあたしの魔法式だよ! どうりで見覚えがあるわけだよー」

「なんだって?」


「魔法式って例の?」


「そうそう。式がめちゃくちゃになってたからすぐに気付けなかったけど、間違いないないよ。この式はあたしのだ」


「待て待て、話しについていけない。どういうことだ?」


「いや、実はその、この間部室に盗人が侵入したみたいで、イオナ先輩のデータが盗まれたんですよ」


「そのデータがこの爆弾に使われていると?」


「俺はよくわかんないですけど、そうなんですよね、先輩?」


「そうだね。爆発範囲を広げようとしたみたいだけど、これじゃぜんぜんダメだよ。せっかくの魔法式をめちゃくちゃに改悪しちゃってるし、ちゃんと理解しないまま応用しようとして失敗しちゃった典型的な例だね」


 イオナ先輩の言葉を聞いたパトリックさんは神妙な面持ちで黙りこくってしまった。先程の曖昧な反応といいなにか思い当たる節でもあるのだろうか。


「とはいえ、爆弾の解除自体は出来たんですよね?」


「うん。こんなのやり方さえわかっちゃえば子供でもラクショーだよ」


「了解です。それじゃ、解除の仕方をプレートで皆に送りましょう」


「ういうい」

 イオナ先輩はプレートで解除方法を送る傍ら、「ところでパッちゃん」と言った。

「最近魔導具開発部の方には顔を出してるのかい?」


「ん? いや、ここ最近は生徒会の方が忙しくて顔を出せてないな。それが?」


「この爆弾、昔似たようなのを誰かが作ってたような気がしてさ」


「……魔導具開発部を疑ってるのか?」


「いやー。でもちゃんと、様子を見た方がいいと思うよ? そろそろ技科のテストもあるし、後輩の世話くらいはちゃんと見なくちゃ」


 そう言うイオナ先輩は、言外にこの爆弾を制作したのは魔導具開発部の誰かだと確信を持っていると言っているようだった。


 俺の目にはただの爆弾にしか映らないが、二人には俺が見えない何かが見えているらしい。現に、思い当たる節があるのかパトリックさんは黙りこくっている。


「…………そうだな、時間を見つけて覗いてみるよ」


 こうして、無事爆弾騒ぎは秘密裏に一応の解決を見せた。しかし、生徒会室に戻った俺達を待っていたのは神妙な面持ちの生徒会長の姿だった。

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