第9話 グレイ再び

 集中講義二日目。


 焼け野原から使える物を救出した結果、残ったのは寝袋とわずかの食料、水筒、ライターくらいのものだった。アメニティ類もなんとか焼け残っていた。ただ、残念なことにビーコンを始めとした陣を張る際に必要な類の物は昨日の襲撃で大半が壊されてしまった。


「二日目だ」

「二日目ね」

「二日目だね」

「二日目だよーん」


 冷戦状態である。順に、俺、クロエ先輩、アイシャ、イオナ先輩。


 おかしい。絶対におかしい。普通こういう団体行動的なイベントって仲間との絆を深める機会のはずなのに、刻々と仲がおかしな方向に進んでいる気がする。このままでは友情ブレイクまであるんじゃなかろうか。どっちにしろ、常に間に挟まれている俺の胃がボロボロになる日は近い。というかすでに穴が空いてるまである。


「お願いだから仲良くしましょうよ。団体行動なんだから足並み揃えないと」

「私達は仲良しよ? ねえ?」

「そうですね。ほらこーんなに」

 ぐいーっとお互いの頬を近づけてひっつけ合うクロエ先輩とアイシャ。しかしその目は一切笑っていない。


「イオナ先輩も」

「あたしはなーんにも怒ってないよ? フレッドくんがしっかり守ってくれたしー」

 仲良くしようと言って怒ってないよと返す人間が、本当に怒ってないところを見たことがないぞ……。


「フレッドさんや、いつものように場を和ませてくれませんかね?」

「無理だな。お前が悪いとは言わんが今は時期が悪い」

「そんなあ……」


 サーシャの方に目をやるも、やたらと上機嫌に微笑むだけだった。

 この冷え切った雰囲気をなんとかする術はないかと考えながらトボトボと歩いていると、前方で大規模な戦闘が起こっているのが見えた。


「どーします? 参戦します……?」

 もはや俺は女性陣にお伺いを立てる立場である。肩身が狭いぜ。

「いいストレス解消だわ。参戦しましょう」

「賛成。私も魔法ぶっ放したい気分です」

「あたしもー。爆発するところが見たいなー」


 恐ろしいことを仰る三人娘だ。哀れ、まだ見ぬ敵よ。俺は君に同情するよ。

 なんていうふざけた考えは、戦っている相手を見た途端に霧散した。二回生3人相手に互角どころか優位に立ち回っていたのは、あのグレイだった。


「グレイ……!」

 ギリっと歯を噛む音がクロエ先輩から聞こえた。

「今ならまだ戦闘は避けられますよ」

「いえ、やりましょう。彼ならどの道生き残る。いずれはぶつかる相手よ。遅いか早いかの違い」

「わかりました。それじゃ、俺が先陣を切ります。皆、サポート頼む」


 3人チームの背後から奇襲をかける形で参戦する。フレッドの水弾で弾幕を張って、俺がその間に割り込む。俺達とグレイ、上級生3人チームの三つ巴の形ができあがった。


「エル・グリント。やはり生き残っていたか」

「先輩こそ。こんなところで会うなんて奇遇ですね。単位が足りないんですか?」

「それはこちらのセリフだ。俺から奪った単位はどうした? 犬にでも奪われたか?」

「可愛い犬だったもんで、思わずあげちゃいました」


 軽口の応酬。お互いにそこそこの因縁はもっている。加えて、お互いが手の内を知っている。だから、容易に一歩が踏み出せない。


 その均衡を崩したのは上級生3人のチームだった。意識がそちらに向いてないと思った彼らは、グレイに向かって一人、俺達に向かって二人攻撃を仕掛けてきた。


「邪魔だ」

 グレイに向かっていった一人は、あっけなく態勢を崩され、いつか俺が食らった0距離の雷撃を食らって気絶した。


「レガル」

 残りの二人は、一人がクロエ先輩の機巧人形に握りつぶされる。

「フレッド頼んだ」

もう一人は、俺が後方に放り投げ、フレッドの乱射によってHPを0にさせられた。


「ふっ。ぞろぞろと群れているのは相変わらずみたいだな」

「先輩は相変わらずボッチみたいですね」

「軽口も変わっていないな」

「相変わらずいけ好かない先輩ですよ、アンタは」

「お互い様だな。また俺に壊されにきたのか? クロエ」

「あの時とは違うわ。今は皆がいる。貴方こそ、また無様に負け犬姿を晒すためにきたのかしら」

「……どちらが負け犬になるか――」

「勝負だ!」


 グレイに相手に出し惜しみはできない。最初からフルブースト。魔導具に限界まで魔力を流し込み、魔法で身体能力を強化する。

 高速戦闘だ。お互い身体強化魔法をかけている。意識を限界まで研ぎ澄ませなければ一瞬で刈り取られる。


 剣と剣が交差し、決してつば競り合いにはならない。お互い、動きを止めてしまえばやられることがわかっているからだ。


 剣戟の合間にフレッドの水弾が飛び交う。グレイがそれを斬り裂いた瞬間を狙ってレガルの拳がなだれ込む。しかしそれすらもグレイは躱す。


 悔しいが、やはりグレイはそこらの二回生とは一線を画した実力をもっている。


「少しは成長したようだな」

「そりゃどうも。アンタこそ余裕がないように見えるけど?」

「余裕がないのはどっち、かな!」

 マズイ、剣戟の合間を狙われた。避けられない!

「ウォール!」

 セーフ! 危ないところだった。サーシャが防御魔法を発動させてくれなかったら直撃コースだった。しかし、それでも完全には威力を殺しきれずに地面を転がってしまった。

「っつ! 助かった、サーシャ!」


 俺の態勢が整うまでの間、先輩のレガルが間に入り、グレイとやりあっている。先輩も頑張っているが、すでにレガルの弱点を知られてしまっている以上、形勢はお世辞にもいいとは言えない。


「先輩! カバーに入ります!」

「ごめんなさい、お願い!」

 今まさにレガルの弱点を狙おうとしていたグレイに斬りかかる。そこら辺の奴なら完璧に決まるコースだったが、グレイは空中で姿勢を変え、俺と切り結ぶ。だが、そんなことはわかっていた。

「灯火!」

「サンガー!」


 俺の灯火とグレイのサンガー。お互い準備がしっかりしていなかったとはいえ、0距離で撃ち合う形になった。火炎と雷光が飛び交う。

 気絶するほどではないが、それでも猛烈な痛みが身体に走る。間違いなく今の一撃で相当HPが削れてしまった。


 恐ろしいのはグレイだ。空中で魔法を撃ち合い、身体にダメージを負ったというのにすぐに態勢を整え、間髪入れずに追撃に入った先輩とフレッドの攻撃をいなしている。


「クソ! アイシャ!」

「こっちはいつでもいけるよ!」

 やはりグレイをやるにはアイシャの一撃に賭けるしかない。だが、隙の大きいあの一撃を当てるのは至難のわざだ。あの時とは違い、今のグレイに油断はない。

 だが、やるしかない。グレイがレガルとフレッドの相手をしている内にプレートを剣から銃に差し替える。

「パラライズ!」

「その手は食わん!」


 無理だとは思っていたが、やはり当たらなかった。グレイが宙に浮いた瞬間を狙ったが、奴は先輩のレガルを踏み台にして逃げた。おまけに追撃のフレッドの攻撃まで避けた。


 だが、そのせいでグレイの身体は今宙にある。付近には踏み台になるような物もない。完璧なタイミングだ。


「ファイヤブレイク!」

 轟音が響き渡った。イオナ先輩特製の筒型魔導具から放たれたそれは、綺麗なラインを描きながらグレイに向かっていく。さしものグレイもそれは避けられないと判断したのか、剣を垂直に構え、受け止める方向へシフトした。

「ぬおおおおおおおおおおお!」


 重力に従って落下しながらも、グレイは決して吹き飛ばされることはなかった。

 そして、遂に俺達の切り札であるアイシャの魔法を受け切ってしまった。


「はあ、はあ、はあ……」

「クッソ……これでもダメなのか」

 油断のなくなったグレイがここまで強いとは思わなかった。完全にお互いが決め手に欠けている。これじゃただの消耗戦だ。

「お前らこんなやべーやつと戦って勝ったのかよ」

「あの時は油断してたんだ。あいつの実力がこれなんだろうさ。くるぞ」


 グレイが態勢を整え、第2ウェーブの開始かと思われたその時、意外にもグレイは剣を仕舞った。


「やめだ。お前達と戦っていては採算が取れん」

「尻尾巻いて逃げるつもりですか」

「なんとでも言え。お前達が最終日まで生き残っていればまたやり合うことになるだろう。それまでせいぜいバッジを溜め込んでおけ」

 どうやら本当にグレイは戦闘継続の意思がないらしい。踵を返したグレイは隙だらけの背中を晒している。


「悔しいけど、助かったわね。このままやりあっていたら彼の言う通り採算が取れなかったもの。相当消耗してしまったわ。今狙われるとマズイわ」

「バッジ回収してきたよー。あの3人たんまり溜め込んでたみたい」

 グレイと最初に戦っていた3人からいつの間にかバッジを確保していたらしいイオナ先輩が言った。手にはたくさんのバッジがあった。


「ひとまずこれだけあれば、生き残ることさえできれば単位問題は解決できそうだな」

「私としては魔法受け止められちゃって悔しいけどね」

「俺だってそうさ。やっぱりグレイは強い。超えなきゃいけない壁の一つだ」

「あんまりサポートできなくてすみません……」

「いや、サーシャがいなかったらやられてたさ。ナイスサポートだ」

「そうそ。今のはいー感じのコンビネーションだったんでないの? 俺らもやっとチームらしくなってきたってーの?」


 フレッドの言う通り、一時はどうなることかと思ったが、今はいい感じにチームとしての結束力が高まっている気がする。これでこそ団体行動系イベントの醍醐味だ。

 あとはもう一人くらい手頃な奴と戦えばより盤石なものになるだろう。ちょうどよく草むらから誰かが向かってきた。というかあの姿には見覚えが――。

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