第20話 恥ずかしいです……
一夜明けた今日、俺はさっそく皆にショコラに集まってもらい、昨夜の出来事を説明した後、俺とリッカが恋人になることを言った。もちろん、これは偽装であり、リッカのいじめがなくなるまでの期限付きの関係であることもだ。しかし、それを聞いたフレッドの反応は芳しくなかった。
「お前ほんと刺されても知らんぞ」
「刺されるって、誰に?」
「今お前はありとあらゆる場所に喧嘩を売ってる状況だ。わかってんのか?」
「そりゃわかってるけど、だからってこのまま事態を見過ごすことはできない」
その場しのぎで考えた案はやはり大した意味をなさなかった。誰かが側にいる内は相手も手を出しづらいだろうけど、根本的な解決には至っていないから昨日みたいにリッカが一人になってしまえばまた嫌がらせは起こる。
「それはそうだけどさ。だからって付き合う必要まである?」
「俺もいろいろ悩んだ結果なんだ。もちろん、アイシャにもっといい考えがあるならそっちを採用するけど」
「ないけどさあ。けどさあ! ねえ先輩?」
「いろいろ言いたいことはあるけれど、私達のサポートだけでは手が行き届いていなかったのは事実よ。いつも一緒にいられるわけではないから、矛先を変えるという案自体には賛成だわ。だけど」
「それじゃあエルさんがいじめられちゃうんじゃないですかあ?」
「そうだ。昨日は勢いで押し切られたが、冷静に考えればやはりおかしい。せっかくだけど、偽の恋人なんてやめよう」
「いいや、やめない。俺からしたらリッカがいじめられてる方が辛い」
膠着状態に陥りかけた俺達だったが、イオナ先輩の発言で再び議論が活発化することになる。
「まとめるとさ。エルくんはリッカちゃんがいじめられてるのがイヤ。クロエっち達はエルがリッカちゃんと偽とはいえ付き合うのがイヤ。リッカちゃんは自分のせいでエルくんがいじめられるのがイヤってことでオーケー?」
「そうですね。さっきも言いましたけど、俺としてはなにか別の案があるのであればその限りじゃないです。とにかく、今の状況をなんとかしたいんです」
「だけど、別の案はないわけでしょー? ならさ、物事はスピード解決。やるならとことんまでやっちゃって、決定的な出来事を起こして二度と手をだせない状態にしちゃえば?」
「決定的な出来事って?」
「それを考えるのはきみ達の仕事だよー。恥をかかせるもよし、こてんぱんにノシちゃうもよし。とにかく歯向かう気がなくなればオールオーケー!」
「恥、か……なにか情報はないか、フレッド」
「モテ男君は貴族っても本人がなにか実績を上げたわけじゃないからな。いわゆる親の七光り君だ。その辺の話はクロエ先輩の詳しいんじゃないっすか?」
「話すと長くなるし、あまり面白い話しでもないからかいつまんで話すわよ。そもそも、一口に貴族と言っても2種類あるわ。国に与えられた領地や領民を管理する昔ながらの貴族。そして、私の家のように魔法で功績を上げた者に与えられる魔法爵としての貴族」
「それで言うと、たしかアイシャの家は魔法爵じゃないよな? 結構な領地持ってたよな?」
「まあ、うん。そうだね……」
しまった。アイシャはあまり貴族としてのお父さんをよく思っていないんだった。他人の家庭事情に不用意に関わるのはよくないと思っているのにうかつだった。
「悪い」
「ううん。気にしないで」
皆もなにかを察したのか追求する様子はなかった。本当に、思いやりがある仲間達だ。
「貴族に格があるように、魔法爵にも家の格というものは存在するわ。魔導公爵、魔導伯爵、魔導子爵といったようにね。そして、一般的な貴族と魔法爵を分ける決定的な違いはその世襲制度にあるわ。もともと、魔法爵というのは魔法において優れた功績を残した者に与えられる爵位なんだけど、功績を残し続けないと爵位を没収されてしまうの。その猶予は3代まで。つまり、3代目までになにも功績を残すことができなければ爵位は没収、一般人の仲間入りね。フレッド、プランナーの爵位は知ってるかしら?」
「もちろん。魔導伯爵っす。ついでに言うとモテ男君はそこの2代目。偉大なのはお父様ってやつっすね」
「彼自身は有能なのかしら?」
「無能も無能。ただの金持ちのボンボンっすよ」
「なるほどね。本人に向上心がないのであれば、成り上がりに見られがちな虚栄心を突くのがいいんじゃないかしら?」
「その辺が妥当かもしれないっすね。あいつモテモテっても結局は大量に金バラまいて、それに人が寄ってきてるだけで、それなくなりゃ裸の王様だからな」
「彼の親はなにをやって魔法爵を得たのかしら?」
「魔導具の作成でなにやら一山当てたらしいっすよ」
「あー! どっかで聞いたことある名前だなと思ったらあのプランナーさんかー!」
「知ってるんですか、イオナ先輩」
「もちろんもちろん。あの人のなにがすごいって魔導具の大量生産の手法にメスを入れたんだよ。それまでは魔導具作成は全部人の手で行われてたんだけど、工業化に成功して大量生産を行えるようにした人だよ」
「なんでそんなすごい人からあんな子供が……」
「子供育てるのと魔導具を作るのじゃ勝手が違うってこったろ。んでも、解決の糸口は見えてきたんでないのー?」
「せめて事がもっと遅く始まっていたら別の対処法もあったのだけど、今回はしょうがないわね」
「別の対処法って?」
「七大魔導公爵家の現当主と次期当主が集まる会議があるのよ。そこで私が口出しすれば少しは違うと思ったのよ。今までの話しを聞いていると、私が言ったところでやめるような人間にも思えないけど」
また新しい単語がでてきたな。七大魔導公爵ってなんだ。なんか知らんけどすごそうだな。てか待てよ、しれっと言ったけど口出しするってことはその場にクロエ先輩もいるってことだよな。
「ひょっとしてクロエ先輩もその七大魔導公爵家だったり……?」
「残念なことにね。アイフィール家は召喚系の魔法爵のトップよ」
やんごとなきお家の方だとは思っていたけど、まさかここまでとは。アイシャもあれで由緒正しい貴族だし、仲間内にとんでもない人集まり過ぎだろ。
というか、そんな人間に手を出したグレイが改めて恐ろしい。彼はなにを思ってクロエ先輩に手を出したんだろうか。今度機会があれば聞いてみよう。
「お前知らないで今まで付き合ってたのかよ?」
「まったく。ひょっとして知らないのは俺だけ?」
見渡すも、疑問に思っているのは俺だけのようだった。
「マジかよ……。リッカも知ってたのか?」
「生徒会の資料でな。ちなみにウチの会長も七大魔導公爵家の次期当主だぞ」
あの人の中身はやっぱり機械だ。間違いない。本人のスペックも異常なのに、その上家の格までトップなんてどこの物語の主人公だ。
「ちなみにその七大魔導公爵ってのは?」
「簡単に説明すると各系統の創始者達の一族よ。常に結果を残し続けている王国の魔法技術の要といったところね」
「はーなるほど……」
間の抜けた返事しかできなかった。今日の魔法技術の創始者の一族にクロエ先輩が名を連ねている。スケールが大き過ぎてついていけない。
「でもクロエ先輩はそんなこと感じさせないからすごいっすよね」
「だって面倒なだけだもの。身内の派閥争いに分家の下剋上、果ては技術スパイに配下の魔法爵家の尻拭い。まったく、面倒この上ないわ」
貴族って言葉だけ聞くとなんだか優雅な生活を送ってるくらいの印象しか覚えないけど、実際はいろいろなしがらみの中に生きてるんだな。決して楽ではないらしい。
「なんか、大変なんですね」
「そうね。エルもその内当事者になるかもしれないわよ?」
「え、なんでですか?」
「私と付き合ったらそうなるもの」
「あ! 隙あらばそういうこと言う!」
「アピールは大事だもの。協定には違反してないわよ?」
「ぐぬぬ……!」
考えないようにしていたけど、将来そういう決断を下す日がきたら、俺も貴族社会の中で生きることになるのか。その時がいつかはわからないけど、覚悟の一つもしておかないといけないのかもしれない。
「お二人さんや、仲良しこよしの途中悪いがやっこさんが来たぜえ」
相変わらず有象無象をぞろぞろと引き連れてモテ男君ことジョージ・プランナーはこちらに向かって歩いている。どうやら目的地はここらしく、わざとらしく俺達の近くの席に腰を下ろした。
「さあ、俺の奢りだ。好きなの頼め!」
ニヤニヤと嫌らしくこちらに聞こえるようにジョージは言った。誰が見ても明らかに挑発してきているのがわかった。
「ほんとっすか! ジョージさんゴチになりまーす!」
「あたしなに頼もっかなー」
取り巻きは取り巻きで、それを知ってか知らずか次々に注文をしていく。
「リッカ、覚悟決めろ。やるぞ」
「や、やるってなにを?」
「イチャイチャだ。すいませーん! この日替わりケーキセットお願いしまーす!」
「ほ、本当にやるのか?」
「やると言ったらやるんだ」
「そ、そんなあ……」
俺の覚悟と共にやってきたケーキセット。ショートケーキとチョコレートケーキの二つが載せられた皿を前に、俺とリッカは真剣な眼差しでフォークを手にした。
「まずは食べさせ合いっこだ。さあ、やるんだリッカ」
俺の力強い眼差しにリッカも覚悟を決めたのか、「よし」という言葉一つ、フォークでショートケーキを一口大に切り分けた。
「あ、あーん」
「あーん」
思い切りジョージに見せつけるように俺はリッカから差し出されたその一口を食べた。そして、食べ終えた後これ見よがしにドヤ顔をするのも忘れない。完璧なムーブだ。
「羨ましい~」
「なかなか、クるものがあるわね」
「こういうときぐぬぬって言うんですよね」
三人娘から突き刺さるような視線を向けられるという二次災害はあったものの、目論見通りモテ男君のターゲットは完全に俺にシフトしたようだ。視線だけで人が殺せそうなくらいで睨んできている。
「まだだ。今度は俺が食べさせるぞ」
チョコレートケーキの先を一口大にカットする。落とさないように慎重にリッカの口まで運ぶ。
「あーん」
「うぅ……あーん」
恥ずかしさからリッカの顔が真っ赤になっているがそんなことで止まっている場合ではない。可愛らしく小さく開けられた口にケーキを運ぶ。しかし手元が狂って桜色の薄い唇にチョコレートムースがついてしまった。
「ごめん、チョコ付いちゃったな」
人差し指でそれをすくって舐め取った。ボンっと爆発したような音がした。リッカが「きゅぅ~」と言ってへなへなになってしまった。
「きゃー! 流石にそれはダメ!」
「う、羨ましいです~!」
「面白くなってきたー!」
「そんなことナチュラルにできるお前がこえーよ」
カリカリカリ。クロエ先輩は無言で爪を噛んでいた。暗黒オーラが見え隠れしていて恐ろしい。
「ヘタってる場合じゃないぞ、リッカ。ケーキはまだ残ってるんだ」
「もう、無理です……許して……」
リッカの目がぐるぐるになってしまった。彼女は許容量を超える事態に陥るとこうなってしまうらしい。
しょうがない。今日はもうここまでかな、なんて思った時、怒声が響いた。
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