第14話 ちょっとお休みです
翌日、俺は学園の病院施設のベッドの上で目を覚ました。聞くところによると、どうやらお腹の傷から細菌が入り、それが原因で高熱が出ていたようだ。敗血症一歩手前だったらしい。
医者曰く、「よくこんな状態で人を背負って歩けたね。普通なら絶対安静だよ」だそうだ。しかしながら、一昔前までならいざしらず、医療技術の発展した現在であれば、2週間も安静にしていれば単位争奪戦ができるまでに回復するらしい。
なんなら、3日も経てば退院できるらしい。まったく、魔法技術は素晴らしいぜ。回復魔法のおかげで全身の新陳代謝が上がっているからすぐに傷も塞がるらしい。
とはいえ、それにも欠点がないわけではなく、普通に生きる何倍もエネルギーを消費するから尋常ではなく腹が減るのだ。
つまり、質素な病院食では足りないのだ。だから、
「エルは私の作ったものが食べたいって言ってます!」
「あらそうかしら? 私の方が食べたいわよね? 滋養強壮に効くものを作ってきたわよ」
「あのあの、私も作ってきましたあ!」
女性陣が張り切って料理を作ってきてくれる。それはいいのだが病院内で争うのはやめていただきたい。しかもいつの間にかサーシャまで参戦してるし。
「頼むから静かにしてくれ……」
「ったく。あん時のコンビネーションは一体どこにいったのやら……羨ましいやら可哀想やら……イオナ先輩は参戦しなくていーんですか?」
「あたしは夜食を作ってきたのだ!」
「ワオ、知能プレー」
「にひひ」
「あーもう! 全部食うから静かにしてくれ!」
「だとさ。一応病人なんだから、お三方も静かにしましょー。ここ、どこだかお忘れ?」
フレッドの言に頭が冷えたらしい3人はいそいそと丸椅子に腰掛けた。
「あのさ、まさか人生でこんなこと言う日がくるとは思ってなかったからすげー恥ずかしいんだけど、俺のために争うのやめてくれませんかね? 何度も言ってますけど、俺はアイリが治るまではそういうことする気は一切ないんで」
集中講義中に決心が揺らぎそうになったけど、やっぱりその方が俺としてはしっくりくる。その結果全員が俺から離れていってしまったとしても、それはやはり俺に問題があったのだから俺としては納得できる。
でも、今のアピール合戦じみたこの状況は俺としては非常に不都合だ。まず間違いなくロードオブカナンに出場するとしたらこのメンバーで出場することになるんだから、仲良くしてもらわないと困る。最低限コンビネーションに差し支えないくらいであってほしい。
「だ、そうですけど。お三方、とイオナ先輩はどう思いますか?」
「おや、フレッドくん的にはあたしも入ってるんだ」
「違うんすか?」
「どうかなー?」
「ま、いずれにしても、ここいらで協定でも作っといた方がいーんじゃないですか? その方がエルにとっても、俺らにとってもいい結果になると思いますよ」
「フレッド……」
なんていいヤツなんだ。俺が女だったら間違いなく惚れている。
「そう、ですね」
「そうね、そうしましょうか」
「わた、私は……あの、いいんじゃないでしょうか!」
「あたしはどっちでもいいよーん」
「エルっちはこうしてほしいとかあるか? 今が機会だぞ、なんでも言っとけ」
「うーん……とりあえず争うのはやめてほしい、かな? 普通に仲良くやりましょう。俺はこのメンバーでロードオブカナンに出場したい」
「そうだったね。エルはおっきな目標があるんだもんね……ごめんね」
「ごめんなさい。人を好きになったことがないものだから、加減がわからなかったの。これからは考えて動くわ。許して?」
「えと、えと……ごめんなさい!」
うんうん。これを機会に仲良くなれれば最高だ。やっぱり友情はこうじゃなくちゃ。
「イオナ先輩はなんか言っとくことないんすか?」
「あたしー? あたしはねー、ちょっとイイかもって思ってるくらいだから、他の3人みたいなことはないかな。ノリでエルくんにちょっかいだしてるよーなもんだし」
ノリって……。俺はそのせいで胃に穴があきそうになったんですけど……。
「疑わしい発言っすね。まあいいや、エルが入院してる間は俺が食事を運んだりします。その方がエルも気が休まるだろうしな。その間に協定でもなんでも作っといてくださいや」
フレッド、なんていいヤツなんだ。やはり持つべきは友人だ。こんなに頼りがいのある男の友人は初めてだ。この学園に来てよかった。
「んじゃま、そんな感じでいつまでもいたら治るもんも治らんだろうし、帰りましょーや」
全員が頷いたことを確認したフレッドは、俺にウィンク一つして全員を退室させた。最後までかっこいいヤツだな。なんで彼女がいないのか謎だ。
ともあれ、全員がいなくなってしまうと今度は寂しく感じるのだから俺もわがままな性格をしている。「食べるか」とひとりごちて、持ってきてくれた料理を食べ始めた。
料理はどれも美味しかった。
○
入院生活二日目。今日は意外な人物がお見舞いに来た。
「息災なようでなによりだ」
リッカだ。普通であれば講義中であるはずのこの時間に、真面目な彼女が来るなんて意外だった。たまたま講義に空きが出たのだろうか。
「今は人がいないのか」
「ま、いろいろあってな。とりあえず入院してる間は静かになりそうだよ」
「そっか、エルの周りにはいつも人がいるから口調が、ね?」
「俺の周りのヤツなら気にしないとは思うけどなあ」
「エルにとっては信頼できる友達かもしれませんが、私はまだ面識もありませんもの」
「それもそうか。ケガはもう大丈夫なのか?」
「まだ激しい運動はできませんけど、日常生活程度なら。エルが私を背負ってくれたおかげです」
「よかった。それにしても、忙しいからお見舞いには来れないかと思ったよ」
「恩人のお見舞いに行かないわけないでしょう? ところで、お医者さんに聞いたら相当お腹が空いているみたいですね」
「そうなんだよ。治癒促進の魔法がかかってるんだけど、それのせいでやたら腹減ってさ」
「やっぱり。卵粥を作ってきましたから食べてください」
そう言ってリッカはカバンから大きな銀の弁当箱を取り出した。蓋を開けると、まだ作ってからそんなに時間が経っていないのか湯気が出た。美味しそうな、それでいて優しい匂いだった。
「おー美味そう。いただきます……っとスプーン持ってるか?」
「はい、どうぞ」
スプーンを差し出したリッカの指は絆創膏だらけだった。
「あれ、その指どうしたんだ?」
「……笑わないで聞いてくれます?」
「まあ、内容によるけど」
「その、あまり料理が得意ではないので包丁で切ってしまって……」
感動した。俺のために苦手な料理を作ってくれただなんて、これで心を動かされない男はいない。こういうのに俺は弱いんだ。
「リッカ、ありがとう。すげー嬉しいよ」
「一応味見はしましたから美味しくないということはないと思います」
「どれどれ」
スプーンに山盛りすくって口に入れる。ダシの風味と醤油の風味が上手くマッチングしている。その二つを柔らかく卵が包み込み、そこに薬味のネギがアクセントを加える。
美味しい。昨日精のつくものばかり食べたせいで、少々もたれ気味だった俺の胃に再び活力が満ちるのがわかった。
「……どうかな?」
「美味いよ。ほんとにありがとう」
不安そうに尋ねるリッカに対する答えなどこれしかない。俺は昼食後だというのにガツガツと食べてあっという間に平らげてしまった。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
「いやーマジで美味かったよ」
「ふふっ、そう言ってもらえると頑張ったかいがあります。こんなものではお礼にもなりませんけどね。エルにはたくさん助けてもらいましたから」
「そんな気にすんなって言ったろ? 友達なんだから当たり前のことをしただけだよ」
「いえ、これは私の矜持みたいなものですから。受けた恩はしっかり返さないとすっきりしないんです」
「んー、じゃあこうしないか? 俺に勉強教えてくれよ」
「勉強を?」
「そうそう。谷に落ちた時、絶対防御が壊れても魔法は使えるって教えてくれただろ? 俺真面目に講義受けてたつもりだけど知らなかったからさ。質問のしかたとかいろいろ」
「それは構いませんけど、私、邪魔になりません? エルはいつも友人と講義を受けてるんですよね? そこに私が入っていくのは……」
「むしろチャンスだって考えようぜ。一緒に講義受けたら俺の友達とも仲良くなれるだろ? こういうところから友達の輪を広げよう。もちろん、リッカがイヤだって言うなら別の方法を考えてもいいし」
「うーん、たしかに自分から動かないとダメですもんね。それじゃあ、お願いします」
「おう、任せろ! 皆いいヤツなんだ。特にフレッドは気づかいも上手いし、情報収集も得意だし、顔も広いんだ。女好きなのが玉に瑕だけど、あれで実は簡単な料理もできるんだ。俺が女なら告白してたかもしれないレベルでかっこいいんだ」
そこまで言って、いつの間にかリッカがニコニコと微笑ましいものを見る目で俺を見ていたのに気付いた。
「ど、どうした? なんか面白い箇所あったか?」
「だってエル、友達のことを話している時すごく生き生きしているんですもの」
「そ、そうか?」
「気付いてなかったんですか? おかしい。でもそっか、やっぱり友達って大事ですものね。エルにとって、フレッドという人はとっても頼りがいがある人なんですね」
「そうなんだよ。この間の集中講義でも女性陣がちょっと揉めた時があってさ。その時コンビを組んだんだけど、なんていうか、かゆいところに手が届くみたいな感じでさ、俺がこうしてほしいっていうのを言わないでも察してやってくれるんだよ」
「いいですね。いつか私にもそんな人ができたらいいな」
「できるさ。男口調を使っている時はちょっと寄り付き難い雰囲気があるけど、こうして話している分にはリッカもすげーいいヤツなんだから。いつかきっと現れる」
「やっぱり口調直そうかなあ。でもなあ、いきなり変わったら変に思われないかな?」
「どうだろうな。その辺は俺もわからないよ。だけど、リッカがこの人の前では仮面をとってもいいかな、って思った人には今の口調でいいんじゃないかな」
「果たしてそんな人が現れるかどうか……」
「だーいじょぶだって。俺ですらそう思ってもらえたんだから、他にももっといるさ」
「うーん……まあ頑張ってみます」
「俺予定では明後日退院なんだけどさ、リッカってどの講義とってる? 退院したら早速一緒に受けようぜ」
「いろいろとってます。今時間割を見せますね」
リッカの取り出した時間割表を見ながら、被っているところを探したりしていると、不意に呼び出し音が聞こえた。
「あ、私だ。ちょっと失礼します」
病室を出ていったリッカはすぐに戻ってきた。そして、申し訳なさそうな顔をしてこう言った。
「ごめんなさい、生徒会から呼び出しがかかっちゃいました」
「そっか、いろいろ忙しいもんな。今日はありがとう。おかげで退屈が紛れたよ」
「いえ、こちらこそお話しできてよかったです。それじゃ私は失礼します。身体に気をつけてくださいね」
「おとなしく寝ることにするよ。それじゃあな」
「はい。講義、楽しみにしてます」
綺麗なお辞儀をしてリッカは退室してしまった。こうなると再び退屈な時間が訪れてしまう。入院生活というのはとかく暇だ。フレッドが気を利かせて本を持ってきてくれたけどそれも読み終わってしまった。リッカに言った通り、おとなしく寝ることにするか。
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