第22話 ビラが撒かれて……

 翌日、寮を出て教室を目指す俺とフレッドに、というか主に俺に、街行く人々の好奇の視線が突き刺さっていた。


「なんだ。なんでこんなに見てくるんだ?」

「ワイルドバンチとやり合った直後並だな、こりゃ。お前またなんかやったか?」

「ほぼ一緒にいるお前がよく知ってることだろ。なんもやってないよ」


 どこにも思い当たる節がない。なにかあるとすれば昨日のラブラブお弁当作戦くらいだが、あんなものは昼時になればそこかしこで行われていることだ。俺がやったからといってこんなにも好奇の視線に晒される覚えはない。


「しゃーない。ちょっち調べてやるよ。今日はショコラで集まる日だから、それまでに調べておくよ」


 ということで、昨日と同じように嫌がらせを受けながら講義を受け、昼はラブラブお弁当作戦を行い放課後になった。


 ショコラに向かうと、すでに俺とリッカを除くメンバーが集合していた。なにやら頭を悩ませている様子だった。なにかよくないことでもあったのだろうか。


「お待たせ。皆してどうしたんだ?」

 俺の言葉に何かを返すことはなく、代わりにフレッドが一枚の紙を差し出してきた。

「なんだこれ?」

「いいから見てみろ」


 不審に思いながら中身に目を通すと、ちょっと見過ごせない内容が書かれていた。見出しはこうだ。「エルクランの闇を暴く」そう書かれた一枚のビラには、俺達のことをあることないこと悪く書いてあった。


 曰くハーレムを築いているだの、マッチポンプで上級生に勝っただの、壊れた魔導具を高値で売りつけてるだの、七大魔導公爵家を騙る偽物だの、女装癖のある変態がいるのだの、女を襲っただのとにかくいろいろ書いてある。


「どこでこれを?」

「学園中にバラまかれてるよ。掲示板にも貼られてるし、そこらで号外みたいに宙を舞ってる。むしろなんでお前は気付かないんだ。鈍感にも程があるぞ」

「ぜんぜん気付かなかった。バラまいてる奴に話は聞いたのか?」


「もち。これをその辺にバラまけって言われただけだとさ。金で雇われた無関係の奴だ。誰に頼まれたか一応探ったけど、巧妙に細分化されててわかんなかった」

「そうか。しかし、規模がデカくなってきたな。こんだけ派手にやってくるとは思わなかった。ごめん、皆にも迷惑かけてる」


「それは今更ってやつだーな。むしろ、ここまでやってくれるとこっちとしても気が楽だ」

「手加減の必要がなくなったわね。いっそ清々しいわ」

「後はどうやってやり返すかだね」


 アイシャの言葉に全員が頭を悩ませる。間違っても陰湿なことをやられたから陰湿なことでやり返す、なんてことはしたくない。それでは俺達まであいつと同レベルになってしまう。やるなら正々堂々、正面からやり返したい。


「やっぱり、単位争奪戦でしょうか」

「だろうねー。ウチの学園で正々堂々やり返すっていったらそれしかないっしょ」

「問題は今この状況で単位争奪戦を挑んでも、周囲から見たらただの私怨で挑んだとしか思われないということだ」

「なんとかして相手から挑んでくれる状況がつくれないもんかねえ」


 会議が停滞し始めた頃になって、ちょうどよくリッカが遅れてやってきた。


「すまない、待たせた。生徒会に寄っていた」

「お疲れちゃーん。このビラは知っとるかい?」

「ビラ? なんのことだ?」

「わお、ここにも鈍感ちゃんがいたとは。まー見てみろよ」


 ビラを受け取ったリッカは、内容を読むにつれ徐々に身体をぷるぷるさせていった。


「なんだこれは! 酷すぎる!」

「それが学内のいたる所にバラまかれてるんだわ。いやーまいったね」

「ヘラヘラしている場合じゃないだろう!」

「まー落ち着けって。こういうのは焦ってもしょうがないのさ。見ろ、俺ら誰一人として焦ってないだろ?」


「なんでそんなに落ち着いていられるんだ! ここまで自分達を貶されておいて……貴方方にはプライドがないのか!」

「あるさ。だけど、怒ってジョージと同じことをやってしまったら、それこそ自分を貶めることになっちゃうだろ? 冷静になれ、リッカ。ほら、深呼吸だ」

「だからと言って……!」


「肩の力を抜きなさい。今からそんな調子だと本番で力を出せないわよ?」

「ほらほら目がこーんなになっちゃってるよー。せっかくの美人が台無しだー。笑顔笑顔」

「…………ふぅ」

「落ち着いたか?」

「ええ。すまない、独りよがりだった。それで? 落ち着いているからにはなにか案があるのだろう?」


「待ちの一手だ。やり返す時がくるとしたら、それは奴が単位争奪戦を挑んできた時だ」

「そんなことでやり返したことになるのか?」

「こんだけ派手に悪口言ってくれてるんだ。やるってなったらとーぜん野次馬は湧くだろうさ。広告宣伝費をあっちが勝手に持ってくれてるみてーなもんだ。ありがてえぜ」


「なるほど。衆人環視の中で無様な姿を晒させる、ということか」

「そゆこと。それまではなにをされても耐えましょー。手が出そうになったら誰かが止める。オーケー?」

「わかった。悔しいが、今は我慢する」


 なんていうやり取りをして数日経った今日、俺は基礎魔法学の講義を受けていた。今日の講義内容は実戦演習らしい。のだが、皆の姿が演習場になかった。


 フレッドは今日はサボると事前に言っていたからいなくても不思議ではないのだが、アイシャやサーシャ、それにリッカの姿までもがない。真面目な3人がサボるとは考えにくい。なにかあったのだろうか。


「さあ、今日はより実戦に近い形で単位争奪戦の練習をしますよ~。各自チームを組んでください。上限は6人までです~」


 よりにもよってチームか。まいったな。これだけ悪評を立てられた今、見ず知らずの人間に声をかけたところで果たしてチームを組んでくれるかどうか。とりあえず声だけでもかけてみるか。


「俺も混ぜてくれないか?」

「いいぜ。っとその前に、お前、エルか?」

「そうだけど?」

「……悪いが他をあたってくれ」


 悪あがきで人数上限を満たしていないチームに声をかけてみたけど、どこもこれだ。最初はオーケーしてくれるけど、俺がエルだとわかると途端に態度を変える。


「よお、一人ぼっちみたいだなあ、エル君」

 寂しさに黄昏れている俺に声をかける者がいた。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたそいつはすでに5人チームを組んでいた。

「……ジョージか。なんの用だ?」


「寂しそうだなあ。ん? 誰も組んでくれる人がいないのかなあ?」

「誰のせいでこんな状況になったと思ってるんだ」

「なんのことかさっぱりだなあ。お前一言すいません、一人は嫌なんですと言えばチームに入れてやらんこともないぞ? ん? ほらほら言ってみろ」


「言ってろ。お前に謝るくらいなら一人を選ぶね」

「ふん。相変わらず腹の立つ野郎だ」

「こっちのセリフだよ」


 お互いに睨み続ける俺達の静寂を破ったのは、のんびりした口調のリーゼ教員だった。


「そろそろチームを組み終わりましたか~? いよいよ実戦に移りますよ~。各自プレートの指示に従って移動してください」


 どこが誰と当たるかは学園側が決めるらしいのだが、なんの因果か俺の対戦相手はジョージのチームだった。もはやこうなると学園側が俺達の間の因縁を知っているとしか思えない。皆がいないのが不安だが、やるしかない。


 1対5というそれだけで勝ちの目が少ない状況。そんな状況でサポートもアタッカーもいない。俺は能力的にどっちつかずだから、相手が役割分担をしっかりしていたら最悪だ。


「いやはやまいったね。1対5か。これじゃあいじめみたいじゃないか。いやまいったまいった。悪いねエル君」

「そう思うんならタイマンしようぜ。今からでも遅くはないぞ?」

「うーん、ゴミがなんか言ってるなあ。高貴な耳には雑音は届かないんだ。皆も聞こえなかったよなあ?」


 取り巻きに同意を求めるジョージ。それを受けて人形かなにかのように言われた通り同意する取り巻き。まるで金魚のフンだ。まともに相手しようとした俺がバカだった。


「模擬戦開始まで後10秒です」

 リーゼ教員の言葉と共に、プレートがカウントダウンを始めた。同時に、俺もジョージ達も魔導具にプレートを差し込む。

『3、2、1』

 数的不利は明らかだ。開始と同時に突っ込んでかき乱す。それしか勝ち筋はない。

『0。模擬戦を開始します』


 変数を脚力にのみ割り振ったブーストを発動。すぐに灯火を発動させ、最大火力を剣にまとわせる。持続力はないが、それでも一人を一撃で倒せるくらいの火力はある。


「1、2、3!」


 自分を奮い立たせるカウントと共にダッシュ。狙いは魔導具の扱いに慣れていなさそうな奴。適切な距離で地を蹴り、宙に浮かび身体を回転させる。遠心力と炎剣それ自体の火力を胴体に叩き込む。


『戦闘不能』


 まず一人。相手は戦闘慣れしていないようだった。いきなり味方が倒されたことでまごついている。その隙にもう一人倒す!


 ブーストで向上させた脚力をフルに活かした足払い。体勢を崩した瞬間を狙い渾身の縦斬りをお見舞いする。


『戦闘不能』


 二人目。ここで灯火の効果が切れた。と同時に、固まっていた相手チームが散った。俺の正面にジョージ、左右に残りの二人といった状況。


 相手がどんな魔法を所持しているか知らないが、流石に二度も同じ手でやられるということはないだろう。俺も戦い方を変える必要がある。


「どうしたよ? 1対5だったのに、ずいぶんと数が減ったな」

「くっ! お前ら! 負けたらどうなるかわかっているんだろうな!」


 ジョージの叫びと共に残った二人が動き出した。右からは放出系の炎魔法。しかも一撃タイプじゃなくて連打系。左からはランスを持った奴が突進してきている。それに加えて、ジョージはジョージで嫌らしく銃型魔導具から炎弾を撃ってきている。


「クッソ!」

 いくら魔法を打ち消す効果のある剣とはいえ、この数はさばききれない。右に集中すれば左からランスの突きがくる。ランスをさばけば正面から。こいつら、意外にチームワークがいい。


「は、ははは! どうだ! エル・グリント! 手も足も出ないじゃないか!」

「うるせえ!」


 こうなると正攻法で勝つのは難しい。せめてジョージの野郎だけでも戦闘不能にしたい。


 多少のダメージを覚悟で突貫する。横からボコボコと魔法を打たれるが、一撃一撃のダメージは大したことはない。ランス持ちの相手をしながら徐々にジョージの元へと移動していく。


 後もうちょい…………今だ!


「くらええええ!」


 ランスを足場に空を飛び、重力に沿ってジョージの頭目掛けて剣を振り下ろす。

 いける! だが、そう思ったのもつかの間、俺は背後から致命的な魔法を撃たれた。


 パラライズ。喰らえば身体の自由が奪われる魔法。俺がグレイにやったことと同じことをやられた。


 手が痺れて剣を落としてしまった。それだけでなく、俺は受け身を取ることもできずに無様に落下してしまった。


「く……っそ……!」

「はーっはっは! 情けない姿だな、エル・グリント! 命乞いでもしてみたらどうだ?」

「誰が、するかよ……!」

「ふん。お前の負けだよ、負け犬」


 ジョージが銃を構える。抵抗できない俺の身体に炎弾を打ち込んでいく。無数の炎弾がプレートの絶対防御にダメージを与えていく。そして遂に、


『戦闘不能』


 俺の敗北が宣言された。だが、ジョージは戦闘不能宣言を聞いたにも関わらず延々と俺に向かって銃を撃ち続けた。


「こらー! プレートが戦闘不能を宣言したのに攻撃するとは何事ですか!」

「おっと、こりゃ失礼。耳が遠いものですから聞こえませんでした」

「まったく、エル君、立てますか?」

「なんとか……」


 パラライズによる痺れだけでなく、魔法によるダメージも残っているが、これ以上情けない姿を晒したくなかった。根性で立ち上がり、無事をアピールする。


「今回は事故ということで見逃しますが、次からは減点対象ですからね。いいですね?」

「はいはい、わかってますよ」


 ジョージは最後まで俺に謝ることはなく、ニヤニヤと嫌らしい笑みを顔に貼り付けたまま俺の前から去っていった。

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