第15話 まーた始まったよ
3日という言葉にすると短い、しかし実際に体験した俺からするととても長かった入院生活から開放された俺は、今日からようやく学業再開だった。
午前中の講義は残念ながら皆と被っていなかったから一人だったが、午後の講義は皆と一緒だった。フレッド以外の面々と会うのは久しぶりな気がしてならなかった。
「この間会ったばかりなのに二人に会うのは久しぶりな気がするよ」
フレッドと共に待ち合わせ場所に来たアイシャとサーシャに言う。二人共元気そうでなによりだ。
「私達はその間血で血を洗う争いをしていたんだけどね……」
「すごかったんですよお」
サーシャまでそんなことを言うなんて、俺がいない間に一体何があったんだ。そう問いかけようと思ったが、フレッドに「聞かない方がいい」と言われてしまった。
「なんでだよ?」
「まー当事者が知らない方が都合がいいこともあるってことよ」
「当事者、っていうと例の協定関係?」
「そ。ほんと感謝しろよ? 俺のファインプレーがなけりゃ今頃チームブレイクしてたぞ。まったく女の争いは恐ろしいぜ」
どうやら本当に「聞かない方がいい」類の話らしい。なんか聞いてしまったが最後今まで通りの目で女性陣を見れなくなってしまう気がする。
「なんかすまんな、フレッド」
「ま、いーってことよ。それより早く行こうぜ。おじいちゃん先生の講義に遅れちまう」
おじいちゃん先生ことジョージ・キャンベル氏は歴史学という講義で教鞭をとっている。あだ名の通り結構な年齢の上に、身長が低くて毛髪が乏しいので見た目が完全におじいちゃんだった。
そんな人が歴史というただでさえ眠くなりがちな講義を、実にゆったりとした口調で説明するものだから、学生達の間では別名睡眠学とまで呼ばれていた。
普段であれば俺も眠気との戦いである講義だが、今日は違う。リッカと被っているらしいから、気合を入れて一緒に受ける予定なのだ。
「今日はちょっと別の友達も誘っていいか?」
「別の友達?」
「フレッドは知ってる人だ。生徒会のリッカだ――うぉ!」
リッカの名を出した途端アイシャとサーシャの目つきが鋭くなった。というかなにかの光線でも出ているのではと錯覚するレベルで眼光が鋭い。
「……俺ちゃんの言った通りになったな。しかしタイミングが悪いこと」
そういえばフレッドは集中講義中に断言していた。俺がリッカと再び関わることになると。あの時はなにを言っているんだと思ったけど結果的にそうなった。それはいいけど、タイミングが悪いとはどういうことだろう。二人の鋭い眼光となにか関係があるのか。
「これに関しては俺っちの不手際だな。まさかお前がそこまで手の早い男だとは見抜けなかった。まさに予想外だ」
「なにを言ってるかわからんが二人のあの眼光はなんなんだ。恐ろしいんだが」
「すまんが俺の口からは言えないな」
「なんでだよ」
と、ここで背筋がゾクリとした。振り返ると、そこにはアイシャがいた。
「また新しい子をたぶらかしたな~」
怨嗟の籠もった恐ろしい声音だった。気のせいかアイシャの背後で黒い陽炎が揺らめいて見える。昼間でよかった。夜にこんな声聞いたらしょんべんチビってしまう。
「ひえ……」
視線を横にズラすと今度は黒い笑顔を携えたサーシャが立っていた。アイシャと違い一言も口を開かないが、それが余計に恐怖心を煽った。
「心からの警告だが、お前はこれ以上女の知り合いを増やさない方がいいと思うぞ。これ以上は俺も庇いきれん。矛先が俺にまで向いちまう」
「お、俺はそんなつもりはない! ただ普通に友達になっただけだ!」
何も悪いことはしていないけど弁解しなければいけないという意味のわからない状況に陥っているのだけはわかる。
「お前の場合どういうわけかそれで済まないんだよなあ。だからこういう状況になってるわけで。まあ俺から言えることは一つだ。もっと男友達つくれ、な?」
「やめてくれ。俺が一番気にしてるところなんだから……」
なぜかザクリと心に傷を負った俺だったが、いい加減講義に遅刻するということで本格的に移動することになった。
教室に着くと、一番先頭の席にリッカがぽつんと座っているのが見えた。本当に、一緒に講義を受ける友達がいないらしい。
「よっ、リッカ」
俺の声にリッカが振り向いた。ぱあっと仏頂面が明るくなったかと思ったのもつかの間、アイシャとサーシャを目にした途端ビクビクと小動物みたいになってしまった。
「な、なんか後ろの二人怒ってないか?」
「きっと気のせいだ。なあ、二人共?」
「まあ、怒ってはいないかな。とりあえず、よろしく。私はアイシャ」
「サーシャです」
「フレッド・デューイだよーん」
「リッカだ。よろしく頼む。エルから皆のことは聞き及んでいる。特にデューイさんはとてもいいヤツだと」
「エルくーん、俺っちのいないところで美少女に俺の魅力を伝えちゃったわけ? 困るよお。リッカちゃんが俺に惚れちゃったらどうすんだよ」
「ふむ。女好きだというのに間違っていないようだな」
「おま、余計な情報は教えんでええっちゅねん! せっかくリッカちゃんとお近づきになるチャンスだったってのに」
「俺はお前の普段の行いをありのまま語っただけだ」
「ちくしょう。事実だけどさー。しっかし、リッカちゃん噂通り男口調なのね」
「噂?」
「リッカちゃんを狙ってる連中の間じゃもはや常識みたいなもんだけどな。君が男口調で話す。あんなに可愛いのにもったいないってな具合で」
「そんな有象無象に興味はないからむしろ都合がいい」
「その有象無象以外なのがエルってわけかい。いやはや、我が友ながら罪つくりな男だぜ」
「それは! その……そうかもしれない、けど……」
「ちょっと聞きましたかサーシャちゃん!」
「聞きましたあ! 絶対新たなライバルです!」
「ここは!」
「譲れません!」
「な、なんだ!?」
いきなりアイシャとサーシャがリッカの両サイドを固めた。
「リッカもエルを狙ってるの?」
「ね、狙ってる?」
「もしそうならライバルです!」
「ライバル?」
突然のことにリッカは何が何やら、言われたことを繰り返すロボットみたいになってしまっている。間違いなくもう少ししたら目がぐるぐるしだすぞ。可哀想に。
しかし俺は助けに入ることはできない。火に油を注ぐ結果になるのは明白だ。
「まーた始まった。お前がよそで女をつくるたびにこのやり取りは繰り返すぞ」
「あーあー聞こえない聞こえない。オレハナニモワルクナイ」
こういう時に限っておじいちゃん先生が遅刻している。いつもは時間前に着いて講義の準備をしているのに。
「こうなってくると本当に羨ましくもなんともないな。面倒なだけだ」
「わかってくれるのはお前だけだ……」
「俺も半分当事者みたいなもんだからな。本で読むと羨ましく思うけど、実際なると胃がやられちまう。やっぱ男ならこの人! って決めた一人で十分だな」
「そう! そーなんだよ! 俺の味方はフレッドだけだよ……」
「まあなんだ、強く生きろ。可能な限りはフォローしてやるからさ」
「フレッド……」
フレッドさん、マジでいいヤツ過ぎる。一生ものの友達ができたかもしれない。
俺の感動をよそに、女性陣は何やら話し合いが進んでいる様子だった。しかし、俺は見ざる言わざる聞かざるを徹底した。絶対その方が身のためだからだ。
5分もそうしていると、待ちに待ったおじいちゃん先生がやってきた。今はその乏しい毛髪すらも神の如き輝きを放っているように見える。というか、実際光を反射していた。
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