第7話 てきしゅーだー!1/2

 川を背に陣を張った俺達は、川側には音感知式のビーコンを置き、そこを起点に陣の周囲に感圧式の地雷をこれでもかと敷き詰めた。


 ビーコンは数を用意できなかったので、川の付近以外には設置していない。だから、反対側に位置するこの場所に人が居座って、侵入者が来ないか見張る必要があった。


「こうして二人でお話しするのって初めてですねえ」

 パチパチと音を立てる焚き火の前で、三角座りをしたサーシャが言った。

「そうだったっけ?」

「そうですよ。エルさん、人気者ですから。こんな機会でもない限り、私みたいなのろまじゃ捕まえられませんもん」


「そんなことないさ。たまたまそういう機会がなかっただけだろ」

「いえ、お話ししようと思っても、エルさんの周りにはいつも誰かがいますから……今日は特別ですね。えへへ」

 そう言って笑ったサーシャの視線は焚き火へと向いていた。


「そう、か。そうかもしれないな。じゃあ、なんか二人きりでしかできない話しでもするかあ。そうだ、俺にサーシャのことを教えてくれよ」

「私のことですかあ? そんな、お話しすることなんてありませんよ。エルさんみたいにすごい目標があるわけでもないですし……」

「それでもさ。考えてみれば、俺、サーシャのことぜんぜん知らないことに気づいたんだ。初めて会ったのは講義中だったよな。ノート忘れちまった俺に貸してくれてさ、あの時はマジ助かったよ」


「いえいえ。困った時はお互い様、ですよ」

「それからは早かったよな。サーシャが新入生狩りに遭ったって聞いて、一緒にフスコを倒して、すぐにクロエ先輩を助けるために協力してくれてさ」

「……本当に、早い、ですよね」


 俺は何かマズイことを言ってしまっただろうか。サーシャの表情に暗い影のようなものを感じた。


「……サーシャ?」

「皆さん、私と違って成長してます。エルさんはもちろん、フレッドさんもぜんぜん戦ったことないのかなって思ってたら、すごい強くてびっくりしました」


 それは俺も思った。いきなり前に出てやられた時はやっぱりかと思ったけど、真面目になったフレッドは実際強かった。俺も少しは強くなったとうぬぼれていたけど、フレッドも影で努力していたんだろう。


 あいつは実際俺よりもかっこいいはずなんだけどなあ。あの軽口と女好きがすべてを台無しにしてしまっている。


「サーシャは自分が成長してないって思ってるのか?」

「そうですよ。だって、フスコさんと戦ってから、私は一度も戦いに参加したことはありません。今日だって、せっかくイオナさんのご厚意でスキルを新しく買ったのに、使う機会がありませんでした」


 それは相手が弱かったから、という言葉ではサーシャはきっと納得しない。周囲がめきめきと頭角を現している中で、自分だけ置いていかれているという漠然とした不安を抱いているんだろう。


 その感覚には俺も覚えがあった。アイリのために一生懸命勉強を頑張っても、常に上には上がいた。ならばと魔法の分野に挑んでも、やはり上には上がいた。そうした時、自分があまりにちっぽけな存在であるような気がして自分で自分に嫌気が差した。


 それの対処法はやはり、


「しょせん俺は他人だから、なんて言ってもサーシャの心には響かないかもしれない。だけど、いつかきっとサーシャの頑張りが実る日はくるよ。その日まで頑張って、頑張って走りつづけることをやめなければ、いつの日か、自分に誇れる自分が現れてくれるさ」

「エルさん……」

 初めてサーシャは顔を俺に向けてくれた。

「だからさ、落ち込まないで一緒に頑張ろうぜ!」

「はい!」


 俺の言葉で少しでもサーシャが前に進めれば、俺はそれでいい。


 と、そこで爆音が響き渡った。俺達のすぐ側だ。夜襲しようとした学生が地雷に引っかかったんだろう。


「俺は先に見に行ってくる。サーシャは皆を起こしてきてくれ」

 現場に駆けつけると、意外な人物が罠にかかっていた。

「またあんたか……」


 ブスブスと制服から煙を上げていたのは先程も会ったリッカだった。敵でないことを確認した俺は、プレートの連絡機能で誤作動だと皆に連絡した。


「うぅ……」

 情けないのか悲しいのか悔しいのかよくわからない表情をしているリッカを助け起こす。

「なにしにきたんだ?」

「……魚の礼を言いに来たんだ」


 結局あの魚持って帰ったのか。それなら素直にあの場で礼を言えばいいものを。


「とんだ災難だったな。まあ、油断してたあんたが悪いといえばそれまでだけど」

「生徒会ともあろう者が不覚だ……貴方と関わるとろくなことがない」

「それはこっちの台詞だよ。ケガしてないか?」

「大丈夫だ。とっさに防御魔法を発動させたからな」

「それはなによりだ。じゃあもう用は済んだろ? それじゃあな」

「待て! まだちゃんと礼を言ってない。その……魚、ありがとう」

「どーいたしまして」


 後ろ手に手をフリフリしてその場を去った。今度こそ彼女と関わるようなことはないだろう。


「おー戻ってきたか」

「フレッド」

 元の見張り場所に戻ると、サーシャの代わりにフレッドがいた。


「ちょうどそろそろ交代の時間だったからな。お前も戻って寝とけ。夜は長いぞ」

「りょーかい。んじゃ見張り頼むぜ」


 さて、明日に備えてさっさと寝てしまおう。そう思って寝袋に入った矢先、イオナ先輩がテントの中に入ってきた。


「てきしゅーだー! 起きろーエルくん!」

「言われんでも起きてますよ……」


 人が眠ろうと思った瞬間に来やがって。たいしたバッジ持ってない奴らだったらぶっ飛ばすぞ。人は眠りを邪魔されるとイラつくのだ。


「あたしの作ったビーコンに反応があったんだ! 数は4。団体さんだよ~」

 なんでこの人は夜中にも関わらずこんなにもハイテンションなんだ。この人が元気ないところを見たことがない。


「ってことは川を渡ってきたってことですか。他の皆は?」

「もう起きて戦闘態勢をとってるよ」

「りょーかいです」


 寝袋から這い出て軽くストレッチをする。少々強引だが眠りの姿勢に入った身体にもう一踏ん張りしてもらおう。

 テントから出ると、すでに皆が作戦会議を行っていた。


「今どんな感じですか?」

「起きたのね。それが変なのよ。イオナのビーコンには確実に反応しているのに姿が見えないの。ひょっとしたら何か魔法を使って姿を隠しているのかもしれない」

「夜襲するくらいだから手練の可能性があるって感じですか?」

「そうね。しかも、反応の仕方もおかしい。飛び飛びで反応しているの」

「というと?」


「川の向こう岸で反応があったかと思ったら今度は川の真ん中で、次は戻って森の中。今は二手に分かれているようよ」

「向こう岸からこっちに向かってきて、俺達に気づいて引き返したって線はないんですか?」

「はいはーい。それはおかしいです! なんでおかしいかっていうのを説明するイオナ先生のビーコン講座を開くからよく聞いてね!」

「手短にお願いします」


「あたしの作ったビーコンは音に反応するんだけど、その音を感知する周期をとても短く設定してあるんだ。だから、2歩歩いたら2歩分の反応があるはずなの。なのに、今回は3回反応があったんだけど、位置が離れ過ぎているのが問題なわけ。オーケー?」

「ってーことは、お相手さんは瞬間移動したってことっすか?」

「ビーコンの反応だけ見るとそうだね」

「イオナ先輩のビーコンを疑うわけじゃないですけど、人以外の何かが反応した可能性はないんですか?」


 アイシャの指摘は一理ある。人が瞬間移動するだなんてことは魔法を使えば可能なのかもしれないが、そんな魔法を所持している奴はそうそういないだろう。いるとしても極少数なはずだ。となれば、残った可能性はやはりアイシャの言った内容になる。


「んにゃ、あたしの発明品を舐めてもらっちゃ困るよん。あれは人にしか反応しないように作ってあるから、間違いなく人だよ」

「困ったわね。とすると、手は二つに一つ。正体がわからないままに打って出るか、待ちの一手に出るか」


 幸いにして相手方は未だ大きな動きは見せていない。だからこそマップ片手に議論できるわけだが……さて、どうするか。


「その、私は打って出るに賛成です」

 意外なところから発言があった。それまで無言を貫いていたサーシャが普段とは打って変わって好戦的な意見を言った。

「その根拠は?」

 クロエ先輩が鋭く質問する。


「根拠ってほどではないんですけど、このまま我慢してても消耗するだけかなって。それなら倒しちゃった方がいいのかなーなんて……」

「一理あるわね。でも、その提案は相手が見えない以上危険を孕んでいるわ。おまけにこちらは夜間戦闘の経験は0。皆の意見は?」

「俺はサーシャに賛成です」

 せっかくサーシャが意思表示をしてくれたんだ、俺はその意思を尊重したい。


「俺ちゃんも待つのはあんま好きじゃねーなあ」

「私も」

「……こんなに好戦的な人間の集まりだったかしら、私達」

「まあ、上級生相手に争奪戦挑んだりする連中の集まりですしね」


「わかったわ。それでいきましょう。ツーマンセルで行動するわよ。私がアイシャと、エルはフレッドと、サーシャはイオナと一緒に陣を守ってちょうだい。念の為バッジはここに置いていくわよ。いいわね?」


 各々が頷き、それぞれに割り当てられた場所へと向かう。俺とフレッドは東方面。先輩とアイシャは西方面。


「いよいよ集中講義のヤバさが出てきたな。こんなんじゃおちおち眠ってらんねーよ」

「お前はまだ眠れただけいいだろ。俺なんてさあ寝ようって時にこれだ」

「とっとと片付けて戻るとすっかね」


 流石に雑談で敵にバレるわけにもいかないので、そこからはお互い無言で最後に反応があった場所に向かった。するとそこには、完璧に凍らされた木が一本あった。


「……なんだこりゃ?」

「魔法、だよな。なんでこんなことを」


 ここに誰かがいた痕跡であることに間違いはないはずだが、肝心のその姿が見当たらない。ひょっとするとこっちはハズレだったのかもしれない。

 プレートの通話機能を使い、先輩に問いかける。


「こっちには誰もいませんでした。そっちはどうです?」

「こちらもよ。おかしいわね。敵に何か狙いがあるの――」


 先輩の声が爆音によってかき消された。振り返ると、木が炎上しているのが見えた。


「おいおいありゃ俺らが陣張ったところだぞ」

「マズイ……! 急いで戻るぞ!」


 罠だったんだ。相手の思惑はおそらく、戦闘要員である俺達を陣から離れた位置に移動させて、非戦闘員が所持しているバッジを奪うことだったんだ。

 現に、今陣にはサーシャとイオナ先輩しかいない。敵の思うつぼだった。

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