第6話 反省して仲良し
川べりに張った陣の周囲に、イオナ先輩謹製のトラップをこれでもかと敷き詰める。そうして安全を確保した俺達は、焚き火を囲んで反省会をしていた。
「さて、当初予定していたよりも遥かに少ないバッジ獲得数なわけですが」
俺の言葉に皆言わずとも戦犯探しが始まる。当然、スポットが当たるのはクロエ先輩とアイシャだ。午後のバッジ獲得はもはや俺とフレッド二人だけでやっていたに等しい。
流石に二人も自分が悪いと思っているのか、バツが悪そうな表情をしている。
「……こうなってしまうと選択肢は二つね。演習場に散りばめられたバッジを集めるか、生き残った学生を相手にするか」
「今日みたいに楽な戦いはできないってわけですよね」
俺の目標から考えると、強い相手と戦って強くなるというのはむしろ望むところだけど、今回の目標は全員にまんべんなく単位が行き渡ることだ。当初の目標からは離れてしまっているのが現状だ。
「バッジ探すんじゃダメなんすか?」
「場所が問題なのよ。断崖絶壁だったり、学園が用意したトラップに囲まれていたりするの。いずれにせよ楽には得られないわ」
「今保持してるバッジ数は全部で20。6で割ると一人辺り3単位ちょいですね」
これじゃ流石に焼け石に水感は否めない。
「あたしは数にいれないでもいいよ。きみ達と違って単位に余裕あるから」
「先輩、すいません。ありがとうございます。それじゃあ、ちょうど4単位になりますね。今持ってるのと合わせると5単位。まあ、どっちにしろ少ないですよね」
「うーごめん。私のせいだ」
「貴方のせいだけじゃないわ。私も意地になってしまった。ごめんなさい」
「いえ、過ぎたことを悔やんでもしょうがないです。明日から頑張りましょう。一応、俺の提案としては今日と変わらず出会った相手とバトって奪うのがいいかなって思うんですけど、どうですかね」
「それが現実的でしょうね。リスクはあるけど、二日目ともなればバッジを溜め込んでる人も増えているはずよ」
「決まりだねー。あたしはエルくんの魔導具を整備するよ。頑丈とはいえちゃんと見ておかないとへそ曲げちゃうかもしれないからね」
「それじゃ私は料理を作るわ。アイシャ、手伝ってくれる?」
「もちろんです」
「あ、私も手伝いますよ~」
うんうん。仲直りしてくれたようで何よりだ。しかし、こうなると男連中は暇というものだ。自然と雑談が始まってしまう。
「余計なお世話かもしんねーけど、さっさと答えだした方がいーんでねーの?」
焚き火に薪をくべながらフレッドが言った。なんの、とは言わないがもちろん俺としてもその質問の意図するところは理解していた。
「最近、ちょっと迷ってる。流石に今日みたいなことされたら二人が俺に気があることくらいはわかるけど……やっぱアイリの存在がなあ」
アイリの病気も治らない内に恋愛事にうつつを抜かすというのは、俺の中でどうにも納得がいかない。先輩も、てっきりそれを理解してくれた上でああいうことをしたんだとばかり思っていたんだけど、どうもアピールが強すぎる。これじゃ身が持たない。
「お前がアイリちゃんを大切にする気持ちはわかるけど、なんでもかんでも縛られるのもよくないんでねーの? 待ってもらうにしても、しっかりそれを口に出して言ったか?」
「いや、てっきりわかってるものだとばかり……」
「っかー! そりゃダメだ。やっぱり口に出して言うってな大事なことだと思うぜ。相手からしたらいつトンビがかっさらっていくかわかんねー状況なんだから、気が気じゃねえだろうさ」
「そういうものかなあ」
「なんで俺が野郎の恋愛相談にマジになんねーとならんかね。嫌になるぜ、まったく」
そうは言っても、フレッドはなんだかんだといつも真面目に相談に乗ってくれる。だからこそ俺も本音を言える。
「お前の言う通り、今度ちゃんと言ってみるよ。俺はやっぱりアイリが治るまでは恋愛はしない、って」
「そうかい。お前の考えを俺は尊重するよ。けど、後悔すんなよ? 人の心は移ろいやすいもんだぜー? 二人共あんだけ可愛いんだから引く手あまただ。いつコロっといくかわかんねーぞ」
「そん時はそん時だ。俺に魅力がなかったんだと諦めるさ」
「ケッ! モテ男は言うことが違いますのー」
「お前にも良い人が現れるさ」
「心にもないことを」
「ホントだって」
こんだけいいヤツなんだ。いつかフレッドのことを理解してくれる人が現れる。じゃなきゃおかしい。世の中いいヤツが損するのを俺は認めたくない。
「ごめんなさい、夕食の材料が足りないから二人に魚を釣ってきてほしいんだけど、頼めるかしら?」
「もちろんです! 美人の頼みは断りませんよー」
そういう軽薄な部分を直せばフレッドはモテると思うんだがな……。
「敵が現れたらすぐに連絡してね。駆けつけるから」
「了解です。そんじゃ、行ってきます」
地道にトラップを解除しながら近くの川に向かう。その辺の木と持ってきた糸で簡単な釣り竿を作って、餌をつけて川に投げ入れる。のんびりとした夜釣だ。
「なんかこうしてると講義中だってこと忘れるな。田舎の休日を思い出す。お、かかった」
竿を上げると、美味しそうな魚が一匹かかっていた。
「エルって田舎出身だっけ?」
「いや、じいちゃんの家が田舎でさ。たまに行くとこうして川で釣りしたりするんだよ。おっ、またかかった」
「すげーなお前。なんかコツとかあんのか?」
「んー? 心を無にして餌が生きてるようにちょっと竿を揺らすんだよ。そうすると、ほら、釣れた」
「マジか。どれ俺もやってみっかな……おっ釣れた!」
「釣れると楽しいもんだろ。釣りはいいぞ。心が和む」
「ジジくさい趣味だと思ってたけど楽しいな。ちょっとハマりそう」
なんて和やかなムードで釣りをしていると、背後から物音がした。俺達は一瞬で釣り竿を置き、プレートを手にした。
「誰だ!」
「落ち着け。生徒会だ」
そう言って茂みから出てきたのは、以前俺の取り調べを担当したリッカという生徒会役員だった。
「あ」
「む? お前は……」
相手も俺のことを覚えていたようだった。
「闇討ちか? 生徒会が関心しないな」
「落ち着けと言ったろう。生徒会は集中講義に参加していない」
「ならなんでここに?」
「生徒会は教員側だ。実行委員として脱落した学生の案内などをやっているんだ。泊まり込みでな。今は釣りをしに来た。ほら」
そう言ってリッカは釣り竿を見せてきた。
「本当にそうかー? そんなこと言って俺達を油断させて背後からドーンってやるつもりなんじゃないのー?」
「そんなに疑うならプレートをここに置こう。これならお前達も安心だろう?」
リッカはそう言って俺達からは少し離れた位置に腰を下ろした。元々釣りで食料を確保する予定だったのか、俺達のような即席のものではなく、しっかりとした釣り竿を使っていた。
「あの様子なら大丈夫だろう。釣りに戻ろう」
「そだな。せっかく釣りの楽しみに気づき始めてきたわけだし」
そんなこんなで俺達は「お、釣れた」とか「ほ、釣れた」とかやっている内に大漁も大漁。こんなに釣ってどうするんだというくらい釣っていた。しかし、隣を見ればブスっとした表情でリッカが一匹も釣れないままにいるのが見えた。
「生徒会様は釣れてないみたいだな」
「流石にこんなに持っていっても食いきれないから少し分けてあげよう」
そう思って親切心から魚を分けてあげようと思ったのだが、
「いらない」
と、にべもなく断られてしまった。
「そんな意地はんなよー。魚釣れなかったなら晩飯ないんじゃないの?」
「だとしても、貴方方に施しを受けるいわれはない」
相変わらずの石頭だな。素直に受け取ればいいのに。しょうがない。
「ここに置いておくから、食べないんだったら川に放流しといてくれ。行くぞ、フレッド」
「へーい」
「あ、おい待て!」
俺達はリッカの静止を背に陣へと戻った。
「しかし、お前もつくづく女に縁のある男だよな。普通あの場面でリッカちゃんが出てくるもんかね。何か強い意思を感じるね」
「だったとして、お前はあの子とどーこーなりたいか? すげー石頭だったろ」
「わからんぞ? あれで付き合ったらすげー尽くす系彼女だったらどうするよ? 東国には内助の功という言葉があってだな。夫を支えるのをよしとする文化があるらしい」
「へー。ま、いずれにせよ俺には関係ない話さ。もう彼女と関わる機会もないだろうし」
「いや、断言してもいい。お前はまたリッカちゃんと関わることになる」
「やめろ。俺今んところあの子と関わっていいこと一つないんだから」
出会いがそもそも最悪だった。いきなり気絶させられて、勘違いとはいえ犯人扱いだ。ここからどうやれば彼女に好印象を抱けるというのか。
「うーっす。戻りましたよっと」
「ずいぶん遅かったわね。釣れなかったのかしら?」
「その逆ですよ。大漁です」
「それはよかった。もうお鍋の準備も出来てるわ。後はお魚を切って入れるだけ」
「先輩が作ったんですか?」
「味付けはね。その他は二人にも手伝ってもらったわ」
「やったぜ。また先輩の料理が食える」
「先輩の料理めっちゃ美味いからなー。役得だぜ。こんな人をチームに迎えられたのはデカイ。ってことで、でかしたエル!」
「でかしたのは先輩だよ」
期待以上に先輩の作った鍋は美味かった。魚介のダシがふんだんに出ていて、味噌と野菜がまたそれに完全に調和していて美味いのなんの。余った魚も枝に刺して粗塩を塗って焼いた。それも釣りたてということもあって、ものすごく美味かった。
これが講義中でなければ完全にキャンプの一幕だった。だが、そこはやはり集中講義。夜襲に備えて俺とサーシャが夜の見張り番をすることになった。
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