第16話 モゴモゴ入れ歯がズレます。
「えーモゴモゴ、今日の講義を始めます」
おじいちゃん先生は入れ歯がズレるのか時折こうして口をモゴモゴと動かす。
「今日は戦後以降の多国間の文化交流、中でも食料文化についてお話ししたいと思います」
視線を隣に動かすと、開始5分と経っていないのにすでにフレッドが眠っていた。
「戦中に明らかになった魔法技術の有用性はモゴモゴ皆さんよくご存知のことと思いますが、魔法技術自体は戦中から盛んに研究されていました。その結果、様々な分野で技術革新とも呼べるモゴモゴ、魔法を使用した工業が発展しました。いわゆる近代革命というものです。それまで鉄を打つにもすべて人力で行っていましたが、現在では作業の大半が魔法へと置き換わっていますモゴモゴ」
この定期的に入るモゴモゴが余計眠気を誘うわけだが、リッカは依然として集中して講義を受けている様子だった。何か秘訣でもあるのだろうか。
「えー工業が発展し、造船業が盛んになるとモゴモゴそれまでとは比べようもないほど船の性能は向上しました。その結果モゴモゴ、外国との交流が盛んになったわけですね」
いかん、眠たくなってきた。睡眠学のあだ名は伊達ではない。シャーペンを手に刺して眠気を退散させる。
「えー、えー……なんだったかな?」
おい。この人本当に大丈夫か。いい加減ボケてきてるんじゃないだろうか。
「あーそうだった。モゴモゴ、戦後ですので、各国はまず第一に食料移動を優先させました。戦争直後の状況だったので、安心して他国に渡せるのが食料くらいだったわけですモゴモゴ。そうしますと、様々な国々に様々な食が運ばれます。初期に重宝されたのが長期保存の利く食べ物でした。そこで食文化の交流が発生するわけです」
そこで、もたもたとした動作でおじいちゃん先生はプリントを配り始めた。
「えー皆さんには今渡したプリントに思いつく異国の食文化を書いていただきます。その際に自分の出身国と、その食文化がどこの国のものなのか、そしてそれはどういう食べ物かを書くのを忘れないようにモゴモゴ。あーえー今日はこれで終わります。次回までに提出するように」
信じられないくらい早く終わった。本来の講義時間の半分くらいの時間で終わった。俺達的にはありがたいけど、それでいいのかという疑問がある。まあ、楽単と呼ばれてるくらいだからこれくらい緩いのもさもありなんといったところだろうか。なんにせよ、
「終わったー」
「まだ終わってないぞ」
思い切り終わった感じで背伸びをしていた俺にリッカが冷や水を浴びせた。
「終わってないって?」
「質問の時間だ。忘れたと言わせんぞ」
「あーそうだったそうだった。でも、今の講義のどこに質問する箇所が?」
「まあついてこい。私と一緒に行こう」
皆に席を離れることを断ってから言われるままについていくと、リッカはおじいちゃん先生に「多国間の文化交流は今日説明した以外に何があるのか」と「魔法を使用することで発展した工業には他に何があるのか」を質問した。
意外にもおじいちゃん先生は相変わらずモゴモゴとはしていたが、リッカの質問にしっかりとした回答をした。やはり老いても教員であるということのなのだろう。
「よく今日の講義で二つも質問するようなことがあるな」
「次回講義に繋がりそうな質問と講義内容の発展についての質問だ。つまり、予習と復習、あるいは今日のように講義内容の発展性についての質問だな。この二つさえ押さえておけば教員からの心象もいいし、テスト前に慌てる必要もなくなる」
「まさかとは思うけどリッカ全部の講義でそれやってる?」
「当たり前だ」
「うえ。流石にそこまではできそうにないな。そんなことしてたら頭痛くなりそうだ。俺は疑問に思ったところを聞く程度に留めておくのがよさそうだ」
「人それぞれだからな。空いた時間に私に質問してくれてもいいんだぞ?」
「そっちのが気が楽だな。機会があればってことで」
なんていう会話をしながら皆のもとに戻ると、珍しくフレッドが頭を悩ませていた。
「どうしたフレッド?」
「いや、今しがた起きたんだが課題が出されただろ? 俺異国の料理なんてぜんぜん知らねーのよ。だからどーしたものかと二人に相談しててさ」
「私達もあまり詳しいわけじゃないから助けられなくてさ」
「それならいい先生がいるぞ」
皆の注目が集まったのを確認した俺は、人差し指を出して、その指を隣にいるリッカに向けた。
「わ、私?」
「そう。リッカは東国出身だろ? 俺達から見たら異国だ」
「そ、そうは言っても私は料理はぜんぜんだぞ? エルだって知ってるだろう」
「まーそう言わずに」
本当はクロエ先輩に聞いたら一発で解決なんだろうけど、これを機会にリッカには俺以外のメンツとも会話してほしい。素晴らしい作戦だ。我ながら策士だぜ。
「いい考えだな! ちょうどこの後ショコラに行く予定だったからリッカちゃんも一緒に行こうぜ。それとも予定詰まっちゃってる感じ?」
いち早く俺の意図に気付いたらしいフレッドが同意してくれた。ウィンク付きだったから偶然ではない。完全に以心伝心だ。
「予定はないが……いいのか?」
主にアイシャとサーシャに対する確認に感じられた。というかそうなのだろう。視線が思い切り二人に向かっている。
「もちろん。女の子同士仲良くしましょ?」
「そうですねえ。仲良く!」
なぜか二人共「仲良く」の部分に力が籠もっていたように感じる。リッカも「ひえ」とか言っちゃってるし。なんだかサーシャがアイシャに影響されて随分とたくましくなってしまったように思う。いいんだか悪いんだか……。
とはいえ、俺達は「仲良く」ショコラへと向かうことになった。先輩達とも合流する約束をしていたから、リッカの交友の輪が健全に広がることを祈ろう。
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