第31話 マッサージ屋さんで……

 生徒会の予備役となり、これまでとは一変した学生生活を送っているとはいえ、学業をおろそかにしていいわけではない。今まで通り講義に出席し、単位取得のために努力する。


 これは後になって聞いた話だが、皆の規範となるために生徒会員は高い成績も求められるらしい。更に付け加えるなら基本二回生以上で構成される生徒会に一回生で、それも特例中の特例で役員入りした俺は嫉妬の的となっている。日夜挑みかかってくる学生達の相手もしつつ生徒会の業務もこなす必要があった。疲れて疲れてしょうがない。


 今更ながらとんでもない大役を仰せつかってしまった感が否めないが、もはや逃げることは許されない。とはいえ疲れるものは疲れる。だからというわけではないが、俺の身体がマッサージ屋のベッドにあってもおかしくないのである。


「ああ~」

 なんていう気の抜けたおじさん臭い声が出てしまっても許されるというものだ。


 そもそも、なぜこんなところにいるのかというと、もはや慣れの境地に達しつつある暴動の鎮圧を終えた俺は、いつも通りリッカを伴い遅めの夕食を学生街で済ませていた。その帰り道「今日も疲れたな」なんていう会話をしつつ帰路についていると、ハッピを着た兄ちゃんがビラを配っていた。


 押しの強い彼に負けてビラを貰うと、新装オープンで今なら半額というマッサージ屋の紹介をされたのだ。それを見た瞬間、疲れのピークに達していた俺とリッカは互いの顔を見合わせ、迷うことなく入店を決めたのだ。


 仕切りで隔たれた向こう側から「あん」とか「んぅ」とか妙に艶めかしいリッカの喘ぎ声が聞こえてくるが、決して怪しい店ではない。


「あんた、生徒会の新入りだろ?」

 マッサージをしてくれている男子学生が俺に問いかける。こんなところにまで噂が広がっているのかと思いつつ俺は返事をした。


「一回生で生徒会に入るなんてそうそうあることじゃないぜ。連れの子もそうみたいだし、一体どんな手を使ったんだ?」


「どんな、と言われても成り行きとしか言えないなあ。ちょっと業務を手伝ったらあれよあれよと生徒会入りしてましたね。って言っても、俺はリッカとは違って予備役ですよ」


「予備役だろうとなんだろうと生徒会は生徒会だろ? 皆そのバッジが欲しくてたまらないんだぜ」


 生徒会所属であることを表す特別なバッジは星型をしている。役職によって色が変わり、予備役の俺は白色をしている。生徒会長を表すバッジ色は金色であり、意匠もそれ以外とは少々代わっていてわかりやすく派手になっている。


 2000人を超える学生達の中から選ばれた数十人だけが持つことを許されるこのバッジはなるほどたしかに憧れの的なのかもしれない。


 自治会を除けばこのバッジを付けているだけで学内における活動の自由度が飛躍的に跳ね上がる。それだけに、このバッジが持つ責任も相応のものとなっている。


「先輩もその口なんですか?」


「そりゃそうよ。ちょっと学園からのお使いをするだけで単位もコインもガッポガッポ。欲しくないわけがない」


 尚も「そうすりゃこんなところでアルバイトなんてする必要もないしな」なんていう先輩の言葉を聞きながら実際は休む暇もないだけどな、なんて思いつつ苦笑を浮かべる。


 フレッドもそうだったが、対外的に見た時生徒会は然程忙しくないように映るのかもしれない。そんな彼らに実際に業務をやらせてみたらなんて言うか少し気になった。


「おっと、もう時間だな。どうする、延長するか?」


「いや、もう十分リラックスできましたよ。ありがとうございました」


「そうか、そりゃよかった。これからも通ってくれよな。生徒会様特別割引で安くしてやるからよ」


「そんな、悪いですよ」


「いーんだって。生徒会の覚えがよくなれば、なんて打算だよ」


「ははっ、そうっすか。ならお言葉に甘えて」


 2000アルドコインを支払い外に出るとすでに会計を終えていたリッカが待っていた。


「悪い、待たせた」


「いえ、私も今終わったところですから」


「よかった。それにしても、マッサージヤバかったなあ。疲れた身体に染み渡ったよ」


「常連になってしまいそうで怖いです」


「だな。少なくともしばらくはお世話になるだろうな」


「こうなると、今度は温泉とか行ってみたいですね」


「温泉か。行ったが最後グデグデになってなにもやりたくなくなりそうだな」


「ふふ、かもしれませんね」


「でも、今の業務が一段落したら皆で行ってみるのもいいかもな。講義の休みが合う日に一泊二日とかで」


「なら、お泊り会もやってみたいです。私ちょっと憧れてたんですよね。他の女の子達がそういうことをやっているのは知っていたんですけど、その、相手が……」


「昔の話だ。今は同性の友達がいるんだからできるだろ。でもそうなると女子会ってことだよな。なにクソ言われるかわかんないから怖いな」


「なにも言われませんよ。それとも、言われそうなことでもしてるんですか」


「フレッドじゃあるまいし俺はなにもやってませーん」


「フレッドは悪いことばかりしてるんですか?」


「悪いことっていうか、女の尻を追いかけすぎているというか……いかんせん欲望に忠実すぎるんだよなあ。それさえなければ絶対モテただろうに」


 あいつは面もそこそこ良いし、なんでもそつなくこなすから普通に優秀なんだよな。性格も男の俺から見ても悪いところはない。欠点は一つしかないがその一つが致命的過ぎるのだ。フレッド、本当に惜しい男だ。


「でもサーシャ達は悪いことは言ってませんでしたよ? むしろ、評価してるように思えましたけど」


「そりゃそうだ。なんだかんだあいつの前では言うけど皆認めてるからな。あいつがいるから上手く回っている部分は結構ある。本当にデキた友人だよ、フレッドは」


「エルはフレッドのことが好きなんですね」


「まあな。面と向かって言うことでもないから言わんけど、親友だと思ってるよ。一緒に過ごした時間は短いけど、重要なのは長さじゃない。リッカと出会う前に色々と困難を一緒に乗り越えてきたからな。得ようと思って得られる友人じゃないのは確かだ」


 フレッドがいなければ俺の学園生活は灰色になっていたかもしれない。あいつのおかげで俺は学園生活を楽しく送れている。リッカ達のことも大切に思っているが、やはり男には気兼ねなくなんでも話せる男友達というものが必要なのだ。


「ふふ、いいですね。私もそんなお友達がほしいです」


「できるさ。リッカには良いところがいっぱいあるんだ。今はまだ出会ったばかりだからそんな風に思えないかもしれないけど、一緒に過ごす内にサーシャ達のことをそう思える日がきっとくる」


「私も、このままいけばそうなるのかなって思ってますけど、どうしても気が急いちゃって……いけませんね、こんなことじゃサーシャ達に失礼です」


「友達に失礼もなにもないさ。迷惑かけてなんぼだ。俺も相談に乗れることがあればなんでも乗るから、気兼ねなく相談してくれ」


「じゃあ早速、一つ相談してもいいですか」


「おう、なんでも相談してくれ」


「前も言いましたけど、料理の練習に付き合ってください」


「料理の練習?」


「はい。恋人ごっこをしていた時に、クロエさんやアイシャに教わっていたのを覚えてますか?」


「覚えてる覚える。今も教わってるのか?」


「はい。それの味見をしてほしいんです」


「そんなことでいいならいくらでも協力するよ」


「本当ですか? それじゃあ早速明日からお弁当を作ってくるので感想をお願いします」


「楽しみにしてるよ」


 明日から昼の楽しみが増えたことを喜びながら俺達は帰路についた。

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