第10話 fall

「ここで会ったが百年目だ! エル・グリント!」

「またあんたか……」


 フスコだった。そういえばこいつも参加者名簿に名を連ねていた。しかもなんだか知らないけどバッジ結構持ってるし、二日目まで生き残ってる。なんなんだ。


「お前のせいで俺はさんざん生徒会に絞られたんだ!」

「お前のせいも何もあんたが勝手にやったことだろうに。こっちは被害者だよ」

「ええいうるさい! 覚悟しろ!」

「……彼となにか確執があるのかしら?」

「ただの腐れ縁ですよ、一方的な」


「いくぞエル・グリント! 俺はまた強くなったんだ!」

 フスコは地面に剣を突き刺しアースゴーレムを作り出す。またか、と思ったがどうやら今回は前と違うらしい。ぐんぐんと大きくなっていく。

「おー。デカイデカイ」

「どうだ!」

 だが、

「レガル」


 たかだが3メートル程度だ。その大きさなら先輩のレガルで見慣れている。しかも、先輩の機巧人形レガルと比べてしまうと、どうしても見た目の時点で見劣りしてしまう。


「なっ……! 卑怯だぞ! こんなものを隠し持っているなんて!」

「だから卑怯もなにもないっての」

「あの、倒してしまってもいいのかしら?」

「どうぞ」


 ぷち。という音が聞こえた気がした。実際にはレガルがしっかりと手を組んでアースゴーレムを頭から叩き潰したから轟音が響き渡ったわけなのだが、あまりにもあっけなさ過ぎて迫力が微塵もなかった。


「おのれエル・グリント! 今日という今日は許さん!」

 だからなぜそこで怒りが俺に向くのか。彼の目には俺以外映っていないのだろうか。どう見ても先輩が君のアースゴーレムを潰しただろうに。

「なんかもう、好きにしてくださいとしか」

「くそう! 舐める――ぶごお!」


 剣で俺に斬りかかろうとしたフスコがどこかへ吹っ飛んでいってしまった。横からとんでもない勢いで人が飛んできてそれと衝突してしまったのだ。


「情けないねえ。最近の一回生はこんなもんかい」

 土煙の中から現れたのはまさかの人物だった。

「ロベッタ……」

「ん? その声は」


 最悪だ。思い返せば参加者名簿の中に彼女の名前もあった。まさかカチ当たることなんてないだろうと思っていたが、この上なく最悪のタイミングで出会ってしまった。


「お! やっぱりエルじゃないのさ! いやー探したんだよ」

 土煙が晴れ、こちらの姿を確認したロベッタはとても嬉しそうにそう言った。まるで旧知の仲かのような態度だが、会うのはこれで2回目だ。


 彼女はあの日と変わらず白の特攻服をはためかせている。特攻服の背中の刺繍、「WAILD BANCH」の文字が今はとても恐ろしかった。


 普段であればスペルミスってますよ、なんて指摘する余裕もあるが、やる気マンマンの彼女を見てそんなことを言える人がいれば見てみたい。


「こっちは見つけてほしくありませんでしたよ」

「つれないこと言うもんじゃないよ。アタシもいろいろな奴と戦ったんだけどいまいち根性のあるヤツがいなくてねえ。くすぶってたんだ。ちょいと付き合っておくれよ」


 俺個人としてはその提案は喜んで受けるが、今は集中講義中。全員の単位が懸かっている。戦えば確実に負けてしまう。となればやることは決まっている。


「先輩!」

 言われるまでもなくレガルの渾身の一撃がロベッタを襲う。しかし恐ろしいのはロベッタだ。彼女は片手でレガルの一撃を受け止めている。だが、目的の足止めは成功している。

「今の内に!」


 全員一目散に走り去る。とはいえサーシャを始めとして運動が得意な人間ばかりの集まりではない。素直に逃げても追いつかれて狩られるのがオチだ。


「どうするよ!?」

 走りながらフレッドが問いかける。

「賭けに出る!」

「賭けって!?」

「昨日の野営場所に戻る! 運がよければ生徒会がまだうろついてるはずだ!」


 ロベッタの性格上より強い奴が現れればそっちに注目がいくはずだ。それに賭けるしかない。


「鬼ごっこかい! いくよ!」

「うひー! 追いつかれるぞお!」

「ばら撒けるもん全部ばら撒け! フレッド!」

「ちくしょう! なんで俺らはいつもこうなるんだ!」


 フレッドがやけくそ気味に水弾を乱射する。イオナ先輩も爆発系のマジックアイテムをぽいぽい放り投げる。


 後ろでドゴーンだのバゴーンだの爆音が響き渡っているが、ロベッタは一切その歩みを緩めなかった。それこそ機巧人形でも追ってきてるんじゃないかってくらいの恐怖だ。


「ほらほら追いついちゃうよお!」

「やめてくれー!」

「アイシャ!」

「うん! ファイヤブレイク!」

「甘い!」

「うっそだろ!」


 いくらフルチャージではないとはいえ、アイシャのファイヤブレイクを木刀一つで打ち返しやがった。


 更に、打ち返されるということは、それすなわちアイシャのファイヤブレイクがこちらに向かうということで――。


「うおおおおおおおおお!」


 バゴーン! という轟音と共に俺達はふっ飛ばされてしまった。咄嗟にサーシャがウォールを発動させてくれなかったら全員仲良くお陀仏だった。


 しかも悪いことに吹き飛ばされた先は谷底の縁だった。前門の虎、後門の谷底。どこにも逃げ場はなかった。


「鬼ごっこは終わりかい?」

 グレイとの戦いで消耗してしまっている今、どこにも勝ち目はない。こうなったら誰かが犠牲になるしかない。

「……皆、俺がロベッタを引き止める。その隙に逃げてくれ」

「でも!」

「それしか方法はない。幸い、ロベッタは俺をご所望のようだ」

「……悪い。頼んだ、エル。皆行くぞ」


 どこまでやれるかわからないが、どうせ彼女も超えなきゃいけない壁の一人だ。やるだけやってやるさ。


「相談は終わったかい?」

「俺とタイマンしましょう」

「そうこなくっちゃ! やっぱり男はそれぐらいの意気じゃないと!」


 ロベッタは心底嬉しそうだった。彼女はこういう男臭いやり取りが好きなのかもしれない。単純に戦うのが好きなだけな気がしないでもないけど。


「いきますよ!」

「かかってきな!」


 小細工一切なしの上段からの斬り下げ。ロベッタは俺の思惑通り狂暴な笑みでもって俺の一撃を受け止めた。


 つば競り合いの形になるが、グレイのように魔法を使う様子はない。あくまでも力と力。純粋なパワーでのぶつかり合いが彼女のお好みらしい。俺もそれは嫌いではない。


「やっぱいいねえ。アンタ最高だよ!」

「ッ! 気に入ってもらえたようで何より!」


 なんつー馬鹿力だ。女の腕力じゃない。身体強化魔法使った男の俺と互角以上にやり合うなんて。相変わらずバケモンだな。このままじゃ押し切られる。


「クソ! 灯火!」

 フル火力0距離の灯火。流石に少しくらいはダメージを与えられたかと思ったが甘かった。爆炎の向こうでロベッタが楽しそうに笑っている。


「一回生でアタシを相手にして一撃でやられない人間はアンタくらいのもんだよ」

「俺より強い奴はいっぱいいますよ」

「いーや、その中でもアンタはもっと強くなれるはずだ。グレイに勝ったのはまぐれじゃないよ。アタシが保証する」

「そりゃどうも」


 会話してくれるならそれに越したことはない。こうしている間にも皆は逃げてくれているはずだ。


「だけど、その魔法の使い方は気に食わないね。アタシの嫌いな奴と同じ使い方だ」


 正直この使い方はグレイのを真似したものなんだけど、ロベッタはグレイが嫌いだったのか。意外な事実だ。それとも他に同じ使い方をする人がいるんだろうか。


「とはいえ、今のアンタにとっては切り札なわけだ。アタシには効かなかったが、次はどうするんだい?」


 んなもん決まってる。根性でやるしかない。もう単位争奪戦の常識は捨てる。この人相手にそれは通用しない。喧嘩だと思って戦うのが正しい。

 だから俺は、再び上段斬りを仕掛け、ロベッタが避けた瞬間に回し蹴りを入れた。


「っ! それだよ! アンタはアタシの期待通りの動きをしてくれる……サイコーだ!」

「なんで攻撃食らって笑顔なんだよ……!」


 土手っ腹にぶち込んでやったってのになんであんなにヘラヘラできるんだ。ちょっと自信がなくなってくるぞ。


「身体も温まってきた! ホラ! これにはどう対処する!」

「クッソ! 戦闘狂が!」


 今までのは手加減してたと言わんばかりの木刀による突きの乱打が襲う。そのどれもが必殺クラスの威力なもんだから避ける俺は必死だ。


「いいねえ! 次はこうだ!」

 ロベッタは空高く飛び上がり、そのままの勢いで俺の頭目掛けて木刀を振り下ろす。


 受けざるを得なかったから受けたが、とんでもない負荷が身体にかかった。ただの木刀の一撃を受けただけで衝撃の余波が周囲に広がり、地形が微妙に変わってしまった。受け止めた本人の俺が無事な理由がわからなかった。


「へえ……これも受けるのかい」

 ああ……素直に今の一撃でダウンしておけばよかったかもしれない。ロベッタの目の色が明らかに変わった。

「ギリギリだっつの……」


 ロベッタが何か魔法を使ったらしい。彼女の周囲に紅いオーラが迸っている。

次に来る一撃は確実に受けきれないだろう。認めたくないけど、今の俺の実力じゃここまでか……。


 すでにガクガクの足に鞭打って、しっかりと地に足をつける。そして、訪れるだろう衝撃に備えた。しかし、いつまで経ってもロベッタは動かなかった。不審に思い観察してみると、ロベッタの視線は俺を向いていなかった。


 何を見ているのかと思ったら、横からこちらに向かって歩いてきている二人組を見ているようだった。


「あれは……?」

 どうやら俺は賭けに勝ったようだ。目を凝らして見ると、二人組は念願の生徒会だった。リッカと生徒会長が並んで歩いている。しかも、しっかりとこちらに向かって。


 ロベッタは静止したままだ。不気味くらいに静かだった。まるで、猫科の動物が獲物を捕らえる瞬間に無音になるかのようにじっと黙っていた。


「やあ、いたいたエル君」

 無音の時間は生徒会長達がこちらに近づいてくるまで続いた。彼は俺達が明らかに戦っている最中であるにも関わらず、まるで挨拶でもするかのようにそう言った。

「昨日はお魚ありがとう。美味しかったよ」

「い、いえ……」


 会長は朗らかにそう言うが、俺としては気が気でない。なぜこの人は戦意むき出しのロベッタを前にしてそんなにリラックスできるんだ。


「それだけ言いたかったんだ。それじゃ、戦いの最中みたいだし私達はこれでいなくなるよ。邪魔して悪かったね」

 そう言って本当にいなくなろうとする会長を、当然のごとくロベッタが引き止める。

「待ちな! アタシを前にしていなくなろうとするなんていい度胸じゃないのさ」

「ん? 君はエルくんと戦っていたんではないのかい?」

「悪いねエル。勝負はお預けだ。ってことで――」


 ロベッタはいきなり生徒会長に斬りかかった。渾身の一撃に思えたそれを、会長は涼しい顔していつの間にか抜いていた剣で受け止めた。


「一応言っておくが集中講義中に生徒会に攻撃をすると参加資格を失うよ」

「知ったことか! アタシは強い奴と戦うために参加したんだ。おあつらえ向きじゃないのさ!」

「うーん、困ったな。リッカ君、少し離れていなさい」

「いえ、私も戦います」

「やめておいた方がいいよ。今の君じゃ彼女には敵わない」

「しかし!」

「うだうだ言ってんじゃないよ!」


 紅のオーラを爆発させたロベッタが地面ごと叩き割らん勢いで二人に斬りかかった。生徒会長はやはり涼しい顔してそれを受け止めたが、リッカの方は衝撃の余波でこちらに吹き飛んできた。あのコースは――。


「やべ!」

 危ないところだった。俺が受け止めなければ谷底に落下してしまうところだった。

「す、すまない。助かった」

「貸し一つな。あの二人の間に割って入るのは無謀だ。見ろ」


 あくまで戦う気のない生徒会長はロベッタの繰り出す斬撃を終始受け流すに留めているが、それでも本気になったロベッタの一撃はとんでもない。一撃一撃が轟音を放っている。離れている俺達の元にまで衝撃が届いている。


「……それでも、私は生徒会だ! 違反者は取り締まる!」

「はあ……そうか、好きにしろ。次は助けないからな」


 どこまでこいつは石頭なんだ。せっかくの人の忠告を無視するとは。もう知らん。

 まあ、いいさ。当初の予定通り生徒会長がロベッタの足止めをしてくれてる。俺は仲間の元に戻ろう。


「うぅ!」


 リッカの悲鳴が聞こえた。何度も何度も挑んでは吹き飛ばされて、それでも諦めずに立ち向かっているようだ。


 ……果たして俺はあんなにも頑張っている人間を見捨てるようなやつだっただろうか? 不意に、アイリの笑顔が俺の脳裏をよぎった。


「~~っ! あーもう!」


 頭を振って走る。すると、最悪、というかちょうどというか、リッカがロベッタに吹き飛ばされる瞬間だった。しかも、先程までとは違い、今度はかなり強い力でやられたようだった。更に悪いことにリッカの先にあるのは谷底だった。あのままでは落下してしまう。


「クソッタレ!」

 身体強化魔法の変数を脚力にのみ集中させる。ここからまともに走っても間に合わない。一か八か後ろに回って受け止める!

「とおどけええええええ!」


 途中まで俺は賭けに勝った。だが、受け止めた衝撃を完全には殺し切ることができず、俺はリッカを抱きかかえたまま暗い谷底へと落下していった。

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