第8話 てきしゅーだー!2/2

駆ける。駆ける。しかし、来る時はなかった敵のトラップが至るところに仕掛けられていた。そのせいで、来た時の倍戻るのに時間がかかってしまった。無事でいてくれ……!


「うひゃー! あたしはバッジ持ってないってばー!」

 敵がバコスカ景気よく爆発系の魔法を放つ中、なんとかイオナ先輩は生き残ってくれていた。舞台役者も真っ青のアクロバティックな動きで敵の魔法から逃げいてた。


「先輩!」

「エルくーーーーーーん!」

 こちらの姿を確認した先輩がガバっと俺に抱きついてきた。

「うえーん。怖かったよー!」


「先輩、わざとらしいラブコメやってる場合じゃないっすよ。サーシャちゃんはどこに?」

「あ、ごめんごめん。それがわかんないんだよね。逃げる途中ではぐれちゃってさ」

「マジかよ……サーシャちゃんやられてねーだろうな……!」


「いや、サーシャはまだ無事だ」

「ん? なんでわかんだよ?」

「あっちの方で戦闘音が聞こえる。たぶんサーシャだ。先輩を頼んだぞ、フレッド!」


 敵の姿も確認せずにいたずらに魔法を放ち続けている敵を軽くいなして、サーシャがいると思われる方向に駆ける。


 途中、焼け野原になってしまった俺達の陣が目に入ったが、そんなものに目をくれている場合ではない。


 俺はただ駆け、賭けた。サーシャが生き残っているその可能性に。


「エルクランの落ちこぼれが! しぶといんだよ!」

 声が聞こえた。

「私だって、皆さんのために頑張れるんです!」

 よかった。やっぱりサーシャは生き残ってた。

「お前なんていてもいなくても変わらない役立たずだろ!」

「っ!」

「……んなわけねえだろ!」

 完全にカチンときた。サーシャと敵の間に割って入る。


「エルさん!」

 サーシャはボロボロになりながらも、しっかりと俺達のバッジを守ってくれていた。こんなに他人のために必死になれる人間が役立たずなはずがない。


「今サーシャに言ったことを取り消せ」

「俺は事実を言ったまでだ」

「アンタの言ったことは全部間違っている」

「ずいぶん威勢がいいようだが、だいたい、お前にしたところで上級生相手にまぐれで勝っただけだろう。調子に乗るなよ。俺はグレイのような間抜けとは違う」

「今からアンタをその間抜けの仲間入りさせてやるよ」


「これだから下級生は困る。運で勝ったのを実力だと思い込む。滑稽だと思わないのか?」

「たしかに、アンタの言う通りあの勝利は運だ。だけどな、仲間を信じたからこそ勝利の女神は微笑んでくれたんだ」

「口で言ってわからないようなら……」

 相手が槍型の魔導具を構える。俺も剣を正眼に構える。

「実力で証明してやるよ。いくぞサーシャ!」

「はい!」


 槍持ちの相手に中距離戦は不利だ。なんとかして懐に入り込まなければ。それに、奴がどんな魔法を使うかもまだわからない。だが――。


「やることは一つ! 突っ込むぞ!」

 俺はサーシャを信じる。こんな時のために、サーシャはイオナ先輩に単位を分けてもらってまでスキルを購入したんだ。なら、俺にできるのは信じて突き進むのみ。


「いくぞおおおお!」

「バカが! 槍持ちに突貫など……!」

 ただひたすらに、直線で駆けた俺の眼前には槍の穂先があった。だが、何も怖くない。なぜなら、

「空間防御(ウォール)!」

 サーシャがいるから。透明な壁を作り出したサーシャは、槍の矛先をズラす。そうして怯んだ隙に俺が敵の懐に潜り込む。


「チッ!」

 だが、そこは腐っても上級生。それなりに戦闘経験を積んでいるんだろう、咄嗟に槍の持ち手を上にズラし、極近接の間合いで俺とつば競り合いをする。


「いいことを教えてやろう。魔法を使った戦いでつば競り合いというのは――」

「知ってるっつの!」


 グレイ戦でさんざんな思いをしたからな、嫌というほど知っている。このままの状態で魔法でも放たれようものなら気絶間違いなしだ。

 即座に膝蹴りを入れて距離を取る。そして、

「サーシャ!」

「タイミング合わせてください!」


 距離を取ると同時に横にステップ、そして上に向かって思い切りジャンプをする。

 サーシャは完璧なタイミングで「それ」を行ってくれた。「それ」とはすなわち空中に見えない壁を作ること。

 俺は三角跳びの要領でサーシャの作ってくれた壁を思い切り蹴り、相手の斜め上から斬りかかる。


「ぶっ飛べえええええ!」

 身体強化魔法にプラスして、インパクトの瞬間に俺が唯一持っている攻撃系スキル『灯火』のフル火力をぶち込んだ。斬撃そのものの衝撃と、魔法による爆発の威力は想像に難くない。

「ぐわあああああああああ!」

『HP0』

 クソ野郎はきりもみしながら吹っ飛んでいった。


「やりましたあ!」

「完璧なタイミングだったぜ、サーシャ」

 事前のやり取りゼロの完全ぶっつけ本番だったけど、やればできる。俺がサーシャを信じて、サーシャが俺を信じてくれた結果だ。


「くそ……バカな」

「どうよ、アンタがバカにしてたサーシャのおかげで勝てたんだぜ? 取り消せよ」

「俺は認めないぞ……!」

「アンタが認めようが認めまいが、これが事実だ。取り消せ」


 意地でも取り消す気がない様子のクソ野郎にしびれを切らし、近づきかけた俺をサーシャが服の袖を引っ張ることで止めた。


「……エルさん。もういいですよ」

「だけど……」

「あの人の言ったことは事実ですから」

「そんなことは――」

「でも! 私だってやれることを証明できました。だから、今は、それでいいんです」


 サーシャの表情には一切の不満を感じられなかった。心からそう思っているんだろう。


「……クソが! 覚えておけよ!」

 クソ野郎は最後まで謝ることなく逃げ去っていった。

「あ、クソ待て! バッジ置いてけ!」

 慌てて追いかけようとする俺をサーシャがまた引き止める。


「大丈夫ですよ。あの人、ちゃんとバッジを置いていってくれました。きっと、心の中ではあんなことは思ってないんですよ。男の人だから、ちょっと意地になっちゃっただけで」

「サーシャ……」


 だからといってあの言いようはあんまりだと思うが、本人ではない俺がいつまでも怒っていてもしょうがない、か。深呼吸をして気を休める。


「……かもしれないな。皆が心配だ。戻ろう」

「そうですね。ふふっ」

 サーシャはどういうわけか嬉しそうだった。

 その後、見るも無残な陣に戻ると、すでに皆が戻っていた。


「あっ! 戻ってきたな色男! 俺に敵押し付けやがって!」

「悪い悪い。でも、大したことない相手だったろ?」

「そりゃそーだけどよ……お前に置いていかれたイオナ先輩の相手が大変だったんだよ。俺じゃ頼りないって駄々こね始めるしさ」

「レディのお相手は紳士の役目だろ? 謹んでお受けしろよ」

「うわ、くさ! 久しぶりにくっせーセリフを聞いたぜ」

「うるせ。先輩方も大丈夫でしたか?」

「ええ。私達の方は、ね」

「サーシャちゃんも無事でなにより。だけど……」


 なぜかクロエ先輩とアイシャがお互いに目配せをしている。なんだろう、嫌な予感が。


「私達が一生懸命戦っている間に君達は一体全体何をやっていたのかな?」

「ずいぶんと仲がよろしいようだけど。何かあったのかしら」

「な、なんですか。普通にサーシャと協力して敵を倒してただけです……よ?」

「「詳しく」」

 どうしてこうなるんだ。俺にやましいところなど何もないというのに。


「お、俺は普通に敵と戦ってただけだぞ?」

「絶対嘘」

「嘘ね」

「ホントだって!」


 グイグイ来る二人から逃れるように後ろに下がると、今度は後ろに仁王立ちしたイオナ先輩がいた。笑顔なのにものすごく怖いという謎の現象が発生している。


「かわいーイオナ先輩をほっぽってどっかに行くってどういう了見なのかな? かな?」

「そ、そんな、イオナ先輩まで……そうだ! サーシャ、弁解してくれ!」


 救いを求めてサーシャを探すも、彼女はフレッドと美味しそうに缶詰を食べていた。

「ほえ? 普通に仲良しコンビネーションだっただけですよお」

 そうだった……この子に説明を求めても意味はなかった……。

「まー諦めろってこった。骨は拾ってやるよ」

「そりゃねーよおー!」

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