第23話 友達になってくれて、ありがとう

 翌日、俺の評判は更に下がることになった。デカデカと掲示板に貼られたそれにはこう書かれていた。


『エル・グリントはやはり弱かった! 模擬戦での情けない姿!』


 そう題されたビラには、昨日の模擬戦の内容が巧妙に1対5だったということを隠して、いかに俺がやられたかということが書かれている。ついでに、ジョージのチームの活躍がずいぶんと誇張されている。まるで俺が悪役で彼らがヒーローみたいな書き方だった。


 ビラの内容を見た俺達全員のため息が重なった。最近、ショコラに集まってもため息しかついていない気がする。


「まあこれはいいとしてだ。昨日妨害にあったんだって?」


 昨日アイシャ達と連絡をとった際に、ちらっと基礎魔法学に出席しなかった理由を聞いたら、妨害にあったとだけ聞いた。詳細はショコラで話す、ということだったので、一夜経った今日、情報の共有も兼ねて質問してみた。


「そうなんだよ。いつも通りサーシャちゃんとリッカちゃんと一緒に演習場に向かってたんだけど、いきなり単位争奪戦を挑まれちゃってさ。断ったんだけど、あんまりしつこいから受けて、勝ったんだけど、相手が負けても私闘を挑んできてさ」


「私の目の前で私闘を繰り広げられると、生徒会としては連行せざるを得ないからな。しょうがなく彼らを連行したんだ。無用だとは思ったが、形だけ事情聴取ということで二人にも生徒会に来てもらったんだ」


「それでそれで、なんでこんなことをしたんですかあって聞いたら、私達に恨みがあるって言ったんです」

「私達としては恨まれる覚えはないし、誰かと勘違いしてるんじゃない? って感じだったんだけど、絶対私達だって言って利かないから結局講義に出れなかったんだよね」


「なーるほどねえ。ま、どー考えてもアレだな」

「まあそうだろうな。ジョージの関係者だろう。だけど、なんでそんなに皆ジョージに協力するんだ? 理由がわからない」

「それに関しては俺っちがちゃーんと調べてきたぜ」

「流石フレッド。ぜひ教えてくれ」


「任せとけ。あいつの家が魔導伯爵だってのは前も話したろ? それ繋がりだ。あいつ親父さんから魔導具を学園に送ってもらってるらしいんだよ。旧モデルから最新モデルまで大量にな。そこからは予想つくだろ? それを餌に俺の取り巻きになれって話だよ」

「利害関係ってわけか」


「そ。アルドコインに関しても、魔導具を売ることで稼いでるって寸法だ」

「本当に情けない野郎だな。全部父親の功績じゃないか」

「まあでも、取り巻き連中を一概に否定することはできないな。ちょっと協力するだけで、量産型とはいえ最新の魔導具が手に入るんだ。誰だってなびいちまうさ」


 たしかに、この学園でのし上がろうとしたら魔導具の存在を無視することはできない。誰だってより良い魔導具を手に入れようと頑張る。その手段が人に誇れるかどうかってだけの問題だ。フレッドの言う通り一概に否定はできない。


「とは言え、情けない話には違いないけどな」

「まあねえ。で、だ。ここからが本番。真面目に聞いてほしいんだけどよ。やっこさんそろそろ大きな動きをしそうなんだ」

「と言うと?」


「ビラだよ、ビラ。この前まではただのデマで済んでいたが、今回エルが負けちまったという致命的な出来事があった。民衆は面白い方を信じるものだ。更に、一部とはいえそこに事実が混ざってようもんなら信じる人はバカみたいに増える」


「仕掛けてくるとしたらそろそろってことか」

「そーいうこと。だから、より一層気を引き締めていきましょうって話よ」


 なんて話しをしてしまったのがいけなかったのかもしれない。あの後、それぞれ用事があるということだったので、俺とアイシャ以外が解散し、俺達は寮への帰路についていた。


 雑談をしながら歩いていると、俺は突然背後からパラライズを撃たれた。そこからの展開は早かった。俺はどこから湧いて出たのか4人に四肢を押さえつけられ、完全に自由が利かない状態で地べたに這いつくばった。


「エル!」

 駆け寄ろうとしたアイシャもすぐに男子学生に羽交い締めにされてしまった。


「情けない姿だなあエル」

 そう言いながら物陰からゆっくりと姿を現したジョージ。相変わらず無駄な取り巻きをぞろぞろと連れ歩いている。


「ジョージ……!」

「いやはや君もツイてないね。魔法を使う練習をしていたら『たまたま』その魔法に当たってしまうなんて。とんだ偶然があったものだ」

「どこか偶然なのさ! 狙って撃ったでしょ!」


「おっと誤解しないでくれよ。俺はエル君を助けてあげようとしているんだ。シナリオはこうだ。不運にも飛んできた魔法に当たって倒れてしまったエル君、それを介抱して医務室へと運ぶ俺達。うーん、なんと美しいシナリオだ」

「ふざけやがって……」

「舐めた口をきけるのも今の内だ。その内泣いて許しを請うだろうさ。おい」


 ジョージの声と同時に、取り巻き達が銃にプレートを挿入した。銃口の先には当然のように俺がいる。それと同時に、俺を押さえてつけてた連中が距離を置いた。


「テメエ……ホントクソ野郎だな」

「なんとでも言え。やれ」

「クソが……!」


 俺の言葉を最後に、取り巻き連中が魔法を撃ってきた。いたぶるためにわざと威力の低い魔法を何発も撃ってきている。プレートの絶対防御があるとはいえ、それもその内壊れてしまう。そうなれば大怪我は免れない。


「卑怯者ー! 離せー!」

 あーあーバカスカ撃ちやがって。せっかく治ったってのにまた病院に出戻りかよ。でも、標的が俺だけでよかった。アイシャが無事ならそれでいい。

「いいざまだなエル・グリント! 許しを請えばやめてやらんこともないぞ?」

「……わざわざ魔法を撃つのを止めて、近づいてきて言うことがそれかよ」

 震える身体に鞭打って目の前のクソ野郎に中指を立ててやった。


「チッ!」

「グッ!」

 俺の顔を蹴り上げたジョージは再び取り巻きに指示を出した。次々と凶弾が俺を襲う。

 いい加減ダメージが身体に現れてきた。プレートもそろそろ限界を迎えそうだ。


 ――パリン。


 遂にプレートの絶対防御が破損した。襲いくる凶弾を遮るものがなくなってしまった。一発一発が重い。絶対防御がなくなると、魔法とはここまで凶器になり得るのか。


「離、して……離せ!」

 拘束から逃れたアイシャがこちらに向かってくるのが見えた。

「バカ……やろう……逃げろアイシャ」


 俺に覆いかぶさったアイシャは、俺の代わりに次々と魔法をその身体で受け止めていく。


「逃げ、ないよ……もう、私は逃げないって決めたから!」

 アイシャが空に向かってファイヤブレイクを打ち上げた。

「どこに撃ってるんだよ? 気でも狂ったか?」


 アイシャの行動をジョージ達が嘲笑している。だが、俺達だけはその行動の意味を理解していた。これは賭けだ。成功したとしても、それが間に合うかはわからない。


「うう……!」

「……テメエら、女相手にこんなことして恥ずかしくないのかよ」

「女をいたぶるのは趣味じゃないが、そんな男と一緒にいるのが悪いんだよ!」


 歯がゆい。俺にもっと力があれば。目の前で苦しむアイシャを助けられるくらいの強さがあれば。だけど、思いとは裏腹に、俺の身体は動いてはくれなかった。

 ひたすらに賭けが成功をすることを祈るしかできなかった。だけど、


 ――パリン。


 一番聞きたくない音が聞こえた。アイシャの絶対防御が壊れてしまった。


「もういい……! お前だけでも逃げろ、アイシャ!」

「逃げないよ……もう、逃げないって言ったでしょ?」

 アイシャの華奢な身体じゃ、魔法を受け止めきれない。俺の目の前でどんどんとアイシャが傷ついていく。

「……ダメだ……もうやめろ……やめてくれえ!」


「それだ! それこそ俺が聞きたかった言葉だよ! だがやめない! やめてなるものか! もっとやれお前達!」

「やめろおおおおおおおお!」

「そこまでだ!」


 俺の叫びと同時に、救いの手が現れてくれた。リッカを始めとする生徒会の面々だ。


「チッ! いいところだってのに! 逃げるぞ!」

「逃がすか! 追え!」

 散り散りに逃げていくジョージ達を生徒会の面々が追っていく。

「二人共無事か? 遅くなってすまない」

「……ちょい、遅かったかな。でも、来てくれるって信じてたよ、リッカ」

「……えへへ、ありがと。リッカちゃん」


 アイシャ空に向かってファイヤブレイクを打ち上げたあの瞬間、俺はアイシャがリッカに助けてと連絡をしていたのを見ていた。賭けとは言ったが、リッカなら必ず助けに来てくれると信じていた。だから、後は時間の問題だったのだ。最善は二人共無事な状態での救出だった。だけど、結果はこの有様。賭けは半分勝って半分負けた形になった。


「二人共酷い怪我だ。すぐに医務室に行こう。肩を貸すぞ」

「俺はいい。それよりもアイシャを頼む」

 俺はこの程度の怪我など慣れているが、アイシャは別だ。女の子に傷でも残ろうものなら一大事だ。


「立てるか?」

「あっはは……ちょっと無理かも……」

「背中を貸そう。エル、刀を頼めるか?」

「わかった」

 リッカから刀を受け取り、アイシャをリッカの背中へと運ぶのを手伝う。

「よし、おぶさったな。行こう」


 悪いとは思いながらも、リッカから預かった刀を杖代わりにして歩く。まだパラライズの麻痺効果が抜けきってない上、そこそこのダメージを負ってしまった。風呂に入る時が怖い。めちゃくちゃ沁みるんだろうな。


「その……私のせいで、すまない」

 夕日を背に歩く俺達。リッカは懺悔するようにそうこぼした。

「なんもだよ。私達、友達でしょ?」

「だとしても、こんなことになって、本当に申し訳ないと思ってる」

「いや、俺が油断してたのが悪かったんだ。こうなる可能性があるってことに気付くべきだったんだ」

「元はと言えば、私が奴との縁を切れなかったのがいけないんだ。だから、すまない」


「謝りすぎだよ、リッカちゃん。そんなヘタレキャラじゃないでしょ」

「そうだぞ。へこたれてたってしょうがないさ。あいつに勝つんだ、強気でいこうぜ?」

「……どうして、二人はそんなに強いんだ? 私のことを責めていいんだぞ? 全部、なにもかも私のせいなんだ。責められて当然だ」

「バカ。友達のことを責めるやつがどこにいるってんだよ」

「リッカちゃんはなにも悪くないよ。悪いのはぜんぶあいつだよ」

「そうは言っても……」


「友達は迷惑かけてなんぼだ。気にするなっての。それより前向きな話しをしようぜ。どうやってジョージの野郎を派手に倒すかとかさ」

「思いっきりたくさんの人の前で徹底的に倒したいよね」

「だな。奴のむせび泣く姿が見たくてしょうがない」

「……そうだな。ぜんぶ終わったら、なにかお礼をさせてもらうよ。それで許してくれ」


「お、言ったな? じゃあジョージの野郎をぶっ倒したらリッカの奢りでショコラに行こうか。ステーキ食いまくっちゃおうかなー」

「私はパフェでしょー、ケーキでしょー、スペシャルプリンも頼んじゃおっかなー」

「ふふ。少しは遠慮してくれよ? 私のお財布にも限界はある」

「わかってるって。でも、やっと笑ってくれたな」

「え?」


「さっきまでのリッカちゃん、ズーンって感じで顔が死んでたよ?」

「そうそう。せっかくの美人が台無しだ。リッカは笑ってる方がずっと可愛い」

「あ、エルはまたそういうこと言う!」

「な、なんだよ? 別に本当のことだろう?」

「そうだけどさー。だけどさー!」

「ふふ。本当に、貴方方と一緒にいると退屈しないよ。こんな私と友達になってくれて、ありがとう」


 俺とアイシャは顔を見合わせて笑った後こう言った。

「「こちらこそありがとう」」

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