第29話 新たな波乱への1ページ
初の大規模チーム戦を勝利に終えた日から数日、俺達は放課後ショコラにてつかの間の休息をとっていた。なにも問題のない、平和な学生生活の1ページである。
「あー今日も講義ダルかった~」
そんなことを言いながらテーブルに突っ伏すフレッド。
「単位不足も解消できたし、後は順当に講義を受けて期末試験に備えるだけね」
なんていう、学生にとって最も頭の痛い問題を突きつけるクロエ先輩。それに対して各々が反応を返す。
本当に、平穏だった。しかし、それが見かけだけのものに過ぎないと知るのは、これから数時間後の出来事だった。
しばらく取り留めのない話しをして、途中リッカが生徒会に呼び出され抜けると、自然皆も長居することなく寮に戻る流れになった。当然フレッドも俺と一緒に戻るものだとばかり思ったのだが、用事があると言って別行動をとることになった。
一人でご飯を作って食べるのも面倒だったので、学生街でなにか食べて帰ろうかなと思ったところ、リッカから生徒会に来てほしいという連絡がきた。
断る理由もないので生徒会室に向かうと、室内には何人か見知った顔がいた。
勧誘会の時にお世話になったウルナさん、誤認逮捕された時にいたシャオロンさん、生徒会長のウィリアムさん、リッカ、後もう一人緑髪の見たことのない人がいた。ピンバッジに会計と書いているから、生徒会の会計の人なのだろう。
「おや、アテがあるというのは彼のことだったのか。集中講義ぶりだね。身体の方はもう大丈夫なのかな? エル君」
爽やかな笑みと共に言う生徒会長に「おかげさまで」と返す。そのまま促されるままリッカの隣の席に腰を下ろす。
「あの、俺なんで呼び出されたのかわからないんですけど、説明してもらっても?」
「ああ、今から説明するよ。皆も確認の意味でもう一度聞いてほしい。ウルナ君」
「はい」
ウルナさんがホワイトボードの前に移動する。よく見ると、彼女のピンバッジには書紀と書いてあった。
「3週間ほど前から学内で暴動が発生している。暴動の内容は多岐に渡るのでここでは説明しないが、ある一点だけ共通点がある。それは、暴動を行っている人物は全員『ロストリグレット』というクランに所属している点だ」
いつだったかにフレッドが言っていたやつか。勝手に解決したものだとばかり思っていたが、まだ続いているのか。
「犯人がわかっているのならそのクランを取り締まっちゃえばいんじゃないですか?」
名案だと思った俺の発言にしかし、生徒会の面々は渋い顔をした。
「事はそう簡単ではなくてね。生徒会といっても万能じゃないんだ。我々の一存でクランを潰すことはできないんだ。だから、暴動が起こればそれを止めて、暴動を起こした犯人を取り締まる。そんな対処療法のようなことしかできないんだ。現状の制度ではなにもやっていない学生を取り締まることはできない」
「そうだったんですね。すいません、余計な口を挟みました」
「いや、いいんだ。意見を出してくれることはありがたい。さて、説明の続きだが、前例を見ていくとこうした活動を行う背景には学生生活における不満の表明があるものなのだが、彼らにはそれがない。つまり、ただ暴れているだけなんだ。だからこちらとしても困っているんだ。しかし彼らにばかり構っていると生徒会の通常業務が回らなくなってしまう。そこで、外部の学生に手伝いを申し出ることになった。エル君はその第一号だ」
「責任重大っすね」
「なに、そう肩に力を入れる必要はない。生徒会の手伝いをしていれば学園からの覚えもよくなる。君はカナン戦に出場するんだろう? リッカ君から聞いているよ。他の学生よりも一歩有利になる。申し出、受けてくれるね?」
「一つだけお願いがあります」
「お願い?」
「会長は学内最強なんですよね。俺に稽古をつけてください」
「……ふむ。いいだろう。君の働き次第で考えよう」
「ありがとうございます!」
話しがまとまったところで、俺以外のプレートが鳴った。どうやら生徒会に救援を求めた人がいるらしい。
「また暴動が発生したようだ。ちょうどいい。エル君と私とリッカ君で鎮圧に向かう。皆は通常業務と平行して対策案を練っていてくれ。さあ、行こうか」
いきなりのことにまだ心の準備が整っていないが、状況がそれを許さない。先導する会長の後をリッカと共に追う。
暴動は演習場で発生していた。申請を行わなくても自由に魔法の練習が行える演習場の施設を破壊して回っている学生がいた。
「あの程度なら君達二人でなんとかなるだろう。私は周辺の避難を行う」
「やるか、リッカ」
「エルは足を止めてくれ。私が気絶させる」
「りょーかい。パラライズ!」
施設破壊に夢中になってガラ空きの背中にパラライズを撃ち込む。痺れて動けないところをリッカが鞘に入れたままの刀を首元に打ち付け気絶させる。なんのこともない。すぐに犯人確保だった。
「なんだかあっけなさ過ぎて拍子抜けだな」
「一つ一つはな。1回では終わらないんだ。ほら、また別の場所で暴動発生だ」
リッカのプレートが鳴る。見ると、今度は学生街から救援要請がでていた。
「……そういうことか」
「わかってくれたか。それじゃ次に向かおう」
戦闘とも呼べない軽い小競り合いをして犯人を確保し、また次の現場に向かって同じことをする。そんなことを繰り返していると、生徒会室に戻る頃にはすっかりと日が暮れていた。
生徒会室には他のメンバーの姿はなく、一緒に戻ってきた会長は俺のプレートを持ってどこかへ行ってしまった。
「つ、疲れた~」
リッカ以外誰もいないし、机に突っ伏すくらい許されるだろう。正味戦闘時間よりも移動時間の方が長かったまである。しかも、相手が強いかもしれないという可能性を排除できないから常に気を張ったままだった。身体の疲れよりも、精神的な疲れのが勝っている。
「お疲れ様」
コトリ、と俺の名前に湯気の立つ湯呑をリッカが置いてくれた。熱い緑茶だ。すすって飲み込むと、疲れが少し溶けるようだった。
「癒やされるなあ」
再びお茶をすすり、リッカに「いつもこんなことをやってたのか?」と問う。
「ここ最近はずっとそうだ。早く収まってくれるといいんだが……」
「原因がはっきりしないってのがなあ」
ここで、二人っきりだった生徒会室に会長が入ってきた。慌てて姿勢を正す。
「お待たせ。君のプレートの機能を解禁してきたよ」
「なんの話しですか?」
「生徒会専用の通信コードがあるんだ。さっき役員全員のプレートに連絡がきていただろう? 通常はロックされているんだが、解除すると学生達からの救援連絡が届くようになるんだ。つまり――」
「つまり?」
「君も生徒会の仲間入りということさ」
「マジすか?」
「本当さ。予備役みたいなものだが、特別補佐という役職もついているよ。これによって、学内の揉め事を解決する度に学園からインセンティブを得られるようになる」
「俺が生徒会か……なんか信じられないな」
生徒会といえば入りたくても入れない高嶺の花のような存在だ。それに予備役とはいえ俺が所属することになるなんて夢にも思わなかった。
「エル君がなにか不祥事を起こしてしまうと推薦したリッカ君にも責を負ってもらうことになるからね。気をつけるように……とはいえ、君なら大丈夫だと信じているよ」
「推薦したとはいえ、まさかこうまでトントン拍子にいくとは思わなかったよ」
「今後は、基本的には君達二人で行動してもらうことになる。気心の知れた者同士その方がいいだろう。なにかわからないことがあればすぐに上級生に質問するといい」
「わかりました」
「今日はこれで終わりだ。すでにエル君のプレートに今日の分のインセンティブが入っている。それで美味しい物でも食べるといい。リッカ君ももう上がっていいよ」
プレートを確認すると、確かにアルドコインが増えていた。なんて有り難い制度なんだ。皆が生徒会に入りたがる理由が少しわかった。
「それじゃ、お疲れ様でした」
「お先に失礼します」
「明日以降もよろしく頼むよ」
会長に頭を下げ、生徒会室を後にする。途端、喜びが湧き上がってきた。
「改めて、俺が生徒会の一員になっただなんて信じられないな」
「その、迷惑ではありませんでしたか? 説明もないままにいきなりこんなことになってしまって……」
職務が終わり、二人きりになったことでリッカの口調が変わる。この変化にもそろそろ慣れてきた。
「最初はびっくりしたけど、むしろ有り難い結果になったよ」
「私もまさかいきなり予備役に抜擢されるなんて思わなくて……」
「珍しいことなのか?」
「はい。とても珍しいことです。通常生徒会に所属するには役員の推薦と実力テスト、会長の承認が必要なんです」
「テストなんてなかったよな?」
「はい。たぶん、集中講義でロベッタさん相手に戦っていたのを会長も見ていたので、実力十分と判断されたんだと思います。でもまさか、いきなり所属することになるなんて」
「ロベッタ姉さんに感謝するところなのかもしれないけど、なんだか素直に感謝できないな……」
「そうですか? 私はよかったと思いますけど。おかげでエルとも仲良くなれましたし」
「そう言われると確かになあ。出会いからここまですごい駆け足だったよな」
「ですね。私の誤認逮捕から始まって、集中講義、そしてあの一件を経て、ですからね」
「あのって言うほど前の出来事じゃないんだけどな。一つ一つの密度が濃いから過去形になる気持ちわかるよ。ジョージの件は大変だったけどな」
「そうですね。でも、私は楽しかったですけどね、恋人ごっこ」
「確かに。何回か本気で惚れそうになって大変だったよ」
「私のこと、好きになってもいいんですよ?」
「たちの悪い冗談はやめなさい」
「むぅ……冗談ときましたか。まあいいです。これからもよろしくお願いしますね、エル」
「こちらこそ。さ、飯でも食って帰るか」
「そうしましょうか」
これが、第1回目の暴動鎮圧の一幕。翌日以降も、俺は何度も生徒会の手伝いに駆り出されることになり、その度に学園からのインセンティブを得た。おかげで、アルドコインも単位もだいぶ潤沢になった。
とはいえ、生徒会に手が足りない現状に変わりはなかった。そこで、俺は生徒会長に外部からの手伝い増員を申し出た。メンバーはもちろん俺の友人達だ。仲間達に参加の有無を確認するため部室へと向かった俺を待ち受けていたのは新たな波乱への1ページだった。
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