第17話 協定警察だ! ジャッジ!

 ショコラではいつか見た風景が再び繰り返されていた。テラス席に座った笑顔のイオナ先輩がすまし顔のクロエ先輩に話しかけて、クロエ先輩がそれに2、3言返すといった様子だ。


 流石に前回とまったく一緒というわけではなく、二人はクラブハウスサンドを食していた。放課後の時間にあんなジャンキーなものを見てしまうと腹が減ってしょうがない。


「ずいぶん早かったですね。こっちも結構早く終わったと思ったのに」

「二人共休講になってしまったの。先に集まってお茶でもどう、って私が誘ったのよ」

「そそ。たまにはクロエっちと二人ってのもありかなーって思ってさ。ところでそちらの可愛い子は?」


「はじめまして、リッカです。生徒会に所属しています」

「生徒会? エルくんなんか悪いことでもしたの?」

「なんもしてませんよ。友達です、友達。いい機会だったので皆に紹介しようと思って」

「いつの間に知り合ったのかしら?」


「あーそうか、言ってなかったですもんね。集中講義の時ですよ。あの後リッカと一緒に谷底に落ちたんですよ。あれはヤバかったよなあ」

「まあ、そうだな」


 今思い出しても嫌になる。もうあんなことにはなりたくない。今度はもっとよく周りを見て、しっかりと状況判断をした上で戦わないと。


「谷底、二人きり……何も起きないはずはなく……」


 うっ。胃がキリキリしてきた。イオナ先輩が悪ふざけを始めてしまった。また言い争いが始まってしまう。


 しかし、そんな俺の思いとは裏腹に、女性陣はこれといった反応を示さなかった。特に、リッカの存在を初めて知ったはずのクロエ先輩が大人しいのは意外だった。


「おろ? いつもみたいにシャーとかガルルとかないのー?」

「だってエルが手を出すはずがないもの。そこは心配していないわ」

「あっ、なんかすごい正妻の余裕を感じる発言。それは私が言いたかったな」

「私も言いたかったです!」


 争いの気配が感じられず、ほっと息を吐いたのもつかの間、そうは問屋が卸さないとばかりに「だけど」とクロエ先輩が続ける。


「それとこれとは別。どうして貴方は女性の友人しかつくれないのかしら?」

「そんなこと俺に言われても……」

「第一、貴方達距離が近いのよ。何があったのか当然教えてくれるのよね?」


 言われて気付いたが、たしかにリッカと俺の距離は近かった。


 ここまで俺とリッカ、フレッドを先頭に、後ろにアイシャとサーシャという並びで来たが、道中俺の手とリッカの手が何度も触れていた。一切気にしていなかったが、言われてみると友人にしては距離が近すぎるような気がしないでもない。


 しかし。しかしだ。それに関しては俺の関与するところではない。俺はリッカの立ち位置になにかを言った覚えは一切ない。にも関わらずなぜ俺はこんなにも額から汗を流しているんだ。


「何と言われても何もなかったよな? なあリッカ」

「あれを何もないというのは無理がある気がするが……友達ならよくあることなのか?」

「そうさ! あれくらい友達なら当然のことだ! 俺だってフレッドとよくやってる!」

「怪しい……あれってなにさ」


 あれと言われて思いつくのは下着姿で一緒に寝たことだ。あれだけは知られてはいけない。非常時とはいえあれは今考えてもどうかしていた。


「一緒の寝袋で寝てたりして……ニシシ」


 ギク! なんでこの人はそんなピンポイントで恐ろしい予想ができるんだ。あの時の装備品は全部イオナ先輩の作った物だったから監視装置かなにかでもついていたのか?


「なんで知ってるんですか?」

「ええ! ほんとに一緒に寝たんですかあ?」


 バカ野郎……どうして素直に認めてしまうんだ。いや、リッカに言ってもしょうがない。なにも悪いことはないのだから素直に話すか……。


「落ちた底に水が流れててな、びしょびしょになったんだよ。風邪を引くどころか凍死する可能性まであったんだ。だからしょうがなく一緒に寝たんだ」

「悪いことに私の荷物は落ちた時に流されてしまってな。寝袋が一つしかなかったんだ。最初は私だけ使ってたんだがエルが寒そうにしていたから」


「ジャッジ! クロエ先輩どー思います?」

「そうね。私はセーフだと思うけど。人肌で温めるのは効率的といえるもの。実際、それがなかったらエルはまだ病院のベッドだったでしょうし」

「サーシャちゃんは?」

「私もセーフだと思います! 理由はクロエさんと一緒です!」

「判決。エル被告はセーフと断じます」


「なんの裁判じゃ。てかエルお前すげーな。よくこんな可愛い子ちゃんと同衾して手を出さなかったな。お前どんだけ鋼のメンタルしてんだよ」

「いや、正直生きるか死ぬかみたいな側面がなかったとは言えない状況だったからな。プレートは壊れてたし、マジのサバイバルだったんだよ」


「エルがいなかったらと思うと今考えても恐ろしい。足をケガしてしまっていたから私一人では脱出すら困難だった」

「俺もリッカがいなかったらと思うとゾッとするよ。絶対途中でダウンしてた」

「でもそれは私を背負ったせいだろう? エル一人だったらすぐに脱出できていたさ」


「いやいや、一人じゃ無理だったって。あんな暗闇に一人は心細過ぎる」

「そうかな? その割には少しも怖がっていなかったけど」

「女の前じゃカッコつけるのが男ってもんだよ」


 と、そこで俺とリッカ以外話していないのに気がついた。見ると、皆して俺達をシラーっとした目で見ていた。


「ど、どうした?」

「なーんか二人きりの世界があるって感じで割り込めないよね」

「なおのこと谷底で何があったのか気になるわね」

「仲良しさんですねえ」

「うーん、まあいいんじゃないの? あたしは面白くなればなんでもいいし」

「入院するくらいだ、キツかったのはわかるよ。だけどな、その話は時と場を考えるべきだったな。少なくとも彼女達の前で話すべきではなかった」


「ジャッジ! 私はどー考えてもリッカちゃんにも協定を守ってもらう必要があると思います!」

「異論ないわ」

「異論なしです!」

「判決! ギルティ! リッカちゃんには女子会への強制参加の刑が妥当と断じます」

「え、え。なんの話だ?」


 立ち上がったアイシャとサーシャが実に息のあったコンビネーションでリッカの両脇を抱えた。そして空いていたテラス席へと連行していった。それに続く先輩二人。残された男二人はそれを眺めてため息一つ。


「どうしていつもこうなるんだ……」

「それはな? 何度も言ってるがお前が男友達をつくらないからだ。いつかアイリちゃんに友達紹介する時どうすんだよ。今のままでも胃がキリキリしてんのに」

「その内キリキリする胃がなくなってるんじゃないか……?」

「違いない。しかし、どういう風の吹き回しだよ? お前ちょっと前までリッカちゃんのこと嫌ってたろ? 谷底で何があったんだよ?」


「何、ってわけじゃないんだけど、お互いの境遇とかを語ってく内に、な? リッカのことを誤解してたってわかったんだよ」

「誤解?」

「そ。彼女が石頭なのにも理由があってな。寄ってくるろくでもない奴らに負けまい負けまいと思った結果ああなっちゃったんだ」


「ふーん。まあ彼女、やたらと告白されてっからなあ。それもこれもいつも周りに人がいないからだけど。ひょっとして友達いないの?」

「いないらしい。どうも寄ってくる男共を振ってたら女子に嫌われたみたいだ」

「ああー。お高く止まっちゃって嫌味な人ってやつな。んなこと言ってもしょうがないのにな。あの噂は本当ってわけね」

「噂?」


「彼女、女子からいじめまがいのことをされてるらしいぜ。もともと同性からの好感度はあまり高くなかったんだが決定的な事件があってな。いつだったかにモテ男君に告られたらしいのよ。そいつは女を複数又にかけてるクソ野郎なんだが、上手いこと立ち回って女子からの好感度はバッチリ高いやつなんだ」


「あーなんかすげー腹立ちそうな話」


「ま、お前は嫌いな類の話だな。そのモテ男をいつも通り振ったリッカちゃん。モテ男君はまさか振られると思ってないからプライドズタズタ。そこで彼は次の作戦にでるわけだ。名付けて、『弱ったあの子の王子様』作戦だ」


「なんだそのクソみたいな作戦」


「まあ俺のネーミングセンスはいいんだよ。モテ男君は持ちうるすべての交友関係を使い、彼女を悲しい境遇に置かせようと画策するわけだ。で、満を持して悲劇のヒロインとなったリッカちゃんに再び告白するわけだが」


「まあ、リッカの性格を考えれば当然振るだろうな」


「そ。再びプライドに傷をつけられたモテ男君は全力で嫌がらせをする方向にシフトしたってわけだ。いやはや、モテる子は男女問わず大変だ」

「だからリッカはあんなこと言っていたのか……」

「あんなことって?」

「友達がいないって言うから友達になろうって言ったんだよ。そしたら私と友達になったら男友達できないかもって」


「なるほろねえ~。それはあるかもしれんわな。俺も大っ嫌いだが、モテ男君は交友関係だけは広いからな。おまけに貴族。おこぼれに与ろうとする腰巾着もうようよだ~。エルっちも最悪いじめの対象になるだろうな」

「くっだらねえ。いい年してんなことやってるよーな野郎がいるなんて気分悪いな」


 自分の魅力のなさを棚に上げて、しかも振られたからっていじめるなんて信じられない。


「まあ落ち着けよ。ここで怒ってもしょうがないだろ。うっすら思ってはいたが、やっぱりお前が好きそうな境遇の子だよなあ、リッカちゃん」

「うるせ。別にどんな理由があろうと俺はもうリッカと友達だ。見過ごすなんてできない」

「へいへい、王子様の言うことは絶対ですよっと。下僕は一生懸命情報を集めますよ」

「そんなクソ野郎と一緒にするな。悲しくなる」


「悪い悪い。俺っちとしても可愛い子ちゃんに次から次へと手を出すもんだから困ってたんだ。いい機会だし、お灸をすえてやるとするか」

「クロエ先輩の時を思い出すな。頼りにしてるぞ、フレッド」

「あいあい。クソ野郎に恥をかかせる作戦でも考えるとすっかね。ただ、今はちょっち時期が悪いんだよな」

「どういうことだ?」


「動こうにも肝心のリッカちゃんが忙しいっぽいのよな。なんか生徒会がバタバタしてるらしくてさ」

「そういやお見舞いに来てくれた時も生徒会に呼び出されてたな」

「やっぱりか。どうもロストリグレットが暴れてるらしくてな。それの対応に追われてるらしい」


 ロストリグレット……どっかで聞き覚えがあるな。なんだったかな。その疑問はすぐにフレッドが解決してくれた。


「ほら、あれだよ。フスコが入ってるクラン」

「あー! どっかで聞き覚えがあると思ったらそれだ!」

「そうそれ。そこのクラン員が各地で暴動起こしてんだよ。この間も学生街で破壊活動してたしな。速攻で生徒会にしょっぴかれてたけど」


 ショコラに来る途中やけに破損した建物があるなと思ったらそういうことだったのか。ソフトクリームの出店が焼け焦げていたのが特に印象に残っている。


「なんでそんなことしてるんだ?」

「さあねえ。ロストリグレットっつーのはもともと失われた青春を取り戻すだかっていう目的で設立されたクランのはずなんだが、なに考えてんだかさっぱりだ」

「変なクランだな。なんなら今まさに青春真っ最中だろうに」

「考えてもしょうがねえよ。それに、俺っちもちょっと忙しくてな」

「なんかあるなら手伝うぞ?」


 俺の言葉に、フレッドは珍しく「いや」だとか「それは」だとか歯切れが悪かった。


「ひょっとしたらお前にもお願いする日がくるかもしれないけど、今はまだその時じゃないんだ」

「ずいぶんもったいぶるな」


「悪い、言えないんだ。誰だって人に言えないことの一つや二つあるだろ?」

「そう言われると、弱いな。でも、俺にできることだったらなんでもするから、あんまり一人で抱え込むなよ?」

「わーってるよ。そろそろこの話も終わりだ。見ろ、女性陣が戻ってきたぞ」


 意外や意外、女性陣は全員笑顔だった。まるで旧知の仲と言わんばかりに仲良さそうにしている。あれこそ俺が求めていた仲間の姿である。

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