第30話 犯人だーれだ
「うお、汚な!」
部室の扉を開けると、そこは汚部屋だった。なんていうどこかで目にしたような美しいフレーズを真似て、心を清らかなものにしたいレベルで部室が汚れていた。
床のあちこちに作りかけの魔道具や材料、資料や教本などの紙束が散らばっている。初めて部室を訪れた日並に部屋が汚れていた。
俺が生徒会で忙しくてちょっと来ない間に一体何があったんだ。
「おー来たかー」
部室の惨状に動じることなく空いたスペースに腰を下ろし、お茶をすすっているフレッドが言った。
「久しぶりの部室がこんなことになっていて俺は悲しみを抑えられないよ……犯人は誰だ?」
「一人しかいないに決まってるでしょ!」
床に散らばった書類を必死にかき集めて机の上に乗せるという作業をしているアイシャが言った。若干その声に怒りが含まれているように感じるのは気のせいではないだろう。
「いつからこんなことに?」
「それが、今日部室に来たらいきなりこんなことになっていて……イオナさんに聞いても知らないと……」
「それでサーシャとアイシャが一生懸命掃除してるわけか。ご愁傷様……。クロエ先輩は?」
「掃除用具の買い出し。いい機会だから収納棚買って整理整頓しようって話よ。んで? なんか話しがあるって言ってたけどなによ」
「いや……この惨状見たらまず片付けからだろ……。お前ものんきにお茶飲んでないで手伝おうぜ」
「男子は力仕事よ。紙の片付けが済んでからが出番だ」
「そういうことね」
そこで、ガララと部室の扉が開かれた。クロエ先輩だった。
「あら、来てたの」
「先輩。お久しぶりです」
「そうね。最近は生徒会にかかりきりだったものね。寂しかったのよ?」
「ははは、すんません」
先輩の後ろでは小さなパペットロープ達が協力して収納棚を一生懸命運んでいた。よちよちと先輩の後ろをついて歩く様はとても微笑ましい。
「棚を買ってきたのだけど、まだ置く場所はなさそうね」
「ごめんなさーい。今置くスペース作るのでちょっと待っててください」
「私も手伝うわ、アイシャ」
俺の知らぬ間にアイシャとクロエ先輩はずいぶんと仲がよくなっているようだった。なんだかんだ世話焼きな者同士通ずるところがあったのだろう。
「こっちはいいとして……」
部室の惨状を引き起こした犯人と思しき人物に目をやると、奥の機巧人形が置かれたスペースであれでもないこれでもないと次から次へと紙を拾っては放り投げてを繰り返していた。その度に片付けるアイシャのこめかみに青筋が浮かんでいるのだが、本人はまったく気付いていない様子だった。
「ない……ない……なーい! あたしの大事なデータがないよう! 盗まれたんだー!」
イオナ先輩は一際大きく紙束を宙に放り投げ、紙吹雪を演出した。ピキ、という音がアイシャから聞こえた気がした。
「いい加減にしてください! イオナ先輩ズボラにも程がありますよ!」
「だってないんだもん! 大事な研究データがなーい! 絶対盗まれたんだよー!」
「はいはいそうですね。片付けている内に見つかりますから先輩も手伝ってください!」
「うー! あたしが汚したんじゃないのにー!」
「先輩以外誰が汚すんですか。鍵だってかかってたのに」
「うぅ……だってやってないもん! あたしじゃないもん!」
「ま、まあまあ、ここまで違うって言ってるんだ。イオナ先輩がやったと決めつけるのはよくない」
このままでは先輩がべそをかきそうな勢いだったので割って入る。とはいえ、鍵がかかっていたのなら犯人は部室の鍵を所持しているこの中にいるということになるのだが、犯人探しで嫌な空気になるのは望ましくない。ここは外部に犯人がいるという方向に持っていこう。
「俺達以外で鍵持ってる人っているんですか?」
「えーと、学園でしょー、生徒会でしょー、自治会でしょー、後は退部しちゃった人も持ってるかも。学園に鍵返してなかったら持ってるはず」
犯人候補多すぎだろ。なんてツッコミは心の中で済ませてあくまで話しを聞くに留める。
「なんか荒らされる原因に心当たりあります?」
「研究データだよ! もう少ししたら発表会があるから焦ってる人が盗みにきたんだよ!」
うーん……これはいよいよ本当に外部の犯行である可能性が出てきたな。普通に考えて俺達が部室を荒らすメリットなんてどこにもない。一方、外部の人間からしたらイオナ先輩の研究データは垂涎物なのかもしれない。
「え、私達以外にも鍵持ってる人いたんですか?」
「いるよー。それなのにアイシャちゃんはあたしを犯人扱いするんだー! エルくんたしけてー」
わざとらしくよよよと俺にしなだれかかってくる先輩。普段であれば威嚇の一つもする場面だが、ここは分が悪かった。アイシャは素直に「ごめんなさい」と謝るしかない。
「わかればいいんだよ!」
一転、謝罪を聞いた先輩は偉そうに豊かな胸を大きく張った。張る胸のないアイシャは血の涙を流しながらそれを見ていたが、悪いのはアイシャなのでなにも言えなかった。
「でも、マジでやばいんでないのーそれ?」
「犯人さんがいるとしたら大変ですねえ。部室の鍵を変えないと」
「魔法がある以上あまり効果的ではないわね。面倒だけど、しばらくの間はトラップでも仕掛けておいた方がいいわ」
たしかに、魔法があれば扉一枚どうということなく突破できてしまう。事実、ワイルドバンチの根城に潜入した時上級生が使用した魔法で扉をロックされてしまった。あれと反対のことができるとするならば、トラップを仕掛けた方が建設的だ。
「面倒だけどそうするしかないねー。どうしようかなー。なんのトラップ仕掛けようかな」
トリモチトラップだの火炙りトラップだの恐ろしい罠をブツブツ呟くイオナ先輩を尻目に、俺も部室の清掃に加わった。
そうして、無事清掃プラス整理整頓が終わり、ようやく俺は本題を切り出した。
「最近、俺が生徒会の手伝いをしているのは皆も知っていると思う。各地で暴動が起きててそれの鎮圧を手伝ってるんだけど、ぜんぜん手が足りないんだ。だから、皆にもその手伝いをお願いしたいんだ」
今日は休みを貰ったから呼び出しはないが、リッカはきっと今も働いているはずだ。救援要請自体は今日も何件かプレートに入っていたのを確認している。
「それは構わないけれど、扱いとしてはどうなるのかしら? まさか私達も生徒会の予備役になるというわけでもないでしょう?」
「とりあえず今回の騒動が収まるまでの特別役員って扱いらしいです。あくまでボランティアなので学園からのインセンティブとかは正式な役員に比べると劣るらしいです」
「マジかよー。俺ちゃんもちゃっかり楽して単位ゲッチュできるかと思ったのに」
「それがそうとも限らんわけだ。楽じゃないからこうして手伝いをお願いしてるんだ」
「でも対人間相手に魔法を使える機会が増えるわけでしょ? 今後のことを考えると私は手伝ってもいいかな」
「あまりお役に立てないかもしれませんが、私もお手伝いします」
「イオナ先輩は?」
「んー。どうしようっかな。データ紛失しちゃったしなあ…………まあ、面白そうだからいいか! あたしも手伝うよ。研究も急いでるわけじゃないしねー」
「ありがとうございます。後はフレッドだな」
「わーった。わーったよ。俺ちゃんも手伝えばいいんだろ。ただし、俺もそこまで暇じゃないからいつでも手伝えるってわけじゃないのは覚えておいてくれ」
「ありがとう。暇な時でぜんぜん構わない」
「へいへい」
「……でも、ホントにデータ盗んだの誰なのかな」
イオナ先輩の呟きに全員が黙り込む。結局、部室を全部ひっくり返して探したが先輩の言う研究データは見つからなかった。こうなると、本当に誰かが盗んだということになるのだが、なまじ現在の忙しさを知っているから、うかつに生徒会に頼む気にもならない。
迷宮入りさせるつもりはないが、それでも根が深い問題であることは間違いないだろう。
とはいえ、それに目をつむれば後はいつも通りの放課後だ。お茶飲みながら談笑し、時間が来れば寮に帰る。ここのとこ生徒会が忙しかったからこんな日常が新鮮だった。
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