第28話 ダイハード
バカとなんとかは高いところが好きとはいうが、まさかあんな目立つ場所にいるとは思わなかった。
俺とフレッドがいる場所、つまりは最北端。ここは開始地点から最も遠い場所だ。ここら辺のフィールドは1つの大きな時計塔の周りに模擬住宅が密集している。
さて、ここでいう時計塔というのが問題だ。まるでピサの斜塔のごとくそびえ立つその塔の頂にジョージはいた。さながら気分はラスボスかなにかなのだろう。尊大な格好でふんぞり返っていて、その周囲には4人の学生がいた。護衛であり、彼らこそが実質的なジョージの最大戦力なのだろう。強者感が出ている。
「つかぬことを聞くがお前空飛ぶ系のスキル持ってたりしない?」
塔を見上げて、ものすごく嫌そうな顔をしたフレッドが言った。
「心の底から残念だけどない」
と、いうことは、このバカ高い塔の階段を一段一段丁寧に登り、ジョージのいる場所へと向かわなければいけないということだ。
この時ほどクロエ先輩のレガルを恋しく思ったことはない。あの機巧人形の力ならば塔ごとジョージを粉砕することができるだろう。改めて思うがレガルの力って反則だな。
「いい眺めだな。まるで豆粒のようだ! 愚民はあくせくと階段を登ってくることだな!」
なんだかギャーギャーと騒いでいる奴がいるが、その内容は俺達の耳には入ってこない。登る前から気疲れしている俺達はため息一つ、いよいよ階段へと足を踏み出した。
「煙草吸ってたら終わってたな、こりゃ」
玉のような汗を額に浮かべたフレッドが言った。気温の高い今日、ひたすらに長い階段を登るのは苦行だった。
「健康が一番だと痛感しているよ。普段から走り込みしててよかった」
「お前そんなことしてたのか」
「少しでも強くなるためにな。体力はいくらあっても足りないさ」
「向上心の塊みてえな人間だな」
「そんなこと言って、お前だって隠れてコソコソ訓練してるの知ってるんだぞ」
「バッカ、お前それは言わない約束だろ? こういうのは表に出さないからこそ格好いいってもんよ」
「どうだかな」
「窮地に陥ったヒロイン。そこに颯爽と現れる俺ちゃん。キャー抱いて! これこそ理想のシチュエーションよ」
「言ってろ。右と左、どっちをやる?」
緩み始めた会話の流れを引き締める。ジョージが周囲を固めているだけに4人共それなりの実力者であることは疑いようがない。ふざけるのはこの辺までだ。
「どっちでもー。やるこた変わんねえだろ。それより、お互いのカバーのが大事だ」
「じゃあ俺が右をやるよ。適宜カバーしていこう」
「りょーかい。ほんじゃま、行くとしますかね」
重たい鉄扉に手をかける。ギイという錆びついた音と共に扉が開かれると、眼前にはジョージ達の姿があった。
「よく来たな愚民。まずは逃げなかったことを褒めてやろう」
「今度は愚民ときたか。こいつキャラ安定しねえな。そう思わんかねエルさんや」
「いやまったくそう思う。こいつ実は宇宙人なんじゃないのか」
「おまけに卑怯だしな」
「ついでにゲスも追加しておいてくれ」
顔をゆでダコのように真っ赤にしてぷるぷると震えるジョージに俺達はまだまだ口撃する。追撃に次ぐ追撃である。
「冷静に考えてよ、こんな大人数が見てる前で卑怯な手を使うとか神経疑うよな」
「自分から喧嘩売ってきてこれはないよな、常識的に」
「これで負けてみろ、俺なら自殺を選んじゃうね」
「…………絶対に許さん! お前ら殺してやる!」
「おー吠える吠える。自分じゃなにもできないのによー言うぜ」
「別に許してもらおうとも思わないし、そもそもその言葉はこっちのものだ」
「ぐっ……! この……! もう本当に許さんからな! 泣いて謝っても許さん!」
とんでもない三下感を出しているジョージだが、一連の出来事はすべて魔水晶を通してリアルタイムで観客に中継されている。
「うーし、戦闘前のやり取りはこんなもんでいいだろ。そろそろやるぞ」
「だな。予定通り俺が右、フレッドが左で」
剣を正眼に構える。俺の相手となるのは薙刀を持った女学生と槍持ちの男子学生。二人共レンジが中距離だから戦いづらそうだ。
対するフレッドの相手はオーソドックスな剣持ちとハンドガンタイプの魔道具を持った男女のコンビだった。
近くで見るとわかる。わざわざ護衛としてジョージが侍らせるだけの実力はありそうだった。残念だけど、お互いあまりカバーしている余裕はなさそうだな。武器の相性もお世辞にもいいとは言い難い。
「いけるか?」
「いつでも」
「ワン、ツー、スリー!」
俺の合図に合わせてフレッドが水弾をばら撒き、固まっていた相手を散らす。
狙い通りに二人セットで分かれた右にワンチャンを狙って突っ込む。無謀だが、あの手の中距離タイプは一度相手の距離に持ち込まれたら態勢を崩すのが一苦労だからだ。
「ふっ!」
薙刀持ちの方に斬りかかるも、文字通り横から横槍を入れられた。寸でのところで俺の一撃は防がれ、それだけでなく怪力で放り投げられてしまった。
完璧に避けたかった相手のレンジになってしまった。さて、ここからどう挽回するか。
「っと!」
考えている余裕などなかった。二人は恋人なのか知らんが息の合ったコンビネーションでこちらを攻め立ててきた。
槍を防げば薙刀が、薙刀を防げば槍が飛んでくる。防戦一方だった。だが、不思議と負ける気はしなかった。
彼らも一回生の中では強い方なのは間違いない。しかし、俺だって伊達に上級生ばかり相手に戦ってきたわけではない。これまでの経験が活きている。攻撃の一つ一つがしっかりと見えている。だから、一発も食らうことなく防ぐことができている。
焦る必要はない。慎重に、慎重に相手が消耗するのを待ち、決定的な隙を狙う。
「――ここだ!」
真下からのすくい上げ。一瞬の間隙を狙って行われた一撃は狙い通り槍を弾き飛ばすことに成功した。たじろぐ相手の懐に潜り込み、渾身の一撃を叩き込む。
「後一人!」
1対1の状況に持ち込むことができたらもう負ける要素はどこにもない。普通に斬撃をいなし、的確なタイミングで灯火をぶち込む。
俺の方は片付いた。後はフレッドの方だが――。
「お二人さんや、なんかおかしいと思わないかい?」
相手と距離を取ったフレッドがおもむろに口を開いた。
「辺りは水浸し、お二人さんも水浸し。そして俺ちゃんは離れた位置にいる」
フレッドはゴソゴソとポケットを弄ってあるマジックアイテムを取り出した。それを見た瞬間、俺はフレッドがなにをやろうとしているのかを察した。そして巻き添えを喰わないように静かに敵二人から距離を取り始めた。
「んでもってだ。水ってのは雷をよーく通すよな。そんじゃま、これでバトルはお開きだ」
フレッドはポイッと、発動させたマジックアイテムを地面に放り投げた。途端に地面を伝って強烈な雷が二人の身を焼いた。
「勉強になったろ。授業料は後払いでいいぜえ」
「ナイスファイト」
「そっちこそ」
軽いハイタッチを交わす。護衛がいなくなってしまえば後はもう消化試合みたいなものだ。余裕をかます余裕があるレベルで余裕だ。
「さーてどう料理してやろうかね」
「普段なら悪趣味なことを言うなと言うところだけど、今回ばかりはなにも言わない。アイリの恨み晴らさずにおくものか」
コキコキと首を鳴らしながら、恐怖を煽るためにゆっくりと近づいていく。「ヒッ」とか言っているが知ったことではない。自業自得である。
「く、来るな! 俺に攻撃したら爆発するぞ!」
「あ~ん? この期に及んでまだ口からでまかせか? いい加減素直に負けを認めろよ。今なら1、2発殴るくらいでエルも許してくれんだろ」
「こ、これを見てもそんなことが言えるかな?」
ジョージは背負っていたリュックからどうみても爆弾ですという見た目をしたマジックアイテムを取り出して抱きかかえた。
「本当に往生際の悪い奴だな。ほとほと見下げて果てたよ」
爆弾を見せられたからといって歩みを止めることはない。
「こ、これがなにかわからないのか!? 爆弾だぞ! 爆弾!」
「だからどうした。爆発させたければすればいいだろう。その時はお前も一緒にくたばるだけだ」
「う、うぬ……くそ……!」
歩みは止めない。ひたすらにゆっくりと近づいていく。
「あ…………ゆ……して……くだ……い」
俺が眼前に立った段になって、ジョージはか細い声で何事か呟き始めた。次第にその声は大きくなり、遂にはみっともなく涙と鼻水を垂らして大声になった。
「許じでくだざい! オデがわるがっだでず!」
「いいや許さない。地獄でアイリに謝れクソッタレ」
剣なんて上等な物を使ってやるものか。こいつには拳で十分だ。
「歯ぁ食いしばれ」
「ヒァ……!」
固く握りしめた拳を振り上げる。身体中のバネを使って渾身の一撃をクソッタレの頬にぶち込む。
「ぶべらぁ!」
ズザアっと地べたを擦って転がったジョージに馬乗りになり、何度も何度も拳を振り下ろす。
「ゆ! ゆる! ゆるじで! あやばるから!」
「誰に?」
「お、お前に!」
再び拳を振り下ろす作業に戻る。
「謝る! 相手が! 違うだろうがぁ! リッカとアイリに謝れ!」
「ごべ! ごべんなさ!」
「ほいストップだ。その辺にしておこうぜ。それ以上は反則食らっちまう」
振り上げた拳がフレッドに止められる。正直まだ殴りたりなかったが、これ以上やってしまうとフレッドの言う通り私闘扱いになって反則になってしまう。
「よーし、女性陣もご到着みたいだぜ。下で待ってるってよ」
「じゃこいつ連れて下に降りようか」
触りたくないけど、まだ気絶もギブアップもしてないから一応試合は続いている。こいつの処遇を下で皆と話し合わねば。
「おい、ギブアップするなら今の内だぞ。今ならこわーいお姉さま方もいないぜえ」
なんていうフレッドの優しい言葉を聞いてか聞かずか、ジョージは壊れたような笑みを浮かべ始めた。
「ふへ……ふへへ……もう、どうにでもなれ……イヒヒ」
「おいどうしたよ。壊れたか?」
「なんだろう。とっても嫌な予感がする」
のそのそと起き上がったジョージはゆらりゆらりと歩き始めた。ある物目掛けて。
「やべえ! 爆弾だ! 止めろ!」
「イヒヒ……もう遅い、ふへひ」
気付いた時にはもう手遅れだった。ジョージは時限爆弾を起動させた後だった。
「ちくしょうホントクソ野郎だな! ろくなことしねえ! どーするよエル、今から階段下りてたら建物の下敷きだ!」
「どうするもこうするも飛び降りるしかないだろ!」
縁に立ち、下を見下ろすと地面がとんでもなく遠かった。これプレートの絶対防御でも無理なんじゃ……。
『もしもしエル? そんなところに立ってどうしたの?』
アイシャのからの通話だった。
「ジョージのクソ野郎が爆弾起動させたんだ! 今から階段下りてちゃ建物の下敷きだ!」
『飛び降りるつもり!? 無茶だよ! 絶対防御だって応急処置なんだよ?』
「やってみなきゃわからん」
少しでも生存率を上げるために消火用のホースを俺とフレッドの腰に巻く。なんかどこかの映画のワンシーンで見た気がするが、たしかこれやった主人公は生き残ってたはずだ。
『待ちなさい。サーシャと私のレガルで受け止めるわ。そこ目掛けて飛んで』
「神様仏様クロエ様サーシャ様。ついでにレガル様。俺達を優しく受け止めてくれー」
「バカ言ってないで覚悟決めろ。3、2、1で飛び降りるぞ!」
「あーこんなことなら彼女作っとけばよかった」
「まだくたばるって決まってない! 3、2、1!」
宙に身を投げる。途端に背後で轟音が響き渡った。爆弾が起動したのだ。
「うひゃああああああああああああ!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
とんでもないスピードで落下し続ける俺達にも終わりはあった。消火用ホースが伸び切り、ガクンという衝撃と共に一時的に宙ぶらりんの状態になる。しかしそれも一瞬のことで、すぐにまた落下が始まる。
「あああああああああああああ!」
「おたすけえええええええ!」
「キューブ!」
「ぶはぁ!」
「っつつ……助かった、のか?」
どうやらサーシャの魔法で生み出された見えない足場のおかげで俺達は地面とキスする事態は回避できたようだ。しかし、依然として高所にいることに変わりはなく、高所恐怖症の俺にはキツイ状況が続いている。
「手を伸ばすからそこに飛び降りなさい」
言葉通り、クロエ先輩はレガルの手を伸ばしてくれた。また飛び降りることになるが、さっきよりは目標地点が目に見えるだけ遥かにマシだ。
レガルの手に乗り、ゆっくりと地面が近づいてくる。こんなにも地面が恋しく思ったのは初めてだ。
「死ぬかと思ったぜ……」
「俺なんて高所恐怖症なのにここ最近だけで2回も高所から落ちてるぞ……」
「お互い次がないことを祈ろうぜ……」
とはいえ、これで終わりだろう。直に試合終了のブザーがなるはずだ。
そう思ったのだが、待てど暮らせどいつまで経ってもブザーが鳴らなかった。
「変だな。誰かまだ生き残りがいるのか?」
皆の顔を見るも、誰しもが疑問を浮かべるだけだった。
プレートで生き残りを確認しようとしたその時だった。崩壊した時計塔の瓦礫の中から一人の学生が這い出てきた。その学生とは――。
「ゲッ……ゴキブリみてえな生命力してんな」
ジョージだった。彼はボロボロになりながらも、未だ意識を失うことなくフラフラと立ち上がった。
「しぶとすぎるだろ……しょうがないな、俺が止めを刺してくるよ」
そう言って前に出ようとした俺をリッカが制した。
「いや、私が引導を渡す。元より私が蒔いた種だ」
刀を片手にリッカはジョージに近づいていく。
「最初から、こうしていればよかったんだ。私がはっきりとした態度を見せていれば、こんなことにはならなかった」
「リ……リッカちゃ――」
「私は、貴方のような人は嫌いだ」
雷光一閃。刀身から発せられた雷撃がジョージの身体を襲った。
「ふう、スッキリした」
試合終了のブザーが鳴った。こうして、嘘から始まったいじめ撲滅活動は幕を閉じた。流石にここまでの醜態を晒せばいかなジョージといえど大人しくすることだろう。俺達の仲もより一層深まり、終わってみれば必要な出来事だったのかな、なんてすら思える。
これで平穏は取り戻せた。これからはいつも通り学友達と切磋琢磨し、ロードオブカナンでの優勝を目指すだけだ。そんな考えはしかし、この後起こる事件で露の如く霧散することになる。俺の学生生活はなぜこんなにも波乱に満ちているのだろう。
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