第21話 ラブラブお弁当作戦

「ふざけんじゃねえ!」

 声の主は一人しかいない。モテ男君だ。彼はわざわざ椅子を蹴飛ばして注目を集めてからそう吠えた。


「おーいリッカ、戻ってこーい」

「はっ! 私はなにを?」

「無視すんじゃねえ!」

「……なんだ? うるさいな。公共の場でデカイ声だすなよ」

「さっきから見てりゃあイチャイチャイチャイチャ……なにやってやがる!」

「なにって、見てわからないか?」


「テメエ……昨日からなんなんだよ。俺のリッカちゃんの周りをチョロチョロとしやがって……」

「いつからリッカがお前のものになったんだ?」

「……グチグチうっせえんだよ! 俺が誰だかわかってんのか?」

「知らない」


「ジョージ・プランナーだよ! プランナー! わかったらとっとと席をどきやがれ!」

「だから? お前がプランナーだったらどうしたんだ?」

「なっ……! プランナー家を知らねえのか? これだから田舎者は困るぜ」

「知ってるよ。魔導伯爵だろ? それがどうかしたか?」

「…………潰してやる」


 ジョージがプレートを取り出した瞬間、リッカが刀を鳴らした。それを見たジョージは「うっ」と言ってさっきまでの威勢はどこにいったのか、途端に及び腰になった。


「貴方、無様よ。これ以上醜態を晒す前にいなくなった方がよいでのはなくて?」

「うるさいから腰巾着連れて早くどっか行ってよー。せっかく面白くなりそうだったのに」


 クロエ先輩はこの状況で目を閉じて優雅に紅茶の味を楽しんでいた。イオナ先輩もへらへらと笑っている。俺も見習いたいほどの余裕だった。


「な、なんだテメエら」

「あら聞きましてアイフィール家のお嬢様。仮にも上級生のあてくし達に向かってテメエですってよ」


 白々しい。あえて「アイフィール家」という名前と「上級生」を強調して言うなんて。イオナ先輩、策士だな。だが、効果は抜群だったようだ。ジョージは目に見えてうろたえている。


「ア、アイフィール!? バカ言え! こんな連中とアイフィール家の次期当主が一緒にいるはずが……」

「あら、私が彼らと仲良くしていたらなにか貴方にとって都合が悪いのかしら」

「そ、それは……その……」

「それより、プランナー家の次期当主がこんなにも礼節に欠いた人間だったなんて、これはちょっと問題ね」

「い、いえ……これは、その、勘違いで……」

「勘違い? どう勘違いしているのかしら? 差し支えなければ教えていただきたいわ」


「こ、こいつが俺の、いえ、私の女に手を出したものですから……」

「あらそう。リッカ、貴方彼の女だそうね」

「冗談はやめていただきたい。こんな下賤な男のものになった覚えはありません」

「どういうことかしら。私はどっちの言い分を信じればいいんでしょうね?」

「テ、テメエが説明しろ!」


 ここにきて変化球。説明を全部俺に丸投げしてくるとは。信じられないほど小物だな。


「リッカは俺の恋人だ。そうだよな?」

「そ、そうだ」

「どういうことだよリッカちゃん! 彼氏はいないって言ってたじゃねえか!」

「昨日から付き合い始めたんだ」

「だ、そうよ。目障りだわ。その見苦しい取り巻きまとめて失せなさい」

「……わかり、ました…………覚えてろよ、クソ野郎」


 しっかりと俺に捨て台詞を置いていったモテ男君はトボトボとこの場を去っていった。


「うーんこの格の違い。本物とメッキもんを見たぜ」

「すいません、クロエ先輩。結局助けてもらう形になっちゃって」

「いいのよ。私、うるさい男嫌いだもの」

「しかし笑えるな。アイフィールの名がでた途端のうろたえようよ。その後の言い逃れもお粗末過ぎて笑いをこらえるのが大変だったぜ」

「あーいう手合は上の存在に弱いからねー。クロエっちがこの場にいてよかったよ」

「いなかったら昨日の二の舞だったな。最近戦ってばっかりだから、いい加減勘弁してほしかったところだ」


「だけど、効果はあったな。衆人環視の状況であんなことすんなんて周りが見えてない証拠だ。バカ丸出しだぜ」

「この調子でいけばその内ボロを出すかもしれないな」

「でも、本当によかったのか? 完全にターゲットがエルに向いてしまったように思うが」


 上目遣いに俺にそう確認するリッカに、俺は力強く頷いた。これでいじめの対象が俺に移り変わってくれたら完全に計画通りだ。後は俺が耐え忍ぶだけでいい。


「明日も今の感じで見せつけていこう。次はなにをやるかな……」

「手作り弁当とかいーんでないの? カップルの定番だろ。ハートマークのご飯とかさ」

「それだ!」


 わかりやすく恋人感が出る。後はそれをベンチかどこかで二人仲良く食べていれば、傍から見たら完全に恋人同士だ。


「で、でも私は料理が……こんなところで花嫁修行をやってこなかったツケが……」

「しょうがないわね。私が料理を教えてあげるわ」

「ほ、本当ですか?」

「私は厳しいわよ?」

「望むところです」


 クロエ先輩が料理の手ほどきをしてくれるというのなら味も見た目も完璧に仕上がってくるだろう。先輩の料理は本当にとんでもなく美味しいからな。後は俺とリッカがどこまで恋人感を演出できるか否かだ。


 こうして始まった俺とリッカの偽物の恋人生活。前途多難だがやり遂げることができれば俺達の仲はより一層深まるだろう。


「でも協定はちゃんと守ってもらうからね?」


 ……深まるだろう。むしろ深まってもらわないと困る。深まる、よなあ?


   ○


 昨日の一件でジョージが諦めてくれたらそれですべては丸く収まっていたのだが、そう上手く事が運ぶわけもなく、翌日、俺はわかりやすく彼の嫌がらせを受けていた。


「よくもまあこんなことやるもんだ。お子様かよ」


 フレッドの言う通りだ。何を隠そう朝俺達が起きて寮の部屋の扉を開けると、そこにはデカデカと落書きがなされていたのだ。しかもその内容がバカだのアホだのだ。語彙の無さに悲しくなってくる。


 一体誰がこんなことを。なんていう疑問が吹き飛ぶほどにどうでもよかった。まあ犯人は一人しかいないだろうけど。


「これ本人がやったと思うか?」

「どうだろうな。俺ちゃん的には金で雇った奴がやったに一票。こんなアホくさいリスク負ってまでやるとは思えないし」

「だよな。これどうしようか。一応寮長に報告だけしておくかあ」


 ウチの寮長は筋肉モリモリマッチョマンの大男だ。なにをやっても許される雰囲気のあるこの学園の中でも、特に入居人数の多いウチの寮の風紀が保たれているのはあの人のおかげと言っても過言ではない。誰だってあの暑苦しい筋肉に抱きしめられるという罰は受けたくないから自然羽目を外し過ぎるということはなかった。


 それを知っている人間はまずこんな幼稚なことはやらないだろからウチの寮の入居者は犯人候補から外れるだろう。


「犯人はベアーハグの刑だな。ま、いつまでも気にしてもしょうがないし、行こうぜ」


 いつまでもこれに構ってると講義に遅刻してしまう。報告は後にして、俺達は寮を後にした。


 さて、彼の嫌がらせがこの程度で終わるはずもなく、俺が真面目に講義を受けていると、不意にどこかから紙を丸めたものが飛んできた。最初はなにかの拍子に命中してしまったのかと思ったが、流石に二度も三度も投げつけられると完全に狙ってやっているとわかった。投げたのが誰なのかは受講生の数が多すぎてわからなかった。


 極力気にしないように講義を受け、終了時間を迎えると同時に寝ていたフレッドが大きなあくびをしながら起きた。


「あーよく寝た。ん? なんじゃこりゃ。なんでこんなゴミが」

「例のあれだよ」

「講義中もやられてたのかよ。まめだねえ」

「ほんとだよ。逆に尊敬する。俺トイレ行ってくるわ」

「俺も行くわ。連れションしよーぜ」


 次の講義も同じ教室だったため、俺達は勉強道具をそのままにしてトイレに向かった。だが、それがいけなかった。認識が甘かったのだ。俺は絶賛いじめられてる最中であり、物から目を離すなんて行為はやってはいけなかったのだ。


「……普通ここまでするかね」


 トイレから戻ってきた俺達が目撃したのは、俺の勉強道具めちゃくちゃにされている姿だった。落書きされ、破かれた教科書。ペンの類もご丁寧に折られていた。


「……誰がこれ買いなおすと思ってるんだよ、ちくしょう」


 流石にイラッとした。汗水垂らして稼いだ金を、こんなくだらない理由に使わないといけないなんて腹が立つ。金額の問題じゃない。気持ちの問題だ。


「どーする? 犯人探して力で抑えつけるか?」

「いや、どうせやったのはジョージの息がかかった奴だ。大元を叩かないと意味がない」

「そりゃそうだけどよ。こりゃあんまりだぜ」

「今は耐える時だ。なに、俺にはお前がいる。そこまで辛くないさ。教科書見してくれ」

「あいよ。奴の吠え面が待ち遠しいぜ」


 そうして午前の講義を終えた俺は、事前にリッカと待ち合わせをしていた場所へと向かった。人目につく場所でラブラブお弁当作戦を実施するためだ。今日の担当先生はクロエ先輩だったはずだから、お弁当が楽しみでしょうがない。


「おっす。待ったか?」

「いや、私も今来たところです」

「よかった。待ってる間ジョージの野郎に絡まれなかったか?」

「流石に昨日の今日ですから、彼も寄ってきてないです。エルは大丈夫でしたか?」

「俺は……んー、まあ大丈夫だよ」

「なんか間がありましたよ。本当になにもなかったんですか?」

「本当だよ。なにもなかったよ」


 本当のことを言ってリッカに心配をかけてしまうのは望むところではない。ここは嘘でもなにもなかったと言っておいた方がいいだろう。


「それより、早く弁当食べようぜ。俺腹減っちゃったよ」

「ふふ、そんなに急がなくても、お弁当は逃げませんよ」


 リッカがカバンから弁当箱を取り出した。蓋を開けると、予想通り白米に桜でんぶでハートが描かれていた。先輩の指導の賜物か、おかずも色とりどりでどれも美味しそうだった。見ただけで食欲が刺激されるお弁当だった。


「ちょー美味そう。いただきます!」

「あ、待ってください」


 箸で唐揚げをつまんで口に入れようとしていた俺の手をリッカが包んで止めた。目の前で美味しい物を取り上げられた俺は恨めしい目でリッカを見るが、よくよく考えれば目的があったのを思い出した。普通に弁当が美味しそうだったから忘れてた。


「そうだったそうだった。食べさせてくれるんだったな」

「そうですよ。ほら、あーん」

「あーん」


 昨日の一件でもう慣れてしまったのか、リッカは食べさせ方は手慣れていた。落とさないように箸の下に手を添えて、優しく俺の口に唐揚げを運んでくれた。


「どうですか?」

「美味い!」

「ふふ、よかった」


 冷めてもジューシーな肉汁が噛むたびに口中に溢れる。しっかりと醤油の下味がついていて、そこにショウガの風味がアクセントとして加わっている。これなら無限に食べられそうなくらいだった。


「じゃ、じゃあ次は卵焼きを……」


 リッカが次に箸で掴んだのは少々形がいびつな卵焼きだった。他のおかずと比べて、これだけ明らかに完成度が低い。ところどころ焦げてしまっている。たぶん、これはリッカが一から自分で頑張って作ってくれたんだろう。ちょっと自信なさげなところからもそれはわかった。


「あーん」

「ど、どうかな?」


 口に運ばれた卵焼きを咀嚼すると、砂糖を入れすぎたのかとんでもなく甘かった。甘い卵焼きが好きな俺をしても甘すぎる。おまけに焦げているのに火の通りが甘いところもあった。だけど、リッカが慣れない料理を一生懸命頑張ってくれた味がした。だから、


「とても美味しいよ」

「よかった……!」


 ほっと息をついて花の咲くような笑みを浮かべたリッカを見ると、そう言ってよかったと心から思う。


「ただちょっと甘すぎるから次はもうちょい砂糖を減らしてくれると嬉しいかな?」

「やっぱり、ちょっと甘すぎました? お砂糖入れすぎたかなとは思ったんですけど」

「好みの問題だから大丈夫だよ。これリッカが一人で作ったんだよな?」


「やっぱりわかりますか? 他のおかずは先輩がほとんどやってくれたんですけど、1品くらいは自分で一から作りなさいって言われて。これくらいしか知らないから……」

「十分過ぎるほど美味しいよ。この調子で頑張れば先輩並になれるかもな」

「そうですか? 次はもっと頑張りますね!」


 ぱあっと桜のような笑みを浮かべたリッカに思わずドキっとしてしまった。

 さて、甘い一幕を過ごすのもいいが、本題を忘れてはいけない。このままでは普通にリッカに惚れてしまう。頭を切り替えなければ。


 これまでの出来事を鑑みるに、ジョージはストーカーのようにリッカの周りをチョロついているようだ。だから、今までのやり取りもきっとどこかで見ているはずだ。


 なにか動きがあれば離れた位置で俺達のことを観察しているフレッド達から連絡がくる手筈になっているが、今のところ連絡がないということはスカしてしまったのだろうか。


 まあいい。何日か同じことを繰り返していればその内しびれを切らしてなにか大きなアクションを起こしてくるだろう。それまで待つだけだ。


 その後は仲良く、適宜食べさせ合いながら弁当を完食した。

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